火と水 4

 黄昏の空に浮かぶ三日月は、着色料を混ぜたような雲を背によく映える。

 月島学園第一訓練場、先刻終了した入学試験の賑わいを再び取り戻していた

「もしかして、さっきからあそこで突っ立ってんのが受験生?どうせ身内贔屓なんでしょ」

「ヴァンパイア一族お得意のやつね。……ふふっ」

 ステージを取り囲むような殆ど満員の展望テラスでは、一つの話題で盛り上がっていた。

 それでも、非常口の扉の前でキョロキョロと周囲を窺う少年は、聞き耳を立てずとも聞こえてくる無知な声を相手にしない。彼はかえでの指示によりその場に立っている訳だが、肝心の楓はおろか、放送で聞こえてきたも誰一人としてステージ上にいない。

 正真正銘の晒し者だった彼が動かなかったのは、決して楓への信頼ではなかった。かといって、及び腰になっている様子もない。

千鹿ちかちゃーん、こっちこっち。せっかくだから見てこうよー」

 天真爛漫な屋敷のむすめに手を焼くメイドの如く千鹿は、手首をしっかりと掴まれて、上級生の話し声が彷徨う通路をそれを掻き消しながら引きずり回される。

「ちょっと撫子なでこ、あんまり…………ちょ、ちょっと、あんまり目立つと」

 目の粗い人垣の隙間から一瞬だけ見えた少年の姿には覚えがあった。昨年の総合武術大会剣の部で、当時無敗伝説を築いていた

剣術反射グリフエンディミット〉をあっさり攻略した少年。今朝校門を少し潜ったところで見て以降、試験では見ることがなかった少年。いずれも同じ憎たらしい顔面をしていた。

「あっ、すいませんお姫様。ぜひ前の方へ、メイドさんもどうぞどうぞ」

「ほら、言わんこっちゃない。っていうか、私のこといじってるよね。間違いないよね」

「いいえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます。えっと……先輩!」

「あ……ありがたきお言葉!」

 片目を閉じる撫子に、その場で土下座をする生徒、さらに遠巻きから冷たい視線を浴びせる周囲の生徒、混沌の空気が支配した。

「ちょっとキモいんですけど……撫子あっち行こ。あっちの方がよく見えそうだよ」

 今度は立場が逆転して、千鹿が撫子の袖を引っ張る。

 展望テラスが一定の静けさに帰った時、再び放送が入った。

「お集まりいただきありがとうございます。生徒会長のおおとり 楓です。これより入試再試験を開始するにあたり、ルールをいくつか説明します。

 一つ、在学生または新入生にはランクごと一人ずつ代表者を決め闘ってもらいます。

 二つ、彼らと戦い四人以上に勝利すれば合格です。入学後の総合ランクは、Aランクの生徒に勝てばAランク、負ければBランクとします。

 三つ、相談する時間も惜しいので決めますが、闘う順番はランクの低い順で行います。

 以上がこの試験でのルールとなります。他細かいところは先程までの入試と同じです」

 月島学園に存在するランクとは、学生同士の競争率を高めることを目的に、入学と同時に総合、魔法、武術のそれぞれをA〜Eの五段階に分け、それを常に変動させるシステム。常にとはいっても授業の効率上数ヶ月程度なのだが、それでも、この制度を導入する前と後では、卒業時の闘士軍入隊試験の成績が比べ物にならないくらい向上した。入学時の段階でEランクだった生徒が卒業時にはAランクになり、入隊試験で少佐として合格した例なんかもあったりする。これはかなり稀有だが、入隊試験時の尉官合格生の数は十倍にも近づいている。

 それに加えて序列制度は、育成機関としての能力向上に大きく貢献したと同時に、以前よりあった学園内の溝をより深くした。それはつまるところ、下のランクや順位に位置する生徒の意欲低下を招いたのではなく、比較的上のランクや順位の生徒が自身より下の者を見下し、蔑み、怠慢に浸ってしまったのだ。

