あたえられしもの


「――バロンさんは国を救うにふさわしい能力が、って言ってたけどさあ」


 片手でグラスをくゆらせながら、頬杖をついたアケビがぼやく。

 

「正直、で国を救えるとは思えないんだよねえ」

「これアケビちゃん。お行儀わるいぞ」



 一階の奥、すこし薄暗い廊下を進んだ突き当たり。

 今は使われていない部屋が並ぶ中、その部屋には目印としてドアノブに白のリボンが結ばれている。


 この部屋は、たった一人のためだけに宮廷魔術師が拵えた〈工房〉だ。


 空間拡張が施された室内は他の部屋よりも数倍広く、壁を覆いつくすように取り付けられた棚には上から下までモノが溢れている。作業に使う道具だけではなく仲間が置いていったものまでおおらかに受け入れるあたり、彼の人柄がにじみ出ているようだった。

 部屋に唯一ある大窓が外から光を取り込み、ちょうど日の当たるスペースに設置されたテーブルが彼の作業場である。

 しかし、いま彼が使っているのはテーブルの隣に作られた水場だ。

 排水口にきつく栓をして、色のついた水に布を沈める大きな背をふたりは眺めていた。


「いつみても職人にしか見えないねえ」

「マヒロは真面目で仕事も丁寧だし、実際、会社員より職人向きだろうなあ」

「わかる。山奥で工房とか構えて黙々と作ってるタイプ」

「それそれ」


 話しながら同時にグラスをあおる。ぴったりシンクロする動作は双子といわれても通せそうな雰囲気である。

 雑談を交わしながら見学していると、ゆったりとした動きで、大きな背中がこちらを振り返った。


「……ごめんね、待たせて」


 しっかりとした筋肉質の肉体とは裏腹にあどけなさの残る少年――マヒロは、どこかふわふわした声で謝罪する。

 アケビとソウスケは「いやいやいや」と揃ってかぶりを振り、


「あたしたちが突然押しかけたのが悪いんだし、気にしなくていいから!」

「そうそう。オレらが暇を持て余してマヒロの服作りを見学しにきたのが悪いんだし」

「そう?」

「そうなの!」


 首を傾げたマヒロに力強く応え、アケビは水に沈む布へと目を向ける。既に数回繰り返しているのか、ずいぶんと色が染まっているようだ。

 休憩することにしたのか、手を拭いながら向かいの椅子に座ったマヒロに「おつかれさん」とソウスケがグラスにお茶を注ぐ。


「ありがとう」


 礼を告げながらマヒロもグラスを呷る。そういえばとアケビが口を開いた。


「てか、アンディがマヒロくんの仕事終わったって言ってたんだけど、それ趣味のやつ?」

「ううん。違う。これは頼まれてやってる」

「頼まれた? オレと話してたのが昼飯んときだから、そのあと?」


〈工房〉に来たのもマヒロが今日の予定を終えているとソウスケが教えてくれたからだ。だが訪れてみればちょうど彼は別の作業を行っている最中で、頭に疑問符を浮かべたのだった。

 ソウスケが問いかけると、マヒロが緩慢とした動作でうなずく。

 

「うん。えっと……これは、ハナさんから頼まれて」

「ハナちゃんが? そりゃまた珍しいな」

「たしかに。ハナちゃん、服に頓着しないタイプのはずだけど」


 怜悧な美しさを秘めた同級生の姿を思い浮かべ、ふたり揃って首を傾げる。

 いままで接点がなかったとはいえ、数ヶ月をともに暮らしていれば、おのずと趣味や傾向もわかるようになってくる。

 話題に挙がった彼女――ハナは知識はあるものの、これといってこだわりがあるというタイプではなかったはずだ。どちらかといえば、彼女とよく行動を共にするネネの方が何十倍もこだわりが強い。


 その認識はマヒロも同じだったらしい。彼はえっとね、と宙をしばし見つめ、


「次……そう、次の謁見に着ていくんだって。〈選ばれし者〉である共通の証として、全員の服にワンポイント取り入れたい、っていうから、とりあえず布染めてた」

「ははあ、なるほど」


 謁見絡みか。納得した様子でソウスケが笑った。


(ハナちゃんのことだから、考えがあってのことなんだろうけども)


 しかし、妙な部分はある。

〈選ばれし者〉としての役割を果たす手前、ある程度の気品は必要だろうというのはわかる。謁見する相手は主にこの国の王や政に携わる貴族たちだと聞いている。


 果たしてそれだけの理由であの女傑ハナがそんなことをするか?

 アケビは口をとがらせ、自分の毛先をもてあそぶ。


「なんでハナちゃんはそんなこと言ってきたんだろ」

「うーん……? ただ、染めた布に〈属性付与〉を施すって言ってたよ」

「ふうん」


 なるほど、話が変わってきた。

 アケビの認識が正しければ、領分がマヒロからミヤコとカイの研究室ラボチームへと変わる。


〈選ばれし者〉――

 それが異世界に召喚されたアケビたちに与えられた称号だ。

 たかが肩書きと思う人もいるだろう。実際、アケビたちもそのを知るまではそうだった。


 この世界において、肩書き――称号とは、ただの飾りではない。

 王、宮廷魔術師、魔術師、魔法使い、貴族、使用人、聖職者、商人、農家――この世界の〈ヒト〉に分類される生き物には〝称号〟が生まれたときから与えられている、というのがバロンの言だ。


