おもてがわの半分

 僕はいつも通り、〈本部〉へ足を運ぶ。

 僕はずっと昨日紫田が言っていたことがやけに気になっていた。

 ー高橋君嘘を付いてる気がする。

 この一言は、僕の頭の中を一晩中駆け巡っていた。

 高橋は嘘をついている?そうとは考えられなかった。なんせどんなにインタビューの時を思い出しても笑っている高橋しか思い浮かばなかったからだ。だけど僕はあまり人に興味がない。目の前の人が何をしたいのかなんて想像もしたことがない。それ故に紫田が言っていることも強ち間違いでは無い気がしてしまう。

 頭を掻き毟りながら僕は〈本部〉の錆びたドアを開けた。

 〈本部〉では蛭ヶ崎がカリカリと音を立てながら記事の下書きに専念していた。

 紫田は新聞のレイアウトが終わったのか、一人スマホとにらめっこしている。

 そこである異変に気づいた。片桐がこの場に居ないことだ。

 昨日までは自分のスマホを使い四苦八苦しながら情報の収集をしていたが、今日はその姿は見受けられない。

 「あぁ、下戸、片桐の居場所心当たりあるか。」と蛭ヶ崎が僕に訊ねる。

  どうやら蛭ヶ崎もこの異変に気づいているようだ。

 「いや、知らないな。」と僕は応える。

 「ん〜、知らないか〜何処言ったのかな。」と蛭ヶ崎が悩みを吐き出す。

 「紫田は片桐の居場所は知らないの。」と僕は紫田に訊く。

 「生憎知らないんだよね。」と残念そうに言う。

 「そういえば蛭ヶ崎君、なんでこの新聞の名前『昼下がり新聞』なの?」と紫田が蛭ヶ崎に訊く。

 「あぁ、それは俺の名字って『蛭ヶ崎』それで『ひる』が入っているじゃん、それで下戸の名字には『下がる』って漢字があるじゃン、この二つを掛け合わせて『昼下がり新聞

』ってわけ。」と言った。

 「え?名前の由来に僕が入ってたの?」と僕は驚きが隠せない。

 「あれ、下戸には話さなかったっけ?」と蛭がヶ崎が僕に言う。

 「うん、言ってない、初耳だよ。っていうかなんで僕の名前なの?」と僕は蛭ヶ崎に正直に訊く。

 「それは俺が最初に声を掛けたのが下戸だったからだよ。」と蛭ヶ崎が純粋な声で応える。

 「っていうことは、蛭ヶ崎君が最初に声を掛けたのが高橋君だったら『昼高新聞』になってたの?」と紫田が素朴な疑問をぶつける。

 「いや、偶々下戸だったから『昼下がり新聞』にしただけであって、他の人だったら無理に繋ぎ合わせてなかったと思うよ。」と蛭ヶ崎が言う。

 「下戸君愛されてるね〜。」と紫田が僕のことを揶揄う。

 「やめてくれ。だって僕は蛭ヶ崎に対して口喧嘩したんだよ。愛されたくないよ。」と僕は反論する。

 「えぇ、流石に本人の前で言うなんて酷いじゃないか!俺、か〜な〜し〜い〜。」と蛭ヶ崎が僕はに向かって口を尖らせる。

 「はいはい、悲しいですね。」と僕は蛭ヶ崎のことを軽くあしらう。

 「あぁぁ、悲しいから今日はあの場所に張り込みだ。」と意味のわからないことを蛭ヶ崎が言い出す。

「え、流石に今日は何も起きないでしょ。」と紫田が知ったような口を利く。      「なんで、決めつけるんだ!行くって言ったら行くんだ!」と蛭ヶ崎が威張る。 

 蛭ヶ崎は言った通りにあの職員専用の駐車場へ行く準備をしていた。

 こうなったら蛭ヶ崎は誰にも止められない。僕も蛭ヶ崎に倣い準備をする。

 僕は準備をしている横目で紫田の方を見る。

 紫田はスマホの画面にくっつくのではないかといったような程にスマホと顔の隙間が無い。

 どうしたのだろうか、と僕は疑問に思った。


 職員専用の駐車場は静寂に包まれていた。

 あの日のように何も起こらなそうな雰囲気を醸し出していた。

 「今日は本当に何か起こるの?」と僕は疑問を口にする。

 「大丈夫、俺の勘が言ってるんだ今日、この時間に斎藤先生と原道が現れるって。」となんの根拠も無いくせに蛭ヶ崎が言い張る。

 紫田は何も言わない。ただ前回斎藤先生たちが現れた場所をじっと眺めてる。

 何か紫田に違和感を覚える。前回は『昼下がり新聞』の一人としてこの現場に臨もうという意思のようなものがあった気がするが、今回はただ、斎藤先生たちが出てくるのを待っているだけに見える。

 「せんせ〜い何処ですか〜。」と原道の陽気な声がする。それと共に駆け足でコンクリートを走る音がする。僕は本当に現れたという驚きを隠せないでいる。蛭ヶ崎は、やっぱり来た。と言わんばかりの顔をしている。