 もとより、差別とは「する人間」と「その周りの人間」にのみ植え付けられるどこか浮ついた感情に過ぎない。差別は彼らに力を与えてはくれないのだ。

 学園という小さなピラミッドの頂点にすら立てず、上を見ることをやめた彼らは、その場で門番気取りの胡座をかいて、次第に着火剤を投げる相手すらいなくなる。

 この二つの制度は、育成機関の能力向上以上に、将来魔法闘士ストライカーとして活躍する者と一生尉官にすら上がれない者とを大別する役目を全うしている。

「なんで俺らがあんなとぼけた野郎の手伝いなんかしなきゃならねぇんだよ」

 それらの成果を誇示するように、学園内でのランクや序列の後ろ盾を受けて微々たる威厳を振りかざす光景は、実力絶対主義の——一部では解釈が大きく捻じ曲げられているが——この学園では、しばしばこんな場面に出会う。もしくは、それっぽい言葉を吹っかけられる。

 しかしながら、幻舞げんぶに陳腐な指を向ける男も漏れなくそこには邪魔が入る。幾百の人間の目を欺き、それだけの魔法に精通した第六の感覚に魔力の波長を感じ取られることなく、どこからともなく楓が現れた。元々その場に立っていたように埃の一つも立つことはなかった。

「それについてですが、幻舞君の特別入試も皆さんの協力も学校側に許可を得ていますので、あなた方の心配には及びません。わざわざ心配していただきありがとうございます」

 あくまでも公平な再試験の体で話していた楓の口からあらぬ言葉が飛び出した。

「どーせ親使って脅したんでしょ!」

「はい?何のことでしょうか?」

「わ、分かったよ。やればいんだろ、やれば……」

 内面の焦燥感をひた隠すように笑ってみせると、あっさりと反駁の声は静まった。

「すいません、質問いいですか?」

 つい先程までの荒々しい声の所為か、ひときわ穏やかな声音が、違う方向から楓の耳に届いた。

 ——どうぞ、振り向く楓の表情が、どこか狂信的にも見えた。

「ルールにはないのですが、一対一で戦わなければいけないんでしょうか?」

「何試合もやってる時間はないと私も思います」

 年に一度行われる学生の祭典“BOS”ビーオーエス。そこでは、個人戦の他に小隊戦が存在する。

 個々の力量——単純にそうはいっても、魔力だけでなくあらゆる力が内在する訳だが——によって勝敗を決める前者とは違い、それらを高い水準で保ちながら仲間との連携も疎かにできない後者は、最も難しく、最も実戦向きな闘い方である。しかしながら、見かけ上効率的な一対一を好む学生がここ数年増加傾向にあるのもまた事実である。

 その近状を重く見た月島学園は、二年前に一人の教師を雇い瓦解を図った。同じ年にその教師は一人の生徒を入学させ、その翌年、いわゆる昨年、その背を見て一人の生徒を入学した。

 総合Dランクの姉、蜂宮 圓はちみや まどかとその妹蜂宮 祭はちみや まつりである。昨年の小隊戦に出場し、前衛後衛の双方支援を魔法闘士さながらこなした仲の良い姉妹は、その大切さを見える形で改めさせた。

 ——あの試合から数ヶ月、やっと浸透してきたところだからあんまり良くないのはわかってるんだけど……まぁいっか。私が見たいからって理由じゃ決してないんだからね

「…………特別ルールとして一対多を認めます。二人でも三人でも四人でもどうぞ」

 質問の意図としては小隊戦の是非だったのだろうが、まるで自分のことのように、何人だろうとかかってこい、と言わんばかりに大見得を切る楓。振り返った先には、口角をピクピクと痙攣させる幻舞がいた。

「おいおい、正気か?会長」

「全員でボコボコにしちまおうぜ」

 当然の如く、展望テラスはどよめきたった。

「他に質問が無いようであれば、各ランクの代表者をこちらで決めさせていただきます」

 数秒だけ待った後、楓は静かに続けた。

「まずは、祭ちゃんとまどちゃんでしょ。それから、菖芽あやめくんとめぐちゃん。そして、うーん……とりあえずはこれでいいかな」

 散らばったジグソーパズルから四隅よすみだけを探すみたいに、それぞれ離れたところに座っている四人を、正確には二人と一組を、楓は一人一人指を差しながら指名する。

「多数で闘うかどうかは個々人に任せますが、今すぐに決まらない場合は全員で闘ってもらいます」

 四人は離れたところで見つめ合い、そして当然、話し合いも出来ずに決まった。

 主役であるはずの幻舞は蚊帳の外。全て楓の思惑通りに進んでいる。

 

