ネタと記事

 次の日の放課後僕はいつもどおり例の〈本部〉へ向かった。

 錆びたドアを開けると蛭ヶ崎が飛び跳ねていた。

 「下戸!お前の事をずっと待っていた!いや〜〜よく来た!」と蛭ヶ崎が耳つんざくくらいの声で叫びと何処か不気味な表情をしていた。このように蛭ヶ崎大げさに他人の事を歓迎する時はとても良いネタを掴んだ事を自慢したい時である。況してやそれを自慢するのは僕でなくてもいいのが基本である。自慢できれば誰でも良いのだ。それが彼の性格であるのは言わずとしれたこと、就中驚く必要も無い。

 「ささ、座ってくれ。一番乗りのお前には特別に話してやる」このこともいたって特別ではない。そう呆れながら僕は無感情のままパイプ椅子に座る。

 「いいか、よく聞け。これは一世一代の大チャンスだ」高校三年のなんの変哲もない十二月の冬に『一世一代』という言葉はあまりにも似合わないと僕は思った。

 「実は、、、あの斎藤先生と女子バレー部の部長が密会してたんだよ。」と蛭ヶ崎が耳元で囁く。その吐息には『俺、凄ぇだろ。』というような自己満が混ざっており、きっと今は今世紀最大のドヤ顔の真っ最中なのだろうと想像した。

 「なに、驚かないのかよ。」と蛭ヶ崎はしょげた。

 「当たり前だろ、あの斎藤先生が女子バレーの部長と密会なんて想像できるか。現に証拠はあんのか。証拠は!」高校三年の冬、こんな容疑者のような台詞を今ここで吐くとは後にも先にも無いだろう。

 「証拠は、、あるよ。」と蛭ヶ崎は言うが語尾が少しずつ弱くなっている。

 「お、俺がこの目で見たんだ!」その声には不安と確信が入り混じっているような気がした。

 きっと蛭ヶ崎も信じ難いのだろう。僕はそう受け止めることにした。

 蛭ヶ崎によればそれを見たのは俺たちとわかれた直ぐ後だったらしい。

 学校に沿うように続く蛭ヶ崎の帰路からは学校の敷地内が丸見え、らしい。

いつものように帰っていた蛭ヶ崎は職員専用の駐車場が見える道を通ったら、偶然例の女子バレー部の部長、原道はらみちなんちゃらさん。が先生の車に乗るところを見た、らしい。

 まず、僕は肝心なバレー部の部長の名前を覚えていないことと、次にそれはほんとに斎藤先生とその原道さんだったのかが明確でないこと。この二つのことに呆然とした。

 蛭ヶ崎はこの『昼下がり新聞』のメンバーに嘘をついたことは一度もない。保健室の先生が結婚していることも、校長先生が年齢を伏せていたにも拘らず来年定年退職をすることも、高橋に恋人ができたことも、噂好きの片桐よりも先に情報をキャッチしそれを言い当ててきた。

 だから、今回の一件も本当ではないかと思う反面、やはり蛭ヶ崎だからなぁ、と考えてしまう部分もあった。

 「な、どうだよ。これで紙の一面埋まるだろ。」蛭ヶ崎は自慢げに言う。

 「流石に情報が少なすぎる。後をつけたりして写真とか撮らないと。」と僕は返す。

 「ねぇぇぇ!聞いて!!!」と片桐が猛スピードで僕達の居る〈本部〉へバッファローよろしく入ってきた。

 「斎藤先生と原道美香みかちゃんが密会してたんだって」と片桐が言った。

 さっきまでの猛スピードが嘘のように消え、僕達の前で静止している。息も切れていなければ肩も上がっていない。背中には重そうな黒いバック、手にはお弁当箱があった。それだけの量を持って歩くだけで倒れてしまいそうなのに、一体どのような体力を持っていればそんなことになるのか不思議でならなかった。

 「おぉぉ!流石噂好きの片桐、耳が早いな。」と蛭ヶ崎は感心する。

 「えっ、もう知ってたの?」と片桐は言う。

 「だって俺はその現場に居合わせてたもん。」と蛭ヶ崎は誇らしげに言う。

 「なぁぁんだ、あたしが初取りだと思ったのに。」と片桐はしょげる。

 「じゃぁ、もう総一くんは知ってるのね。」と片桐は言う。

 一瞬僕は誰の事を言っているのかわからなくなったが、瞬時に自分の事だと気がつく。学校では主に名字で呼ばれているから急に名前で呼ばれるとわからなくなるのが常である。

 「そういえば、その原道美香ってどっかで聞いたことあるんだよな。」と蛭ヶ崎が呟く。

 「僕もそう思ってた。聞き覚えのある名前だなぁって。」僕も続けて言う。

 「えっ、なんで忘れるの?原道美香ちゃんは幸人くんの彼女だよ。」と片桐が言うと「あぁぁぁ!そうだ、そうだ思い出した。原道美香ね。」と蛭ヶ崎がスッキリした、と言わんばかりの顔をして僕の方を見た。

 僕は未だにピンときていない。

 蛭ヶ崎曰く、原道美香は今から大体一年前の春、高橋と原道は同じクラスだった、らしい。そんな高橋は原道に一目惚れしてしまい、お互いを知らないまま告白をした、らしい。そして、返事はOKだったそうだ。その理由として原道自身も高橋のことが気になっていたらしく、同じクラスになったことが奇跡と感じた上に向こうから告白をされるなんてもう夢みたいとも思った、らしい。

 その情報は僕は全く知らなかった。きっと当時の僕は蛭ヶ崎の話にちゃんと耳を傾けていたかったのだろう。まぁ今も変わりは無いけれど。

 「それに今、幸人君と美香ちゃんちょっと疎遠気味らしいよ。」と片桐は少しばかり嬉しそうに話す。きっと彼女は噂好きの末路の姿に近いのかもなぁと僕は勝手に思う。

 「それなら、斎藤先生と密会してもおかしくないな。」と蛭ヶ崎が断定した瞬間「いや、ちょっと待ってなんでそうなる。」とハキハキとした声を放った、言葉の主は紫田だった。  紫田は〈本部〉の唯一の出入り口の柱に寄り掛かりこちらを見ていた

 「菜美ちゃんいつからそこにいたの?」と片桐は疑問そうに思っていない声色で疑問を放った。

 「真唯が密会の噂を二人に話していたくらいから。」と言いながら紫田は自分のバックを下ろした。

 「まず、証拠を押さえるのが先。その後に直撃やらインタビュー云々をするのがベストだと私は思うよ。」と紫田がはっきりと言う。

 紫田は僕達と違う世界線で生きているような時もあれば、今回のようにキチッと言い切る時もある、どういう思考をしているのかがさっぱり解らない。

 「じゃぁ、早速仕事に移ろう!!」蛭ヶ崎が威勢のいい声を上げる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る