第31話 巫女かく語りき

 「よお、遅かったな……って、なんか人増えてねぇか!?」


 地下から出てくるなり、近くにいたマルコが声をかけてきた。

 ビトラを見て、怪訝そうな表情を浮かべる。


「ああ、この子は砦の地下に幽閉されていてな。助け出した」


「マジか。まさか、あの大破壊の中生き延びたのがいたとはな。嬢ちゃん、運が良かったな」


 マルコの近くには、セバスとケリイもいる。

 ケリイはまだ目覚めていないな。

 あれだけの魔術をぶっ放した直後だからな。当然か。


 他の冒険者たちも、砦跡の近くに移動してきているようだ。

 周りを見回してみれば、マルコ組だけじゃなく、女神組をはじめ他の冒険者たちも驚いたような顔でこっちに注目している。


「む。ふぉふぉにふぁしょーへんはははふはふふふ」


「口に食い物を入れたまましゃべると何言ってるかわからんぞ」


「……む。ここには挑戦者がたくさんいる」


 ビトラがほおばっていたゲイザーの串焼きとニーズヘッグのローストをごくんと呑み込むと、言い直した。

 言い直しつつ、俺の服の端をぎゅっと握るビトラ。

 その小さな手が、ほんの少しだが震えていることを俺は見逃さなかった。


 なんだよ今さら。


 確かに『挑戦者』は魔王候補だ。

 だがお前、さっき与える覚悟があるって言ったんじゃなかったか?


 と、ここで煽るのは、さすがに鬼畜が過ぎるな。


「大丈夫だ。もうお前の分・・・・は消滅してる。さっき、言ったろ?」


「む。忘れていたわけではない」


 だがその言葉を聞いて安心したのか、服を握る彼女の手が緩まった。


「挑戦者ぁ? なんだそれ」


 マルコが怪訝な顔になった。


「なんだなんだ? 女の子が地下に捕まってたのか?」


「お、誰だその子。こりゃまた、ずいぶんと可愛らしい子じゃねーか」


 と、その様子を遠巻きに眺めていた女神組やらその他の冒険者が、ぞろぞろと俺たちのもとに集まってきた。

 口々に、質問を浴びせてくる。


「ふ。美しいお嬢さん。私の名は――」


「ああ、この子はな」


 空気の読めないキラキラ野郎は容赦なくインターセプトしつつ、とりあえず砦の地下であったことを簡単に説明してやる。


 砦の地下にペッコの本体が巣くっていたが、発見してすぐに死んだこと。

 ビトラという少女が、この地下に『幽閉』されていたので助け出した、ということ。

 一応、『挑戦者』というのは彼女の中では冒険者のことだとも言っておいた。


 もちろん面倒なので彼女が魔力核の中で眠っていてペッコの養分にされていたっぽいこととか、パレルモとは別の『魔王の巫女』らしいことは伏せている。


 この辺は、俺とパレルモ以外が今知るべき情報じゃないからな。


 ちなみにビトラは地上に出てくる直前に姿を変え、今は緑肌ではなく、普通の人間の姿だ。もちろんちゃんと服も着ている。


 ビトラは見た目どおりに、植物に関する魔術を使うらしい。

 俺が彼女に、地上に冒険者たちがたくさんいることを伝えると、すぐさまツタのような細長い植物を喚び出し、あっという間にローブを編み上げてしまった。


 人間の姿なのは、俺の提案だな。

 緑肌で植物のような髪の彼女を冒険者連中の面前に晒すのは、説明が少々面倒だし。

 彼女に寄生していた(?)ペッコの能力から変身能力があるんじゃないかと踏んで提案してみたら、あっさり人間の姿に変化した。

 人間の姿でも、相変わらずの無表情だが。


 そんな感じで、ビトラは俺に言うことに素直に従ってくれている。

 彼女は、例の首輪がケリイの攻撃でペッコもろとも消滅したことを聞いたあと、俺についてくると言い出した。


 ……まあ、そうだろうな。

 さっきの彼女の話が本当ならば、その選択肢しかないと思う。

 なにしろ、魔王の俺に、その巫女のパレルモが一緒にいるわけだから。


 俺は地下で聞いたことを思い返す。

 胸くそ悪い、魔王と巫女の関係を。




 ◇




「挑戦者は神器に選別され、魔王の力のまず半分を与えられる。

 力を得た魔王は側にいる生け贄たる巫女を喰らう。

 そうして巫女の蓄えた生命力や能力などをすべてその身体に取り込み、そこではじめて、完全な魔王としての機能を全うする。

 そして、それが巫女にとっての最上の悦びであり、覚悟。

 だから、巫女パレルモを食べずにいるライノを、不思議と言った」


「それは、食い物という意味での、食べる、だよな? 捕食する、とか」


 俺はまだヒリヒリする頬をさすりながらも、ビトラに確認する。


 ちなみにパレルモはまだ顔が真っ赤だ。

 ずっと地面を見ているばかりで、こっちに目を合わせてくれない。

 ビトラの話す調子に合わせてノリで聞いてしまったが、さすがにパレルモには早すぎたジョークだったようだ。


 しかし、悦びって……文字通りムシャムシャ食われるってことが?