「最初にやる四人は下へ降りてきてください……っと、そんなこと言ってる間に降りてきましたね。やる気満々なのかしら」

 確認すると、殆ど同時に楓は振り返る。——がんばってね、ところどころ促音混じりに口を動かしてから、片目を瞑りながら人差し指を立てる。

 リズムに乗って飛び跳ねながらステージ上を後にする楓からはルンルンと音が聞こえてくるみたいだった。

 ここ二年間の学園の努力を黙殺する楓の声援が、幻舞の顔に初めて笑顔を作る。

「それでは、準備もできたようなので始めたいと思います!我らが代表は仮に蜂宮小隊としましょうか。対する受験生は月島つきしま 幻舞くん」

 小隊に冠する名を取るとするならば序列的にはかがりだったが、敢えてというべきかあるいは、楓は唯一の新三年である蜂宮 圓はちみや まどかから取った。

 しかしながら、その計らいに気づいたのは半数程度。他は楓の贔屓ひいきに合点がいったのか、この日何度も耳にしたはずの姓に些かばかりざわつく。

 ——let’s strike on

 試合開始の合図が電脳モニタに映されると、それと同時に響く音に鎮静作用があるように展望テラスが一瞬で観戦の雰囲気に包まれる。

 瞬間、風切り音が鳴るステージ上から幻舞が消えた。

「皆さん、動かないでください。無属性複製系魔法〈多重結界ウォールインクリース〉」

 体捌きのみで風を置き去りにする程のスピードに滑らかな戎具展開。一撃でそのもの凄まじさをこれでもかと見せつける幻舞と、それを確実に目で捉えて適切かつ迅速に魔法を発動する圓が、一枚の薄くも厚い壁を隔てて対峙する。

 ——入ってきた時から只者じゃないと思ってたけどここまでとはね……まだ本気の十分の一も出してないって感じかしら。とても同じ人間とは思えないね

 後ろに大きく跳躍しながらも間髪入れずに放たれる〈残風斬カマイタチ〉が、半球状の結界を四方八方から襲いかかる。その威力はただの放出系魔法にあらず、——パリン、という命を削る音と共に再び張られる結界が、また一度、いや何度も、張られてはられ続ける。

 他の三人はその場から動くことができず、それは結界から出るイコール死であるから、とは別に、とはいえ、圓の動くなという言いつけを守っている訳ではなかった。

「まつり!」

 戦闘の基本は頭を落とすこと。けれども、その場面を作りだす為にもっと基本的な数の優位を幻舞は狙ったのだった。

 金属音と共に祭が吹き飛ぶ。しかしながら、それは鍔迫り合いに負けてのこと。圓の結界により幻舞の剣戟が減速したところが大きいのだが、祭は間隙に戎具を展開して受け流した。

「まど姉、行ったよ」

「わかってる」

 喉を鳴らす間すら与えぬ幻舞の攻撃。自身の〈残風斬カマイタチ〉を追いかけるように一蹴りで圓との距離を詰める。ただの風圧が横槍を許さず、切先は弧の途中だけ姿を隠した。

「まど姉!」

 初めてのダメージは、他三人を庇いながら善戦していた圓だった。

「大丈夫、内蔵までは届いてないから」

 咄嗟に半歩引いたことで刃傷を浅くはしたものの、パックリと開いた口からは数分で意識を掠めとるに足る程度の血液が滴る落ちる。

 どんな時も姉の背中にくっ付いて、またその背中を今も倣っている祭の怒りは、宇宙の果てにも届き得た。しかしながら、彼女はそれを掴むことを拒み、吐く息の一つも溢さないように幼きまなこで確かな現実を捉える。

 貧血からくる眩暈と魔力の消耗からくる疲労とで、意志に反して圓は片膝をつき、幻舞は既に距離をとって構えている。一様にして、生臭い水溜りに咲く一輪の花に焦点があった。

