『 隣の席の読書好きな彼女が大好きな僕と、それを知らない君 』
和響
第1話
大人は勝手な生き物だ。自分たちの都合で僕たち子供の世界をいともたやすく変化させてしまう。特に、うちの親は。
「あのね、
「え? ちょっと待て、どういうこと?」
「パパと別居することにしたの」
「なんで?」
「え? 私が執筆するのに田舎の方が気分がいいし? あと、家事からの解放。あ、心配しなくっても大丈夫よ。今でもパパとはラブラブだから。じゃ、そういうことで」
うちの母さんは小説家だ。二十代の時にミステリー小説の新人賞でデビューをはたし、それからかれこれ二十年以上、小説を書いている。僕を産んで育てている間も何かしら書いていたようだから、よっぽど小説を書くのが好きなんだと思う。最近では恋愛小説を書くようになった。それも青春純愛ものの小説だ。いい歳してなんでそんな青春ものを書くのかと尋ねたら、母さんは僕にこう言った。
「だって、大地がこれから青春真っ只中に入っていくから。ネタが豊富で面白いかなって思って」
その会話を思い出して、また思う。やっぱり僕の母さんは勝手な生き物だ。でも父さんはそんな母さんにベタ惚れである。大手出版社に働く父さんは母さんの担当編集者だったそうで、母さんの書く小説の大ファンでもある。そんな父さんだから、母さんが執筆の為と言えば、二つ返事で別居をオーケーしたようだった。
「単身赴任だと思えばいいんだ。会えない時間が愛を育むんだよ」
嬉しそうに言っている父さんの頭の中身を僕は知りたいと思った。
大人は勝手な生き物で、その中でもうちの両親は、特に勝手な生き物だと、僕は常々思っている。でも、だからと言って、別に東京にこだわりもない僕は、すんなり母さんと一緒におばあちゃんの家がある愛知県に引っ越してきた。「気分を変えるにもちょうどいい」そう思ったからだ。
僕は多分そこそこ見た目がいい。身長も中一の時にぐっと伸びて、それは今も続いているし、元モデルの母さんに似ている僕の顔は、母さん曰く、小説の主人公が好きになる「彼」のイメージにぴったりなんだそうだ。どこを見てそう思うのかは知らないけれど、そういうことなのだそうだ。白い肌、大きすぎない二重瞼の目に長い睫毛、整った鼻筋にほどよく膨らんだ唇、と書けば大体はイケメン設定になるらしい。
母さんが言うように僕の見た目がいいのかどうかは知らないけれど、何かと女子に絡まれることが小さな頃からよくあった。なんなら「付き合ってください」と告白されて、
「なんで付き合ってるのに、一緒にどっか出かけたりもしないの?」
「え? だって、僕付き合うって言ったっけ?」
「だって、うんって返事くれたじゃん。それってオッケーってことでしょ?」
「えっと、そのうんは、そう言う意味じゃなくって、明日一緒に帰ろうに対してのうんということで。電車、同じだし」
大量のメッセージをRINKで送ってきて、そのまま流し読みをした最後が、「明日一緒に帰ろうね」だった。それに対して、まぁ一緒の方向だしいいかと打った「うん」は、いつの間にか彼氏としての僕が打ったメッセージだったようだ。
彼氏になるのはめんどくさい。彼女になったらしい同級生の付き合ってるならこうして欲しいに答えなくてはいけないようだ。
「なんで大地くんは私ともっと一緒にいたいって思わないの?」
「なんで大地くんは私と手を繋ぎたいとか思わないの?」
「なんで大地くんは、RINKを自分から送ってきてはくれないの?」
「なんで大地くんは」から始まるその要求に嫌気が差してくる。でも、付き合うことを止めるには別れ話なるものをしなくてはいけないようだ。それもかなりめんどくさいと、僕はいつもそのままその流れの中で生きていた。
「もういいよ。私のことなんて好きじゃないんでしょ。だったらもう、別れよ」
そのまま流れの中で生きていると、自然と向こうから別れを切り出してくれることが多い。中学一年生の時にそれを知った僕は、恋愛に関しては相手に触れることなく、そのまま何もしないで流れていけばいいと言うことを学んだ。そうすれば、僕は恋愛に関して悩む必要がないからだ。
幼稚園児の可愛い好きはあっても、恋愛だと思えるような人は今までいない。それなのに、何を期待しているのか母さんは、僕をモデルにした彼に恋をしている女の子の小説を書いている。
「もう! またすぐに別れちゃったの?大地が何にもしないからでしょ?」
自分の息子にそんな発言をする母親をいかがなものかと思ってしまうが、大真面目に言っているから仕方ない。母さんは小説を書いて生きていることが幸せなのだから。だから母さんが田舎に引っ越そうと言った時、僕の中でも、まぁそれでいいかなって思えた。都会の学校で、電車通学。電車通学だと、他校の女子からも告白される。それはそれで、本当にめんどくさいからだ。
「あの、ずっと見てたんです。好きです」
電車に乗ったら風景ばかり見ている僕はその子のことを一度も見たことがなかった。なんでも毎朝同じ電車に乗っているらしい。そういう時は「どうも」とだけ言って、「じゃあ」と立ち去るのがいいと僕は随分前に勉強した。田舎ならそんな必要もないはずだ。
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