 「あ、原道さん先に来てたんですか。」と斎藤先生が登場する。そうだよな原道が居るなら斎藤先生も居るよなと心の中で思ったのと同時にこの場ではもう斎藤先生を見たくないとも思った。

 「あ、先生遅いですよ。早く行きましょう。」と原道が先生を誘う。

 「ちょっと待ってくれ。今日はもう一人連れていきたい人がいるんだ。」と斎藤先生が言う。

 え?モウヒトリ?と口から出してしまいそうになった。蛭ヶ崎も同じ表情をしている。

 「あ、先生あたし来るのちょっと遅かったですか。」と言う声が聞こえる。

 僕も蛭ヶ崎も驚いている。そう、声の主は片桐真唯だった。

 彼女が何故ここに?と僕は疑問に思った。蛭ヶ崎も同じことを思っただろう。この状況は予想外すぎる。

 一方紫田は驚いているというよりかは少し安堵の色を浮かべている。どういうことだ?もう何が何だかわからなくなってきた。

 「じゃぁ、行こうか。」と斎藤先生は言う。原道も片桐も、はーい。と元気よく言う。

 そのまま三人は車に乗り、ゆっくりと姿を消した。

 もう一度この場所は静寂に包まれた。


「流石にヤバい、うちの人まで斎藤先生の方へ行ってしまうとは、、、」と蛭ヶ崎が気の抜けた声で言う。荷物がまだ〈本部〉にあるから一旦戻ろうと蛭ヶ崎が言った。僕も紫田も異議はなかった為三人で戻ることになった。

 〈本部〉に戻る最中、三人は何も喋らなかったし何か話をしようとも思わなかった。ひたすら〈本部〉に戻ることだけに専念した。

 「よし、明日、俺は斎藤先生と高橋と原道と片桐、四人同時インタビューをする。」と言った。

 僕も紫田も反対意見はない。その為蛭ヶ崎はいつものようにインタビューする内容のメモ書きを作り始めた。

 「僕も参加していいか?」と蛭ヶ崎に訊く。

 「勿論、いいぜ。」と蛭ヶ崎は応える。

 「私も参加していい?」と今度は紫田が蛭ヶ崎に訊く。

 「勿論。」と蛭が崎は短く応える。

 少しの間、蛭ヶ崎が動かすシャーペンのカリカリという音が〈本部〉に響き渡る。

 「私、先に帰るね。」と紫田が言う。

 それに続いて「僕も帰るね。」と蛭ヶ崎に別れを告げる。

 「じゃぁ、明日が一番の山場だからな、体調崩すなよ。」と蛭ヶ崎は僕達に言う。

 僕は心の中で、ありがとう。と言いながら紫田と一緒に〈本部〉の錆びたドアを潜った。


 「ねぇねぇ、下戸君、下戸君は蛭ヶ崎君のこと好きなの?」と昇降口に向かおうとしているときに紫田が突然言った。

 僕はその一言に驚いた。

 「なんで急に?」と僕は紫田に聞いた。

 「だって『昼下がり新聞』の由来に下戸君の名前が入っているのなら絶対に蛭ヶ崎君は下戸君のことが好きじゃん。じゃぁ、下戸君の方はどうなんだろうって気になっただけ。」と紫田は返す。少し決めつけな部分もあるのでは?とも思ったが、口にするのは億劫だなと感じ、それについては何も言わなかった。

 「蛭ヶ崎か〜、」と僕は考える。

 「まぁ、確かに嫌いではあるけど、あいつは憎めないよね。」と僕は応える。

 これは本音だった。蛭ヶ崎には蛭ヶ崎にしか無い磁気に似た人を寄せ付ける力があると思う。現にそれの影響で僕は『蛭下がる新聞』に入ってしまったのだから。

 「ふ〜〜ん、」と紫田は素っ気ない態度になる。聞いておいて何だよ、と僕は思うけれどそれを口に出すのも

億劫だ。

 


 次の日、ついに山場、いや、決着のときとでも言おうか。この日に似合う言葉は中々見つからないが、一つ言えることがあるならこの『昼下がり新聞』内で一番緊張感のある日だと言うことだろう。

 蛭ヶ崎を真ん中にして右に僕、左に紫田というような順番で、対岸には斎藤先生を真ん中に僕達から見て右に原道、左に片桐、片桐の左に高橋というような順番に並んでいる。

 蛭ヶ崎は大きく深呼吸をして「では、インタビューを始めます。」と対岸の人たちに向かって言った。その声は酷く強張っていて蛭ヶ崎自身も緊張しているのがよく分かる。

 「まず、一つ目の質問です。斎藤先生、今回の事件の一番の切っ掛けはなんですか?」と蛭ヶ崎が勇気を出して言う。

 「それに関してなんですけど、、、、」と斎藤先生が言葉を詰まらせる

 「今回の一件、全部嘘なんだよ。」と斎藤先生は僕達に言った。

 え?どういうことだ?と少なからず僕は思った。

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