第20話 三騎士
「おいてんめぇ! 白髪やろぉぉ! オレが今狙ってた獲物横取りすんじゃねぇ!」
「君今やられそうだったじゃん。てか私、やろうじゃないよ。乙女だよ」
「そんなこったぁどぅてもいいんだよぉ!? 勝手にはいってくんじゃねぇええ!!」
ほぼ初対面だというのに後方で言い争いをするミアとネオの声を耳にし、カルナは目の前のフルウルフと対峙している。
1層にいたミルウルフとは違い、人の二回りも近く大きな体格で、赤黒い毛を逆立たせ威嚇体制をとっている。ミルウルフとは比較にならないほどの俊敏性と顎の力だけに、噛まれたら腕が持ってかれるだろう。
ここは12階層。
カルナの最高到達階層である。
先ほどフルウルフの大量発生に遭遇し、普通なら逃げるところだが今回はそうもいかない。
カルナとミアの経験値をどれだけ稼いだかを競う勝負が在るため、二人とも群れに突っ込んでいった。そしてネオはと言うと、勝負の有無にかかわらず群れを見つけたら突っ込んでいくため今の惨状だ。
あらゆる方向からフルウルフが飛び込んでくるため、気を緩ませると背後からがぶりと噛みつかれかねない。
しかし、
「なんか体が、軽い?よな」
カルナは自分の体の異変を呟いた。自分の体がどんどん軽くなっているように感じるのだ。否、体だけでなく頭の回転も速くなり、そして筋力だって上がっている。
しかし筋力に関してはまだ貧弱もいい所だろう。
「ガルルアァアアッッ!!」
考えもなしに目の前のフルウルフは飛びかかって来る。
(やっぱり、遅く見える)
フルウルフは空中で口を大きく開き、そして赤い眼光で迫っている。
その牙の一本一本が、目線の向く先が、引き伸ばされた刹那でカルナははっきりと確認できる。
そして、後方と右斜めからももう二匹が迫っていることも察知できる。
カルナがすべきは力を高めることではない。無駄のない動きと剣筋で、敵を切ることだ。
遥か遠くにいる少女の剣を念頭に置き、カルナは剣を振るった。
銀の光が飛びかかるフルウルフに煌めく。
フルウルフは空中にて、体を一刀両断され、そのまま灰となって崩れていく。
カルナの周りに灰が漂う。
「————っ」
カルナ自身も驚きを隠せず、自分の手の平を眺める。
いつからか、カルナの変化は始まった。
それはあの怪物に立ち向かった瞬間なのかもしれない。ミアの努力を知った日かもしれない。はたまた、あの村を出ていった時であるかもしれな。
何がともあれ着実にカルナは成長している。その喜びに満足せず、追いつきたい場所を再度見据え、こぶしを握る。
「おぉおー。やっぱりカルナ君は強くなれますよ」
「そ、そうですかね」
その姿を見たアルミスが感心したように言った。アルミスは戦闘の最中だというのに剣も握りず、カルナたち——駆け出しの動きを観察している。モンスターの攻撃を見てもいないのにするする避けていくのだから、実力者であることは認めざるを得ない。
ステラはホールの隅でモンスター避けのローブを身にまとい、遠目から状況を見守っている。
「うん、やっぱりテルが言ってた通りだ」
「え?」
「いやいいんです。そら、はやくあっちに加勢に行ってはどうですか?」
「あー、わかりました」
テルタがアルミスになんといったのか知りたいが、言われた通りカルナはミアとネオがいる方へ向かう。二人は言い争いしているため、あまり数を減らせていなかった。
何がともあれ討伐数。狩れるだけ狩る。それを目標にカルナは群れを見据える。
フルウルフはみな、ミアとネオに気を取られている。
視線が背後に向いてないうちに、カルナは忍び寄り。
背後から切りかかる。
「キュゥンッッ!」
(武士道なんて、あったもんじゃないな)
自分の行動に苦笑し、次々に討伐していく。
「おいまて白髪! あのエルフのやろおぉ、ちゃっかり横取りしてんぞぉ!」
「え? あっ、ほんとだ! ずるいよカルナー!」
「これも作戦の内ってやつですよ。わざわざ序盤に群れの中心から抜け出した甲斐がありました」
「おめぇ、そのためにオレたちに群れ任したってことかぁ!?」
