第8話 腹も減ったし蹂躙する

 二体の大蛇が、俺を喰らわんと迫ってくる。

 ずらりと鋭い牙が生えた腔内は、キレイなピンク色をしている。

 その様子は、まるで肉の壁が押し寄せてくるようだ。


 そう。

 これは肉だ。

 美味そうな、肉の塊だ。

 それが、二体。


 喰いたい。

 口のなかに涎が溢れてきた。

 もう腹が減ってたまらない。


 でも、どうやって喰らえばいいんだ?


 さすがに、この大蛇たちを素手でどうこうできるとは思えない。

 じゃあ、どうする?


 幸い、こいつらの動きは鈍い。

 こうして俺がいろいろと考えている間にも、まるでミミズが地を這うような速度でしか迫ってきていない。


 ああ、これが《自動スキル:時間展延》ってやつか。

 あれ……?

 こんなスキル、持ってたっけ?


 それに、この《スキル:解体》ってのはなんだ。

 字面通りならば、この長い胴体バラバラにできそうだが。

 硬く滑らかな鱗に走る光の筋も、ここに刃を入れれば簡単に解体ができそうではある。


 俺は《はい/いいえ》のうち、《はい》に視線を向けてみた。

 すると、


 ビ! と不快な音が頭の中に鳴り響き、


 《スキル:解体……使用不可 武器カテゴリー:斬撃 を装備してください》


 と文字が変化した。


 武器?

 たしかに今、俺は武器を持っていない。

 ダガーは落としてしまったしな。


 斬撃というのは、剣とかそういうものだろうか。

 それとも、斬れるものならなんでもいいのか?


 それじゃあ……あそこに落ちている包丁はどうだろうか。

 まがりなりにも、こんな遺跡で後生大事に祀られていたシロモノだ。

 少しくらいは、切れ味に期待したい。


 《自動スキル:時間展延 残り15秒》


 大蛇たちの顎が、いまや手を伸ばせば触れられるところまで迫っている。

 俺はそれを横目に見ながら、するりとその脇を抜けてゆく。


「あった。……もう持っても火を噴いたりしない、よな?」


 手に取ったそれは、何の変哲もない、ただの調理用の包丁に見える。

 何千年もの間祭壇に鎮座していたにもかかわらず、刃こぼれひとつない。

 切れ味は悪くなさそうだ。


 とりあえず炎は出ないようだな。

 ちょっとホッとする。


 元いた場所を見れば、ちょうど大蛇たちが口を閉じたところだった。

 ま、そこには誰もいないんだがな。


 《自動スキル:時間展延を行使中 残り3……2……1……0秒》


 スキルの効果が切れた。

 同時に、バクン! と湿った音が広間に響く。


 獲物が口の中にいないことに気付き、不思議そうに辺りを見渡す大蛇たち。

 その様子を見ながら、こいつらをどう仕留めるかを考える。


 光の筋は大蛇の首のあたりをぐるっと一周するように巡っている。

 なるほど。

 鮮度を保ったまま仕留めるならば、へたに腹をさばくよりも、さっさとクビを切り落とした方がいいな。


 問題は、こいつらが鎌首をもたげた状態だと、俺の背丈の三倍は高さがあるせいで、まったく手が届かないことだが……


『『シャアアアアアァァァ!』』


 獲物を逃したことに気づいた大蛇たちがこちらに向き直った。


「おっと!?」


 猛烈な速度で迫る尻尾を、身体を低くしてかわす。

 今度は視野の端に捉えていたから、回避できた。


 長い胴体を活かして、死角からの攻撃を試みたようだが……

 戦闘中に、同じ手を二度と喰らうわけないだろ。


 とはいえ、何度も躱し続けるかどうかはまだ自信がない。

 また攻撃を受けた場合に、前回と同じく無傷でいられる保証もない。

 少し距離を取るか。


 そう思って軽くバックステップをしたつもりだったが……


「おおう゛っ!?」


 かなり後ろにあったはずの壁にぶつかって、思わず呻き声が出る。

 ぱらぱらと、砕けた岩の欠片が床に落ちた。


 数歩だけ後退するつもりだったんだが。

 さっきまでいた場所は、壁から数十歩は離れている。

 こんなところまで、一瞬で?

 たしか、勇者サムリのヤツが使うスキル『瞬歩』がこんな感じだったが……


 なんだか、俺の身体がおかしいぞ。


 ……いや、まさか。


 試しに、俺は軽くその場でジャンプしてみた。


 ガン! 「おボっふ!?」


 今度は天井に頭をぶつけた。

 痛みはなかったが、かなりの衝撃だ。

 舌を噛みそうになった。

 危ねー……


 というか、なんだこの身体能力は。


 この広間の天井はかなりの高さがある。

 少なく見積もっても、五階建ての建物を吹き抜けにしたくらいはある。

 それを、軽くジャンプしただけで到達?

