おはなしのウラガワ
斎藤先生によると、最初に蛭ヶ崎が目撃したのは密会ではなく、ただ原道が理科の提出物を出す時だった、らしい。
先生は車に忘れ物を取りに行き、それに原道がついていった。先生が車の運転席に乗り忘れ物を探していると、原道が悪戯で車の助手席に乗った、らしい。
先生は原道の行動を注意しようとしたが、目を向けた先に蛭ヶ崎がいた。
斎藤先生の目には蛭ヶ崎が自分のことを見て、何か企んでいるように見えた為、その期待に応えた、らしい。
車が急発進したことに原道は驚きを隠さずにはいられなかったが、蛭ヶ崎のことと先生自身の見解を説明すると原道は首を縦に振った、らしい。
後日、原道の彼氏の高橋に事情を説明し、今度、蛭ヶ崎が似たような行動をしたら、高橋君に登場してほしい。と頼んだ。
高橋「それ、何か楽しそうですね。」と言い、斎藤先生の計画に乗った。そのついでに蛭ヶ崎からのインタビューについても相談していて、斎藤先生は「丁度いい、その日時なら先生達の計画の翌日だから、〈本部〉の様子を探ってきてほしい。」と言った、らしい。
そして、あの現場に行った僕達四人には恰も高橋が斎藤先生に自分の彼女がとられたように演出をした、らしい。
そして、高橋は次の日予定通り蛭ヶ崎のインタビューに応えた。
このまま順調に行けば、何事もなかったかのようにネタバラシをする予定だったが、一番の誤算だったのは片桐だった、らしい。
片桐は高橋のインタビューをした日、紫田が「先に帰っていいよ。」と言ったにも拘らずその場に残り僕達の会話を盗み聞きしていた、らしい。
そして、紫田が高橋の事を疑っていること、明日突撃インタビューをすることを聞いた。それを僕が止めたから片桐自身が翌日斎藤先生に突撃をした、らしい。
最初は斎藤先生も戸惑ったが、蛭ヶ崎が関わってないことを知ると、今度は片桐も計画に誘った、らしい。
そして、その日の夕方斎藤先生と原道と片桐による小芝居を僕達は目撃した。
それを僕達は『ただならぬ事態』と勘違いし、蛭ヶ崎がインタビューをすると決め、今日に至る。
もう、わからない。どの言葉を当てはめていいのかもわからない。生まれて十八年、こんな燻りもしない灰になった体験は空前絶後だろうと確信した。
そして、この斎藤先生という人自体が少しおっかないと思った。
斎藤先生は、どうじゃ引っかかっただろう。と言わんばかりの顔で僕達を揶揄う。
他の三人もクスクスと小さく僕にとって不愉快極まりない笑い声を立てる。
しばらく、考えることを放棄し、天井を見つめていたら。この斎藤先生の説明では矛盾が生じることに気づいた。
「ん、待って下さい。そしたら、なんで俺たちがあの駐車場に行くことが把握出来たんですか?」と蛭ヶ崎が斎藤先生に訊く。
どうやら、蛭ヶ崎も同じことを考えていたらしい。それは、さっき蛭ヶ崎も言っていたように何故僕達の行動を把握出来たのか疑問に思った。
「それは、紫田さんも私の計画に最初から加わっていたんだ。」と斎藤先生は言う。
僕は紫田の方を見る。彼女は今にも吹き出しそうな顔をしている。
先生曰く、紫田はこの計画で蛭ヶ崎の行動を見張る役だった、らしい。
蛭ヶ崎が駐車場に行く時は通信アプリで先生に報告する。それを受けた先生たちはそれぞれの位置につき僕達が来るのを待っていた、らしい。
すると片桐が「っていうか、下戸君、この計画菜美ちゃんから聞いてなかったの?」と僕に放った。
「そうだ、私もそれは思った。」と斎藤先生も続けて言う。
僕はわからなかった。まず、紫田から今回の計画とやらは聞いていない、寧ろついさっき初めて聞いて呆然としていたところだった。
頭を整理してようやく気がついた。斎藤先生たちは蛭ヶ崎のみをターゲットにしていたが、紫田が僕に計画を伝えなかった所為で僕も一緒に騙されたような状況になってしまったのだ。
「紫田さん、何故下戸さんには計画を伝えなかったのですか?」と斎藤先生が紫田に丁寧に訊く
