第5話 呪われトカゲ令嬢と偽りの英雄(前)

 私がドルムス陛下からの申し出を受けましたら、別室に控えていたモルトさまが謁見室へと招かれてきました。

 眼前に立った黄土色の髪に青い瞳をした若者。

 ドルムス陛下を救出したという英雄は、私の想像を大きく裏切っていました。

 それはまず彼の外見です。

 ヴァルムさまと同じ一五歳の若者とは聞いていましたが――彼の成した偉業から、大男ではないかと予想していたからです。

 しかし目の前にいるのは、市井のどこにでも居そうな年相応の若者で、いまだ幼さの残る面立ちはどこか可愛らしくさえ感じられました。


 多くの大陸西方諸国では男性の成人年齢は一三歳です。

 その中でも市民権を持つ国民には兵役義務があり、成人から一五年の間に一度は三年ほどの兵役に就かなければなりません。

 今回のように場合によっては徴兵されることもありますが、通常ならば兵役に就くのは一八歳ほどから上になるのが一般的です。若すぎては戦場で役に立たないどころか足手まといになってしまいますから。


 この度の戦い。予兆は見えていたものの、備える時間が間に合わないほど急に始まってしまいました。

 彼を送り出した家族の中に、他に適当な年齢の人間が居なかったのか、それとも家族が兵役に耐えられると自信を持っていたか……。

 いまひとつ口減らしなど、最悪死んでしまっても仕方がないと思われていた可能性はあります。ですが彼の功績を考えるとそれは当てはまらないでしょう。事実彼は大功を上げ、いまこのように私たちの前にいるのですから。


「初めましてモルトさま。私、アンドレオ・オルトス・マルレーネ公爵の娘。ディアナ・ルネ・マルレーネと申します。竜王様のお導きにより、お目にかかる縁を得ましたこと真に嬉しく思います」


 眼前の若者を観察しながら、私は面紗ベールを外して軽く膝を折り視線を彼の足下へと落とします。

 そんな私を見詰めて目を見開いた彼、モルトさまは……ポカンと口を開きました。


「なっ……なんて綺麗な……」


 どこか呆然とした様子でそう言い放ちました。

 ――私は思います。


(この方、目は大丈夫でしょうか!?)


 見た目や雰囲気からは、私に対する忌避感は一切感じられません。むしろ好意を抱いているような……そんな、まさか爬虫類趣味!?

 …………私の勘違いであってほしいです。


 正直、いま生まれた疑惑を除けば、朴訥とした雰囲気を纏った彼は、私にとって確かに理想的な相手でしょう。


「ほう……なんとなんと、ディアナを気に入ったと申すかモルトどの。これは話が早い! 先ほどお主に話した要件ではあるが、お主を貴族として叙す条件の一つとして、このディアナと添うてもらいたいと考えておる」


 若干引き気味になっていた私の思いをよそに、ドルムス陛下は好反応を示したモルトさまに、罠の中へと追い立てる狩人のように言いつのります。


「あっ、いや……そ、それは……」


 陛下の勢いに押されるように、モルトさまは後退りました。


(さすがにこのような姿の人間と結婚するのは躊躇ためらわれますか)


 ですがチラリチラリと私に視線を走らせる彼の瞳には、自分の欲と何か……その何かがなんなのかは分かりませんが、その間で煩悶しているような光が瞬いています。

 今の陛下の言葉を考えてみますと。爵位を与えて貴族として取り立てることは、事前に話していたようです。しかし私を娶らせるという話は、了承を得てから話すことにしていたのでしょう。つまり彼は、爵位と私を娶るという条件の間で煩悶しているのでしょうか?


「英雄どのはディアナが気に入らぬのか? いや、別にお主にディアナを添わせようというわけではないぞ」


 お父様は戸惑いを見せたモルトさまに、威圧的な言葉を掛けました。

 あの、お父様?

 私を結婚させたいのか、させたくないのか、よく分からなくなっていませんか?

 お父様は私に対して過保護な一面が元々ありました。このような姿になってからは、それがさらに増したような気がします。


「お父様……この話。決断をするのはモルトさまと私です。……モルトさま。陛下は条件などと申しておりますが、私はこのような姿ですから今のお話、お断りされても恨みもしません。陛下の申し出も従姪じゅうてつである私の境遇を考えてのこと。ご自身の意思を述べてください。この決断が爵位の件に関わることは無いはずですよ。ねえ陛下」


 いまこの顔合わせによって私とモルトさまが出す結論。

 その結果によって、この後に行われる式典にて、発表される事柄がひとつ増えるかどうかという、これはただそういう話です。


「あっ、あの……」


 モルトさまはどこか苦しそうに胸に片手を添えると、私を見詰めます。

 呻くように唇を震わせた彼。

 彼は突然跪くと、頭を絨毯の上に擦り付けるようにして伏せてしまいました。


「えっ? あっ、あのモルトさま!?」


「ごっ、ごめんなさい! ぼっ、ボクにはこの話を受ける資格はありません!!」


「どうしたのだモルトどの?」


「貴様……ディアナは娶れぬというわけか……」


(お父様……。普段は凜々しく冷静ですのに、なんで私が絡むと残念な感じになってしまうのでしょう)


 社交界でお父様に群がる女性たちがこの姿を目にしたらどう思うでしょうか?

 私が一瞬、隣に立ち並ぶお父様へと意識を向けたのと同時に、モルトさまが声を上げます。


「ちっ、違います! ぼっ、ボクはモルト、モルト・ウィスカじゃないんです!!」


「えっ? それはいったい……」


「ぼっ、ボクはそっ、その――ウィスカの家の農奴なんです!」


「「それは……いったいどう言うことか」」


 奇しくも陛下とお父様の声が重なりました。

 ふたりとも厳しい視線を彼の頭の上へと落とします。

 彼の放った言葉の重みを考えれば、それは当たり前のことでしょう。

 その言葉が真実であれば、徴兵に対して身代わりを立てたということです。


「これは……陛下、式典はいかがなさいますか。英雄のお披露目をする手筈でしたが、まさかこの者が身元を偽ったいたなど、大問題です」


「……どうしたものか。幸いこの者の身元を知るのは、お主や近習の者たちしかおらぬ。だがこのまま式典を始めるわけにはいかぬな」


「お待ちください陛下、お父様。その前に詳しい経緯を聞いた方が良いのではありませんか。何故この方が身代わりになることを引き受けたのか。たとえ所持する農奴であろうとも、身代わりとして兵役の強制をすることは、最悪市民権を剥奪され国外追放となる重罪です。それに、場合によってはこの機会に逃げ出す可能性もあったでしょう。私は、彼が素直に身代わりとなった理由も聞いてみたいと思います」


「なるほど……確かにそうだな。……お主、まずは顔を上げよ。その体勢では話にならぬ。それにお主が我を救った事実に変わりはない。その功に免じて偽りの罪は問わぬゆえ、事の成り行きをつまびらかに話すのだ」


 ドルムス陛下に促され、顔を上げたモルトを名乗っていた若者は、さらに立ち上がるようにと陛下に身振りで促されました。


「まずはおぬしのまことの名を聞こうか」


 おずおずと所在なさげに立ち上がった彼に向けて、お父様が厳しい視線を向けたままそう問いました。

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