 マジで勇者サムリのようだ。

 いや、いくらアイツでもこんな跳躍力はなかった気がする。

 やたら頑丈だし……


 まるでタチの悪い夢か冗談のようだ。

 とはいえ、これだけの身体能力があれば、あんな蛇の形をした肉なんて、一瞬で細切れにできそうだ。


 それにさっきの衝撃で少しだけ冷静になれたが、そろそろ腹の具合も限界だ。


 よし。

 ものは試しだな。


 俺は視界の端に浮かんだままの文字スキル:解体の、《はい》に意識を向ける。


 《スキル解体:発動》


 文字が変化した。

 それと同時に、手に持った包丁がまたもや、キイイィィ、と甲高い音を立て始める。

 みるみるうちに、刃の部分が赤熱し始めた。

 が、今度はとくに熱さは感じられない。


 大蛇に目をやると、さきほど浮かび上がっていた光の筋が、さらにハッキリと見えた。

 一撃で仕留めるとなると……やはり首筋が一番か。

 だが、手に持った包丁では、首を両断するには少しばかり長さが足りないな。

 できればロングソードくらいの長さが欲しい。

 そうすれば、一刀両断できるというのに。


 キイイィィィ――


 そう心の中で思った途端、またもや甲高い音が包丁から鳴り響き……刀身が伸び始めた。


 おお。


 赤熱を通り越し、もはや光り輝く刃と化した包丁は、ちょうど俺が頭の中で考えた長さ……ロングソードほどの長さまで成長している。


 まるで俺の意思をくみ取ったかのようだ。

 これなら、十分なサイズだ。


「行くぞ」


 思い切り足を踏みしめてから、一足跳びに大蛇の片方に迫る。

 かなりの距離があったはずなのに、一瞬で肉薄する。


 大蛇どもは全く反応できていない。

 多分、コイツラの目には、俺がその場から消えたように映ったハズだ。

 それほどの速さだった。


「ふんっ」


 そのまま跳躍すると同時に、気合い一閃。

 大蛇の首元から光る包丁で斬り上げた。


 するん。


 刃が、大蛇の首を通り抜けた・・・・・

 そう思ったほど、手応えがない。


「……へっ?」


 思わず声が出てしまう。


 いや、あるにはある。

 ウロコの生えた皮も、強靱なはずの筋肉も、骨の手応えも、確かに感じたのは間違いなかった。


 しかし、それはまるで熟した果物にナイフを入れたような、奇妙な感触だ。

 本当に斬れたのか?

 普段はダガー程度の長さの刃物しか扱ったことがないからな。

 もしかして攻撃が滑って、実は刃が表皮を流れてしまっていたとか……


 俺は内心そう訝りながらも、広間の床に着地する。

 だが、その心配は杞憂だったようだ。


 つぷり


 それと同時に、大蛇の首から血が滲み出て……次の瞬間、それは噴水に変わった。

 そのまま大蛇の頭部がずるりと落ち、もう数瞬遅れて、頭部を失った巨体がどさりと横倒しになる。


 片割れの大蛇はあまりのことに、こちらを呆然と眺めているだけだ。

 俺のことなんて、ただのエサだと思っていたに違いない。

 何が起こったのかすら、分からないのだろう。


 だが、そのエサによって相方は首を切り落とされ、絶命した。


『ジャアァァッ――!』


 我に返ったのか、片割れの大蛇が激昂し、鋭い威嚇音を上げる。

 俺に向かって大きな顎を開き、噛みつこうと迫ってくる。


 遅い。


 ゆっくりと迫る大蛇の顎を、ゆるりと横に躱す。

 というか《スキル:時間展延》を使用する必要もなさそうだ。

 この異常な身体能力を自覚した瞬間から、明らかに反応速度が数十倍は向上している。


 もうちょっと。

 もうちょっと。


 ああ、ここだ。


 俺の目の前に、無防備に首筋を晒す大蛇。

 頭部を切り離すには、ちょうどいい位置、角度だ。


「ふッ」


 俺は首筋に浮かぶ光の筋に沿って、包丁を差し入れる。

 やはり力はいらなかった。

 ほとんど抵抗を感じさせずに、包丁の刃が大蛇の頸部にするすると沈み込んでゆく。

 大蛇は自分がどうなったのか、分からなかっただろう。


 ほどなく、力を失った胴体がすぐに動きを止めた。


 包丁が、元に戻る。

 刀身には、血糊すら付いていなかった。

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