第2話
……気になる物を拾ってしまった。
さっきまであんなに落ち込んでいたのに意識はもう
だって道端で日記を落とす人なんて初めて見た。
落とすとしてもせいぜいタオルぐらいじゃないだろうか。
となるとだんだん落としたのは意図的なのではないかと思ってしまう。彼女がこれを僕に読んでほしくて落として死んでいったのではないかと都合よく解釈してしまう。
言い訳をしながら僕は最初のページを開いた。
僕の今の気持ちを表したようなオレンジ色と茶色の真ん中ぐらいのなんとも言えない色のページにはしっかりとタイトルがあった。
『拝啓、きっと夢を叶える君へ』
どうやらこれは僕の知る日記とは少し違って手紙風に書かれたものらしい。日付を見てみると3月5日。ちょうど4日前だ。古い日記を書き終え新しい日記に移ったばかりというところだろうか。
さっと本文に目を通す。これでも文系なので文章の読解スピードは速い方だと自負している。
“If you want the rainbow, you gotta put up with the rain”から始まる文章。
この日はどうやら彼女が想いを寄せる男性に書いた日らしい。彼女の想い人ではない僕が読むものではなかったことは僕でも分かる。でも素敵な文章だった。是非彼女の想い人に読んで欲しいと思うほどに。
やっぱり彼女は僕に読んで欲しくて意図的に落としたわけではなかった。そう気付いたならもうこれ以上ページはめくれない。
僕はスマホで近くの交番を検索した。嫌なことに1番近くの交番はT大学のすぐ近くだ。次に近いのは家とは反対方向なのでしょうがなく僕はT大学近くの交番を目指した。
僕は歩きながら考えた。
“If you want the rainbow, you gotta put up with the rain. ”《虹を見たければ、ちょっとやそっとの雨は我慢しなくちゃ》と彼女の日記に書かれていた。僕の記憶が正しいならばアメリカのシンガーソングライターさんの恋の名言だ。
この悲しさを我慢しても虹なんて見えるのか。
T大学の門の前にはまだ合格したと思われる人達がはしゃいでいて吐き気が僕を襲った。
これ以上進みたくない。いや、進めないと思った。今、あの人達の前を通れるほどの精神力は残念ながら僕にはない。
Uターンして家路につく。帰りたい気分ではなかったが帰らないといけない。「落ちた」と口に出して母さんに報告しないといけないけど酷く気が乗らない。
どんな反応されるだろうか。さすがに怒られることはないと思うがため息をつかれるぐらいは覚悟しないといけない。なんせ、僕がT大学を受けたいと言った時あんなに喜んだ母だ。酷く残念がるだろう。
どんなに嫌だと思っても歩けば目的地に着いてしまう。悲しいことにもう家だ。
ふっと息をはいて玄関を開ける。予想外に玄関には靴がなかった。つまり両親は外出中。僕はそのまま2階にある自分の部屋に入った。
机に荷物を置いた途端に視界に入った【T大学絶対合格!】という去年の4月に書いた紙を破り捨てる。そのままベッドに飛び込んだ。大して高級でもないマットレスは僕を受け止めてくれるというよりかは反発してきた。
そんな反抗期のベッドの上で拾った日記をもう一度開く。
主がいなくなった、交番にも届けてあげられなかったこの日記を僕はいけないと思いながらもさっきのページを開ける。
“If you want the rainbow, you gotta put up with the rain. ”名言だけは立派に英語で書かれているが本文はしっかり日本語だ。美しい文章から教養が高い人なんだと考えた。
こんな人が落とし物をするとは考えにくい。特に見られたく無さそうなこれを落とすとは。やはり、彼女は訳あってこれを落とした。そして訳あって自殺した。受験が終わり暇になった僕はそう仮定して理由を考えてみることにした。
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