 俺の感覚じゃ、少なくとも俺が言った意味の方が正しそうな気がするが。


 だが、ビトラは首肯したのち、口を開いた。


「……む。ただし、魔王によってその手段はさまざま、と記憶している。

 さっきライノが言ったような方法で巫女の力を得る魔王もいる。

 精気を吸い取り、身体は廃棄すると。

 でも、私の『怠惰』やライノの『貪食』はそうではない」


 ……マジか。

 つーか、魔王はやっぱ魔王だな。

 力を得る方法がエグい。


 だが、さすがの俺でもパレルモに対して『食欲』を抱いたことなんてないぞ。

 というかそもそも、人間を食うという概念がない。魔物は食うがな。

 とはいえ、仮に人型の魔物を仕留めたとしても、さすがに食いたいと思わない。


 つーか今はむしろ、俺がパレルモを食わせてる立場なんだが……



 ……そんな感じで、ビトラは自分が知っていることをいろいろと教えてくれた。


 彼女の話おおまかにをまとめると、


 ひとつ、魔王は神器とかいうモノに選別され、力を得た存在である。

 ひとつ、魔王は巫女を喰らい、完全体となる。

 ひとつ、完全体となった魔王は本能のまま世界を滅ぼし、次の世界を創造する。


 ということらしい。


 ちなみに神器は俺の持つ包丁やペッコの首輪など、一見してそうと分からない、日用品の形を取っていることが多いらしい。

 とはいえ、祭壇に祀られていたらバレバレだと思うがな。


 そしてこれが重要なことなんだが、魔王は俺以外にも存在する。


 ペッコは神を自称していたが、まあ『怠惰』の力を有する魔王だったということだ。

 能力としては、植物や植物系の魔物を操る、とかそういった感じだろうか。

 もっとも、ビトラが言うにはアレは不完全な存在だということらしいが。

 完全体の魔王は理性というものが存在しないし、そもそも人の身で倒せるようなモノではないとのことだった。


「つーかパレルモ。お前、この話知らなかったのか?」


「んんっ!? ……魔王ってすごいね! でも私はおいしくないよ? ホントだよ?」


「食うか! つーかお前が俺のメシを食い倒す側だろうが!」


「えへへ」


「えへへ、じゃねーよ……」


 ダメだこりゃ。

 そもそも話を聞いちゃいねーよこの子は。


 とりあえずパレルモの機嫌が回復したものの、この辺の事情を全然知らないらしい。

 とはいえ、挑戦者なり魔王の力なりについての知識があることは、初対面のときに確認済みだ。


「全ての巫女が全てを知っているとは限らない。知識の量は、人それぞれ」


 ビトラがパレルモのフォローをしてくれたが、完全に基礎知識っぽい話じゃねーか。

 まあ、パレルモを見て、ビトラも心なしかあきれた表情をした気がする。

 彼女が特別アホなだけなのかも知れない。


 まあ、それはそれで別に構わないが……


 しかし。


 ビトラの話を聞く限り、間違っても魔王の完全体なんかになりたくないな。

 理性も何もかも吹っ飛ばして、世界を蹂躙する?

 さすがにそれはゴメンだ。


 で、それを防ぐ方法はつまるところ、


「巫女を食べなければ俺は俺のままだということなんだな?」


「……む、肯定。でも、それは本来ありえないこと。

 なぜなら、魔王の力を得た者は猛烈な飢餓感を感じるはず。

 それは抗いようのないもの。だから、近くにいる巫女を食べずにはいられない。

 私を取り込んでいた者も、同じだったはず」


 ペッコの話はよく分からんな。

 奴は割と理性を保っていたように見えたが。

 魔力核化したビトラを中途半端な状態で取り込んでいたせいで、完全体に変化するのを免れた、とか?

 まあ、ヤツのことはどうでもいいな。

 

 ちなみにビトラは昔は普通に巫女として遺跡を管理していたらしいが、ある日を境にぱたりと挑戦者が来なくなったので、ヒマをもてあました挙句、自ら魔力結晶化して惰眠を貪ることにしたらしい。

 で、気がついたら俺たちが目の前にいた、と。


 なんとも『怠惰』の巫女らしいダラけっぷりだ。

 もっとも、そのダラけっぷりのお陰でいまここで俺たちと話をしていると考えれば、何が良い方向に転ぶかは分からない。


「ところで、ライノ。私の神器は今、どこ。気配がない」


「ん? ああ、首輪のコトかあれなら消滅したぞ、多分。俺……の眷属がペッコもろとも吹っ飛ばした」


「消滅?」


 ビトラの眠そうな目が、一瞬だけ開き、またすぐ元に戻る。


「ああ。この目で確かに見た」


「……ライノは嘘をついていない。どこを探っても、神器の気配を感じられない。この世界から、完全に消えている」


 そう言って、ビトラは長い息を吐きだした。

 まるで安堵したように、肩の荷が降りたかのように。


 まあ、覚悟だなんだって言ったって、食われたくないよな、普通。


 そしてビトラが言葉を継ぐ。


「神器を失ったはぐれ巫女は、他の理性なき魔王の糧とされる運命。だから……意思ある魔王であるライノが私を拾い、その責任を取るべき」


 おいおい、ずいぶんと殺伐とした仕様だなそれ。


「巫女を糧とした魔王はさらに力を得て、世界に滅びをもたらす。それはきっと、ライノの望むところではない。だからライノは、私を拾うべき。そしてさきほどのご馳走をたくさん与えるべき」


 確かに世界が滅びるのは困るが、途中から自分を拾って貰う趣旨が変わってきていやしませんかね、ビトラさん?

 というか、俺のメシ食いたいだけだよねそれ?


「ライノは……私を拾うのは、イヤか?」


 なんとも言えず黙っていると、ビトラの蔦髪がなんかシュンってなった。

 顔の方は相変わらずの無表情だが。


 ……はあ。


 まあ、別にもう一人くらい食わせるのは問題ないだろ。

 巫女なら、魔物狩りの戦力にもなるだろうし。


「仕方ないな。そのかわり、食材調達のためキリキリ働いて貰うからな」


 というわけで、『怠惰の巫女』ことビトラが俺たちの仲間(?)になった。

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