 ただし、それをはっきりと認識できるのはごく一部の限られた人間のみであり、大抵の人間はアケビたち同様、自分にどんな称号が与えられているのか、そもそも称号という『概念』について深く知る者もほとんどいない。

 

 だが、〈属性付与〉が必要になるというのなら話が変わる。

 

 それが必要ということは、つまり『それを認識できる人間を相手にしなければいけない可能性がある』と彼女が考えたということだ。


「なんの〈属性〉付与すると思う?」

「そこらへんは、おれもあんまり……おれは下地をつくるだけで、付与するの、カイがやってくれてるから」

「それもそうか。マヒロくんの〈祝福ギフト〉はこういう実技特化だしね。実技特化といえばセンジュくんも……まーあれは方向性が違うけど、一応その類だし」

「だなあ。カイのやつは、ありゃ実験とか〈魔法〉の類に造形が深くなるっつーか、研究熱心にもなるというか、本人の気質が相まってマッドになるのもさもありなんというか」

「間違いなくここに来て一番してるのカイくんたちだよ。〈魔導具〉に技術革新起こしてるじゃん」


 この世界における〈魔導具〉とは、〈属性付与〉が施されたアイテムの総称だ。

 装備するだけで防御力を上げることができる防具や特定の属性魔法の威力が上がる武器、着るだけで効果がある服など、RPGでおなじみのアイテムがこれに該当する。


 これらに共通しているルールは、原則として「ひとつに対し与えられる〈属性〉はひとつ」ということ。

 それを根底から覆したのが、この〈属性付与〉である。

 

 スケジュール管理を担う指輪も、元は手帳として使える安価なアイテムだったのをバロンが一度解体して素地をつくり、カイとミヤコが情報を仲間と同期できるよう〈属性付与〉、魔改造を施したものだ。


「ネネちゃんとレンくんの〈祝福〉は玄人向け過ぎて理解が追いつかないし、あたしやミヤコは情報戦特化でしょ? ナゴミちゃんは治癒専門で、ヨクくんとアンディは一点特化型の属性魔法、だったよね?」

「そうそう。まあオレとヨクのやつ、厳密には属性魔法じゃないんだけど」

「は? 聞いてないけど」

「真顔やめて! 説明が難しすぎんのよ、オレらの能力。ミヤコちゃんにてもらったとき、一時間くらい悩んでくれたんだけどさあ。最終的にみられた場合への配慮で属性魔法ってことにしてもらったの」

「なるほどねえ」


 着の身着のまま異世界へ召喚されたアケビたちに着替えなどあるわけもなく、しかしずっと制服で過ごすのは現実的に考えて難しい。

 そのため、これまで謁見ではバロンが用意したこの世界の服を着用し、マヒロが〈祝福〉を使い熟せるようになってからは、彼の作った服を着て出向いていた。


 王侯貴族にアケビたちのことを知る人間はいないとバロンは断言していた。現状、〈選ばれし者〉の素性をすべて把握しているのは宮廷魔術師である自分だけだと。

 だが――

 

「うーん……きな臭いのが居た、とか? アンディの所感は?」

「オレはそういうのわからんなあ。けど、ハナちゃんならそういうのわかりそうではある。あの子いいとこのお嬢さんだし」

「エッ⁉ 初耳なんだけど」

「おれも……」


 目を丸くしたアケビとマヒロにソウスケは「そらそうだ」とうなずき、


「まあ、普通の高校生なら知らんて。オレは休学中含めていろんなとこでバイトしてたからさ、その関係でふわっと知ってるってだけ」

「アンディすご」

「ソウスケ、物知りだ」

「ふふん。年長者だかんね!」


 ウインクをして、両手でピースサインを作る。すこしだけ自慢げな顔なのにいやらしく感じないあたり、日頃の行いがよく現れている。

 アケビはふう、と息を吐き、


「考えるだけ無駄かもなー。簡単に騙されるようなメンバーじゃないし」

「ハナちゃんを筆頭に、ヨク、カイ、そしてオレという頼れるお兄さんがいるしな」

「自分で言う?」

 

 自身を指しながらソウスケが胸を張る。

 召喚されたばかりの、一ヶ月も経たない頃からそれだけ呼び出されるのは頻度が高いのではないかと思わないでもないが、当事者曰く『お互いまだ腹の探り合いってとこ』。


(腹芸とかはあたしにはどだい無理だし)


 探られると痛いがこちらにはある。ゆえに、呼び出しに応じるのはやむを得ないところではあった。任せっぱなしは心が痛むが、こういうのは場慣れしている面々の采配に託すに限る。

 ひとしきり笑い、アケビは訊ねた。


「ところでアンディ。今と同じセリフ、そっくりそのままハナちゃんに言える?」

「普通に言えるけどたぶんすごい目で見られる」

「ハナちゃん、アンディにちょくちょく手厳しいよね」

「愛の鞭だと自負しております」

「そっかあ」


 澄んだ眼差しを携えたソウスケは、仰々しく胸に手を当てて深くうなずいた。

 それたぶん違うと思う――そう一刀両断するほどアケビは非情ではない。


 おそらく同じことを考えているであろう目の前の彼に目配せし、ふたりは相づちとともにあたたかい目で見るだけに留めておくことにした。

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