「だって、蛭ヶ崎君と下戸君、仲が良すぎるから。どうせなら一緒の方がいいのかなぁ、って思ったんです。」と紫田は僕にしか気づかない程度に僕のことを揶揄う。
「いや、僕は蛭ヶ崎と仲良いと思ったことすらないですよ。」と弁解をする。
「え!?思ってすら思ってなかっての!?」と蛭ヶ崎が反応する。
「蛭ヶ崎、一旦君は口を閉じてくれ。」と僕は蛭ヶ崎のことを丁重にあしらう。
「でも、この『昼下がり新聞』って蛭ヶ崎君と下戸君からきてるんでしょう?」と紫田がまた揶揄う。
僕は呆然とする。
「それに、下戸君は蛭ヶ崎君のこと『憎めない』って言ってましたよ。」と紫田が付け加える。
もう、僕には反論する言葉も気力も無い。
「ま、とう言うわけです。」と突然口を開いた高橋が言う。
蛭ヶ崎は俯いている。きっと最後の新聞の記事がボツになったことが悔しいのだろう。と思っていたら。
「もぉ〜、そんなことだったんですか?なら安心しましたよ〜、てっきり先生が駄目な方向へ進んじゃったのかと思いました〜、いや〜今回は完敗です。」と蛭ヶ崎が陽気に言った。
斎藤先生はその言葉にはにかみを隠せず「でしょ〜。」とニヤけながら蛭ヶ崎と目を合わせた。
このイチャイチャはまだ序の口で『昼下がり新聞』のメンバーからしてみれば『あ、今日はこんなもんなのね。』と思う程度だが、この光景を初めて見たであろう原道は気持ち悪そうに見ていた。
真実の裏側を知った日の夜『昼下がり新聞』のメンバーでファストフード店に行った。
原道は学校と家の距離がかなり遠い為先に帰ることにした。
別れ際、高橋と原道が蛭ヶ崎と斎藤先生程では無いが、イチャついていたのを見て二人の疎遠も真っ赤な嘘なのだろうなと思った。
皆、席に着き何を食べるかを決めている。
「じゃぁ、俺注文しに行くから決まってら言って。」と高橋が僕達に聞こえる程度の声量で言う。
「高橋、僕はハンバーガー単品で。」と僕は高橋に伝えながらハンバーガー単品分のお金を渡す。
「下戸、そんなのでいいのか?」と高橋が心配そうな目で僕を見る。
「食欲が無いんだよ。」と僕はこっそり紫田のことを見ながら言う。
紫田が僕に先生たちの計画を伝えていれば、今頃僕だってハンバーガーセットぐらい頼んでいただろう。
「あたし、このチキンバーガーのセットが良い。」と片桐も高橋に自分の分のお金を渡す。
「じゃぁ、私も同じので。」と紫田が、
「俺はビッグバーガー。」と蛭ヶ崎が立て続けにお金を高橋に渡す。
「皆、揃ったから今から行ってくるね。」と高橋が席を立つ。
紫田は僕の顔を見ている。きっと僕のこの不服な表情を見ているのだろう。実際、紫田は下戸君のこの顔でご飯何杯もいける。と言わんばかりの目をしている。
「っていうか、何で紫田は下戸には先生の計画を話さなかったの?別に、下戸が俺のことが嫌いなのはもう随分前から知ってることだったのに。」と蛭ヶ崎が言う。
「正直なこと言うと私は蛭ヶ崎君だけを騙すのは何か寂しいなぁ、って思ったから。」と紫田が返す。
「えぇ、そんだけの理由で下戸も一緒にするのは酷いよ。」と言う蛭ヶ崎の顔は少し嬉しそうだったから、僕はいい気分にはならなかった。
「おまた〜、何話してたの?」と高橋が言いながら帰ってきた。
「なんでもないよ。」と紫田が言う。
そう、と高橋は紫田に返す。
「あ、そうだ。ハンバーガーの量多いからちょっとこれ持ってくれる?」と高橋が蛭ヶ崎にトレイを渡す。
トレイを持った蛭ヶ崎は「これ誰の〜、」と少し間抜けな声で自分の持っているハンバーガーを頼んだ人を探す。
「それ、多分あたしと菜美ちゃんのだと思う。」と片桐が言う。
了解、と言いながら蛭ヶ崎は持っていたトレイを片桐に渡す。
そして、高橋が僕と蛭ヶ崎と高橋自身の分のハンバーガーを置く。
「じゃぁ、食べよう!」と蛭ヶ崎が声を上げる。
それに合わせて皆はハンバーガーに齧り付く。
夕日が店内に差し込む中、僕は自分の掌より少し大きいハンバーガーをちびちび食べ進めた。
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