 垂れ下がった外花被の網目模様が赤く染まり、紫色の花弁とちょうど良い塩梅で併存する。

「お待たせしてすみません。後方支援は僕が引き受けます。正直、まだ彼のスピードを目で追うことは出来ないので、結界での支援は引き続きお願いしたいのですが……」

 そこにあるのは未熟な勇気だけだった。

 パッと咲いてパッと散った花弁が、一枚、また一枚、と圓の腹の上で重なり合い、そこにあった刀傷を塞ぐ。元の鮮やか色に戻れば、それは完了の報せだった。

 残された細く鋭い葉が、縦横無尽に宙を舞い幻舞に襲いかかる。それは、先刻の入試での一幕を再現したかのような、情の余りも無い刃は微塵の抵抗も受け付けず、その空間から出ることを許さない。

「風属性放出系魔法〈残風斬カマイタチ〉」

「無属性変化複製系魔法〈無限反射の結界リフレクトウォール〉」

 奇門遁甲もない包囲網のさらに外側で、それは無言の賛同だった。その中に紛れ込んだ二種類生きたの刃は、幻舞よりも幾つか幼さを伺わせるが、それは菖芽の攻撃よりも鮮明にあの凄まじさを蘇らせた。

「合技〈無限反射残風斬ビックリハント〉」

「はぁ……もうちょっと学のある名前にしてよ」

 呆けたような名前とは裏腹に、その威力は幻舞の首元をおびやかした。

 魔力壁に無数のバネを出現させることで得た跳躍力は、彼らに匹敵するレベルだった。

 魔法とは、情報量に応じてその体積を大小させる魔力粒子が腱により連なる集合体、もしくはそれによって物理法則を超越したところで作用する力のことである。それは多岐に及び、地や風などの属性を持つものから、対象物の形態や性質を変化させるもの、至る所には魔力に対して発動し、その流れを阻害するものまで存在するが、その実全て、魔力の基本性質を汎用または応用したものである。

 一つがその内の形態変化によるものである。結界の一部にバネを複製することで反発係数を大きくした。そしてもう一つ、魔法のベクトル変更が難題を究める。

 祭の〈残風斬カマイタチ〉は結界にぶつかっても霧散することなく、その形を保ったまま方向を変えてまた飛んでいく。それは一度や二度ではなく、かなり常識から逸脱している。

 例えば、魔法が干渉し合ったらどうなるだろうか。

 魔法が干渉するといっても、その奥で魔力粒子が幾重にも干渉している訳だが、これにはその名の通り無限に答えが存在する。そして、その内の露ほどが結界魔法である。

 他粒子からの情報流入により急激に膨張した魔力粒子が、その形を保てなくなったり、同じ大きさでも違う情報を持った粒子が、異分子を排斥する情報を持った粒子をすり抜けて結合することにより、新たな魔法として発動されたりする。

「まど姉、後どのくらいいける?」

「……二つかな」

 幻舞を取り巻く刃は計八本となった。その手に戎具を握りしめる祭、幾度も壁に当たりながらベクトル以外の一切が変わらない三本の

残風斬カマイタチ〉、そして四枚の植物の葉。

 次第に結界の外——作用する方を一般的に外側とする——は血で染まっていき、深緑の槍はそれを吸うことでもはや打撃系の戎具、まるで撞木しゅもくのように成長した。

 片一方からは死が顔を覗かせ、それだけ花弁による治癒の効力が絶大なものだった。

 ——ここからは僕がメインで行くので、魔法でのサポートをお願いします

 それと同時に思念による意思伝達をも可能にする。その万能さは全ての隊に欲しい能力だ。

 初めて小隊らしい陣形が出来上がった。前衛の祭、双方中間支援の圓、遠隔支援の菖芽。

 年を重ねた双子であっても、そこに人一人加われば今まで通りとはいかないのがまたそれの難しいところ。各々の稚拙な部分を補い合い、月とすっぽんながらも非常にバランスの取れた連携だった。現状の“BOS”ビーオーエスであれば三位入賞も狙えるだろう。あくまで、現状の、だが。

 ——下がってください、何か来ます

 予兆と謂うべきか、その波長は、それまで幻舞の悉くに反応できなかった菖芽だけが気付けたという訳では決してない。一番間近で対峙していた祭も当然感じとっていたが、わざわざ応える必要もないと判断しただけのことだった。

