昼下がり新聞
蛭ヶ崎が言っていた「新聞」とはこの高校内にある新聞同好会のことらしい。そんな同好会が存在していたなんてきっと蛭ヶ崎が僕のことを誘わなければ知り得なかった。
僕は錆びて重くなった部屋の扉を開ける。
すると、「
「あぁ、遅くなった」と僕は蛭ヶ崎のことを軽くあしらう。
この部屋は新聞同好会の部室ではない。
本当の新聞同好会の部室はもっと遠く離れた棟にある。蛭ヶ崎の「ライバルのいる中記事を書くとネタが盗られそうだし、第一集中できない。」というような拘りにより新聞同好会の部室からこの部屋へ移動してきた。
この部屋を蛭ヶ崎は〈本部〉と呼んだ。
その〈本部〉にはもう既に僕以外の四人の顔が揃っていた。
「はい、全員揃ったようなので、これから『昼下がり新聞』の会議をはじめる!」と蛭ヶ崎が威勢よく声を張る。
この僕達が手掛けている『昼下がり新聞』とは主に学校内の行事や出来事のような有り触れたものから学校全体を皮肉るものやスマホのアプリのことなど少し変わった新聞を一ヶ月に一回発行するものである。最初は一部の物好きしか読まなかったが、回数を重ねる毎に人気が出てきて今では校内ではこの『昼下がり新聞』を知っている人が大半と言ったところだった。
そんな『昼下がり新聞』の編集者は僕を含めて五人いる。一人目は『
「誰か〜、ネタ無いの〜。」と蛭ヶ崎がほざく。
いつの間にか時間が数十分経過していたみたいだ。
それでもネタが出てこないのはいつもの事であり、必ず期限までには間に合う。それがこの編集者たちの凄い所だと毎回感じる。
「ねぇ〜〜、再来週発行の次回号でこの新聞もお開きになるんだよ〜、何かいいネタ無いの〜」こうして蛭ヶ崎がネバネバしたスライムの如き声で皆に問いかけても誰も見向きもしない。
すると、「こんこんこん」と軽く錆びたドアをノックする音が聞こえてきた。ドアノブを回すのと同時にキィィィとドアが静かに悲鳴を上げながら開いた。
「蛭ヶ崎君の声が聞こえてきたけど、皆元気にやっているか?」と少し暖かい春の日溜まりのような声で僕達に向かって労いの言葉を掛けてくれたこのおじいちゃん先生は理科の
「斎藤先生!来てくださいよ!この人達ぜっっぜん俺の話きいてくれないんすよ。酷くないっすか?」
「そんなのいつものことでしょ。取り敢えず今日は解散したらどうです。」と斎藤先生は言う。
斎藤先生は蛭ヶ崎のことがお気に入りで蛭ヶ崎の眼中に入れば先生は蛭ヶ崎にちょっかいをよく掛ける。蛭ヶ崎も満更でもない様子だからいつもそっといちゃつかせる。それは『昼下がり新聞』の暗黙のルールであり、それを蛭ヶ崎と先生は知らない。
「じゃぁ、今日はここで解散!」と蛭ヶ崎が声を張り上げる。
皆一斉に帰る支度を始める。今日の鍵当番は僕だから僕は皆が出ていくまで待っていなくてはいけない。一人ずつ先生に元気よく挨拶をして部屋を出る。そして先生も一緒に部屋を離れる。
紫田が窓辺に佇み黄昏れている。僕からしてみれば早くこの部屋を出て行ってほしいが早く出てと言うのは億劫だ。それ故僕は部屋の出入り口に寄りかかりながら紫田が動き出すのを待つ。
「下戸君、あれみてよ。」ハキハキとした。声が鼓膜を揺らす。呼ばれたかには行くしか無いと僕は思い、紫田のいる窓辺へ向かう。
「どうしたの?」と僕は紫田に言う。
「空に雲が無い時ってなんか怖くない?」と紫田は呟く。
少々意味は解らないがこれもいつもの事、僕は何もなかったかのように無視する。
「よし帰ろう。」と紫田は言う。
やっとか、と僕は思う。「今、やっと紫田が帰ってくれるって思ったでしょ。」と紫田が僕の思った事を読み取る。読み取られてはにかんでしまうことでも無い為。「うん、早く帰ってほしい。」と正直に打ち明ける。
廊下に鈍い上履きの音が四足分鳴り響く。職員室から〈本部〉まではただでさえ遠いのに。運動音痴の僕は尚更遠く感じてしまい人一倍疲れを感じてしまう。
紫田は僕についてくる。僕は何も言わない。
紫田は僕よりも背が高い。その事を改めて感じた。
僕は長い道のりを越えて職員室に〈本部〉の鍵を返し、昇降口へ向かう。
紫田も何も言わない。
昇降口を出る十二月の寒さと先に〈本部〉を出た三人が自転車に跨がりながら僕達を待っていた。三人は仲良く小鳥が甲高い声で鳴いているかのような笑い声を立てながら話している。
「おっ、やっと来た」と高橋が声を上げた。
「よし、帰るか。」と高橋に続いて片桐が言う。
帰り道は校門を出て直ぐ紫田と片桐が左方向に、僕と高橋と蛭ヶ崎が右方向にわかれ、その後蛭ヶ崎ともわかれる。最終的に僕はほぼ毎日高橋と一緒に帰っていることになる。
「なぁ下戸、お前好きな人いるの?」と先に高橋が口を開いた。
「いや、いないよ」と僕は応える。
「じゃぁなんで最近紫田とよく一緒にいるんだよ」と高橋が言う
「別に僕が紫田にくっついてるわけじゃないよ。寧ろ逆だよ。逆。」と僕は弁解する。
「ふ〜〜ん、そうなんだ〜」と高橋は不敵な笑みを零した。
高橋は同じ中学で家もそこそこ近い。だけど、お互いを認識したのは高校に入ってから、厳密に言うと新聞同好会に入ってからだった。
彼は背が百八十近くあり、僕と話す時はいつも高橋が僕を見下ろすような形になる。髪もサラサラで目立ったニキビもない。きっと蛭ヶ崎に出会ってなかったら爽やかな汗を掻きながら体を動かしていただろうと僕は思った。彼自身も中学まではサッカー部に所属していたと言っていた。
「それより、新聞のネタだよ。何かないの?」と僕は口を開いた。
「今は何も無いな〜。」と高橋が応じる。
「下戸、お前かなりこの新聞に熱が入ってるよな。はじめの頃はずっと『こんなとこ居られるか』って言う顔してたのに。」と高橋が言う。
「今でもそれは思ってるよ。」と僕は返す。
「でも、まだ居るじゃん。」「なんでだろうね。」「きっと蛭ヶ崎の呪いだ。」「それは一理あるかも。」「あいつ、声だけじゃなくて性格も粘着質だからなぁ。」「確かに」「それにどう頑張ってもあいつを裏切れない。ヤバいのは雰囲気だけなのかもね」
高橋が何処か核心を突いたような事を言った。その後二人して笑いあった。
蛭ヶ崎も蛭ヶ崎だよな。きっと高橋も同じことを思っているだろう。
少して高橋ともわかれた。太陽が山に
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