拝啓、◯◯な私へ
虹都れいん
第1話
桜の花が花開きそうなこの季節。
歓喜の声を背に僕は涙を溜めて坂を降りる。涙をこぼさないのは僕の最後のプライドだ。
3月9日、T大学、不合格。
T大学、言わずと知れた日本最難関の大学に今、落ちた。
信じられない。あり得ない。と思った。
どうだったかと問うクラスメイトに「微妙」と答えながらも心のどこかで受かると思っていた。
でも結果はこれだ。
そんな僕は、真っ直ぐ家に帰る気にはどうしてもなれなくて、家とは反対方向へと歩き出す。
目の前を歩く女の人もT大学に落ちた人なのかもしれない。それとも、彼女の周りを漂うオーラが暗く感じるのは僕だけなのか。
勝手に仲間意識なんか芽生えちゃって馬鹿みたいだ。
僕はただ合格したかった。
合格するために青春を捨てた。
高校では友達と呼べる人なんて1人もいなかった。
それでも合格出来るなら良いと思った。
なのに、それなのに。
バタン。
突然目の前で何かが落ちる音がして我に返った。
僕の目の前を歩く彼女が何かを落としたのだ。
僕はこんな状態でも少しは良心が残っていたのでかがんで“落とし物”を拾った。
かがんだ瞬間目に溜まっていた涙が一粒アスファルトに落ち、シミをつくった。
今、声を出したら泣いていることがバレてしまう。謎のプライドが邪魔をして追いかける事を躊躇った。
「あの、えっ!?」
せっかく勇気を出して声をかけたのにそこにはもう彼女はいなかった。否、いなかったわけじゃない。
僕が顔を上げた途端に彼女は走ってきた車とぶつかったのだ。
本当なら救急車ぐらい呼ぶべきだった。でも、受験に失敗し、精神がどうかしていた僕はその場から走り去った。
我ながら最低だ。こんなんだから落ちたんだ。
自分でもよく分からなくなってただ走った。
受験勉強ばかりでろくに運動もしていなかった僕の体力は限界が来るのがかなり早かった。
そこで気がつく。
僕は彼女の“落とし物”を持ったままだったことに。
戻ろうか、今から救急車を呼んでも遅くないかもしれない。
僕はほとんど残っていない体力を振り絞ってさっきの場所へと戻ってきた。
あれ?彼女がいない。
彼女が車に轢かれた場所に来たのにもうそこに彼女はいなかった。
おかしい。
車は走り去ったし、なにより救急車の音がしなかったからまだ倒れていると思ってた。
僕は突然主人を失った“落とし物”を見つめる。
“落とし物”。それは文庫本だった。丁寧にレースでできたブックカバーがついているからタイトルは分からない。
僕は少し後ろ髪が引かれながら1ページ目を開く。
『拝啓、いつも私の味方でいてくれる君へ』
機械が書いたような美しい
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