「〈竜巻ハリケーン〉」

 結界の外側から強引にそれを粉砕し、さらにステージ全体を埋めんと広がっていく。

 反射的に張られた有名無実の結界が四人を包んだ時間は、実にコンマ一秒となかった。

 やはり中距離攻撃手だろうか、前衛少し後ろに一人加わればもう一つ理想へと近づく。そもそも論、三人小隊は主に暗殺などの隠密任務に用いられる為、まず目にかかることは珍しい。軍で現在起動している三人小隊の内、陽光を浴びているのは数年前に一個減って残り一個。そこは下世話な支援など介在する余地もない領域。三人がそれぞれ最高水準の攻撃手として、もしかしたら彼らの前では連携すらも萎縮してしまうかもしれない。

「力は灼熱バーニング、法は雀網、福良の武功、緋連ひれん僥倖ぎょうこう、孔より出でて孔に帰す〈紅玉こうぎょく〉」

 揺らめきながらも球体を維持している灯火が、風の流れに従い徐々に形を細めていく。

「あなたにしては随分静かだったわね、愛紅美めぐみ

「うっさい!あんた基準で話さないでくれる」

 一瞬だけ見えた天にも昇るあかい大木の存在を証明するように、緋色の残花が訓練場の一部分だけを彩っている。その中心で手を取る二人は、出会って一年、二年という感じではない。

 ——凄いです。まさかあの魔法を乗っ取るなんて、一体何したんですか?

「…………」

 黙殺ではない。言葉を選んでいるのかはたまた、何らかの意思は感じ取れるのだが、愛紅美の口は一向に動かない。

 ——あっ、因みにこれ送信しかできません

「……っ、先に言いなさいよ!あたしのはただの濃淡制御でこの大きさがせいぜい。そこの薄気味悪い女に聞いたほうが早いわよ」

 頬を何よりも紅く燃やす愛紅美は、言葉を投げ捨てながらその怒りを圓に飛び火させる。

「〈天喰い残風斬テラカマイタチ〉」

 少しばかり、戦場ではいわゆる運命を二分する数刻、愛紅美は敵から目も意識も離した。

 学生でも扱うまでにそう期間を要さない攻防一体の魔法〈地這い残風斬メガカマイタチ〉。難易度は中の上といったところだろう。目の前のそれも、規模と威力が一つか二つか次元が違うだけで同じ魔法である。敢えて言うならば、難易度は上の中か、あるいは更に上かもしれない。

 先ほどと同じ〈竜巻ハリケーン〉、その遠心力を乗せた〈残風斬カマイタチ〉は、本来の汎用性を蔑みながら愛紅美に向かって飛んでいく。

「〈陰零結界おんりょうけっかい〉」

 首を刈り取るまであと一つというところ、一枚の薄い壁がこの試合幾度目か、それを阻む。しかしながら、霧散した魔力の残滓はその半分ほどしかあらず、大半がどこかへ消えた。

 フッと手の平を撫でるような息を吹きかけられ手元を離れた種火は、今度は豪炎巻き立つことなく幻舞まで届き、そして握りつぶされる。

「目を離せるくらい余裕なら一人でやってもらおうかしら」

「嫌味な女ね……。そう言うあんたこそ、私たちなんか要らないんじゃないの」

「今更何を言っているのかしら。私たち姉妹はあなたと違って学校を背負っているの。この試合は絶対四人で勝つのよ。だから協調性のない言動は慎んでくれる?」

「っな!?あんたが先にふっかけてきたじゃないのよ!」

 頬を染めてながら小さく膨らませてみたり、目尻に溜まった涙を撒き散らしながら眉間に深く皺を作ってみたり、何とも感情豊かの愛紅美。あれやこれやと言いながら、旧知の彼女のことを信頼している圓。

「なかなか楽しい試合でした。これはほんのお礼です」

 その時は突然訪れた。まさに一瞬の出来事に、その場は愚か、展望テラスの教師も含めて誰一人その姿を捉えることができなかった。

 四人がその場で倒れる後ろで、タイミングを忘れた風切り音が哀愁を運ぶ。

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