第2話

「ねぇ、大地君って、何部だったの?」


 転校初日、最初の休み時間に、僕に話しかけてきたのは、明らかにクラスの中でも目立っている女子だった。都会も田舎も変わらないなと、僕は思った。でも、なんでも最初が肝心と言う。僕は嫌な顔はせず、普通に振る舞うことにした。


「剣道部」


「へぇ! かっこいい! じゃあ剣道部に入るんだ」


「多分」


「ねぇ、大地君って、彼女とかいた?」


「いた」


「えー! じゃあ遠距離?! 今、遠距離なの?」


「うん」


――連絡は一切自分からはしてないけれど、まだ別れようというメールは来てなかった。


 そんな感じの初日を終えて家に帰ると待ち構えていたかのように母さんはコーヒーを飲みながら僕にいった。


「ねぇねぇ大地、どうだった? 転校初日。またすぐに女子から声かけられちゃった?」


「うん、もうなんで女子ってあんなにすぐに距離感近いんだろ」


「それはぁ、大地がかっこいいからよ。で! 出会いはあった? なんか転校してきてキュンってした女の子とかいなかった?」


「いるわけないじゃん。初日だよ? てか、俺恋愛とかそんな感情持ったことないから」


「大地!どうして急に一人称がに?」


「別に。東京の同級生はみんな俺だったけど、なんか僕から俺に変えるタイミングがわかんなかったから、転校を機に俺にしようかなって」


「いやぁん! いいね! いいね! 息子の成長! いいわぁ!あ、思いついちゃった!」


 母さんはそう言って、二階の自分の部屋へと走っていった。おばあちゃんちのリビングに一人取り残された僕はこうして、新しい学校でのスタートを母さんに報告した。きっといい小説のネタになるのだろうと思って。


――はぁ、全く母さんは。俺のことなんだと思ってるんだよ。


 「俺」と自分のことを言おうと決めて脳内を、「僕」から「俺」に変換して話すようにしているけれど、なかなか「僕」はなくならない。みんなもそうやって「僕」から「俺」に意識して変えたんだろうか。そのうちきっと、「俺」が普通になっている、そんな感じなのだろうか。まぁ、小さな頃から「俺」って言う子もいるわけだし、僕の場合は転校を機に「俺」にしようとしているからこんなことを考えるのかもしれないけれど。


 次の日学校に行くと、転校生が珍しいのか、他のクラスの女子に呼び止められた。トイレに行きたいのに、迷惑な話だ。


「ねぇねぇ、竹之内くんって、東京から転校してきたんだよね? 東京ってやっぱり都会? 芸能人とかよくあったりするの?」


「うん、東京だから、都会だよ。俺はあったことないけどね」


 この質問は転校してから五回目だ。僕はごめんちょっとトイレと言ってその場を離れた。


 数日経ったある日、東京の僕のことを彼氏だと思っている人からRINKで「もう別れよう」とメッセージが送られてきた。僕は短く「うん」とだけ打った。良かった。もうこれで僕の彼女は誰もいない。


 でも、同じクラスの目立ってる女子がなぜかその情報を聞き入れて、多分、同じ剣道部の山口だと思うけど、俺のRINKに猛アタックをかけてきた。


「まじめんどくさい」


 僕はそれだけ呟いて、また放置をしていたら、いつものごとく知らない間に彼氏にされてしまっていた。「うん」とだけメッセージを送るのはどうとでも相手の好きなニュアンスで捉えられてしまうけれど、それだと断ることにもならないし、またいつものように、触れることなく流れる時間に任せておけば相手は自分からいなくなると思った。


「ねぇ、大地くん、今日部活終わったら一緒に帰ろ?」


「うん」


 そう言って帰ってみたものの、僕の心がときめくはずもなく、普通にただ帰っただけだった。


「あぁあん! そこは大地! 手でも繋がなきゃ、きゅんきゅんしないって!」


「だって、俺、その子のこと好きじゃないもん」


「じゃあなんで付き合ったの?」


「断るのもめんどくさいから」


「もう! そんなんじゃいいネタにならないじゃん! 」


 大人は勝手な生き物だ。特に僕の母さんは普通じゃない。僕の青春をなんだと思ってるんだろうか。でも、母さんの言うように、「きゅん」と言う気持ちを僕もいつか感じてみたいと思うところはある。なぜなら、少し気になる人がいるからだ。


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