「任したってことだ」
「くそがぁああ! こうなったら、白髪おんなぁ、てぇ出すんじゃねぇぞ!」
「白髪白髪うるさいなー。もー、はいはいわかったよ」
ミアはやれやれと肩をすくめ、ネオは彼女から了承を得たところで、足を大きく曲げる。
その力を爆発させ、地を蹴って宙を舞いダンジョンの天井へ着地。
そして飛翔。
向かうは真下のモンスター。
狂い回る風車のように回転し、両手のナイフで肉をそぎ落とす。
モンスターがネオを捉えるより先に、飛翔と着地を繰り返しダンジョンの壁から壁へ跳び回る。
ネオが残す残像だけが、群れの中を飛び交う。
そして瞬く間にモンスターを討伐していく。
その姿はまるで兎。
この殺風景なダンジョンのホールを、地面・壁・天井という具合に広々と駆使している。
「うぉ……」
その動きを目の当たりにし、カルナは声を漏らす。
ミアが速さと技術が優れているというのなら、ネオは敏捷性が明らかに突出している。
壁から壁へ跳び移るその脚力と身軽さ。
その己の最大の武器と、両手にナイフという双剣スタイルががっちりと噛み合っている。
(こんな戦い方もあるのか……)
カルナの中で、剣士とは一本の剣と己の技を用いて一刀両断。それが理想であると考えていた。
しかし、ひとえに剣士と言っても武器の種類は様々だ。短剣や大剣、両手剣にレイピアなど。また剣ではないが太刀なんかもある。そして盾を片手に装備するものもいれば、ネオは特殊だがナイフを両手に持つ者もいる。
経験と知識の浅いカルナからは、その戦い方はとても斬新に思えた。
「白髪おんなぁ! おまえが最初から邪魔しなかったらぁ、俺がまとめて一掃したのによぉ!」
「それ言うなら私に任せた方が絶対早かったよ」
「二人が言い争ってたおかげで、討伐数が稼げました」
「「こいつぅっ!!」」
恐ろしい目で睨む二人を横目に、カルナはあたりを見回しモンスターを狩りつくしたことを理解する。
「いやはや、君たちは本当に見込みがありますね」
三人に拍手をしながら、感心したようにアルミスが言った。
「ダンジョンに入ってから、コボルド5頭・ゴブリン12頭・オーク3頭・ミルウルフ14頭・フルウルフ13頭。これはすさまじいですね」
「おぉ、あったりめぇよぉ」
「ねえねえ、この大半が私の功績じゃない?」
「なにいってんだぁ? 大半がオレだろぉ」
「いや、みんな群ればっか相手しててわかってないかもだけど、俺だって結構倒してるんですからね」
「で・す・が!!」
アルミスは討伐数で言い争うカルナたちを見て、大きく声を上げた。
「連携もくそもあったもんじゃないですよ。まあみな剣士職ですからしょうがないかもですけど。そもそも、モンスターに囲まれる時点で君たちは未熟すぎます」
「あぁ? じゃあどぉするってんだ?」
「まず君です。ネオリアル君」
アルミスはビシッとネオを指さし、
「君は周りが見えていない。さっきだって背後から迫っていた敵に気づきませんでした。複数を相手持つなら、もっと神経を分散させてください。でないと連携なんて夢のまた夢です」
「お前なにさまぁだ————」
「————次にカルナ君」
噛みついてくるネオを無視し、次はカルナを指さす。
「君はまだ自分の強みと言うものを分かっていない。連携を組むならオールラウンダーも必要ですが、どうやら君はそれになりたいわけではないらしい。自分の強みを探す必要があります」
「なる、ほど」
ミアとネオには確かな誇れる武器が存在する。二人はそれを生かして戦い方を見出し、そして圧倒している。
しかし、カルナにはこれと言った強みがない。
誰にもこれでは負けれない、と言った武器がなくてはならない、とアルミスは言ったのだ。
(俺に強みなんてあるのか?)
速さじゃ勝てない。力も勝てない。そもそも身体能力で何か突出した部分は今はないだろう。
それじゃあ魔法。といってもカルナには魔法がまだ発現していない。
スキルだってそうだ。ステイタス鑑定時はなにも発動していなかった。
誇れるもの。
自分の才能。強み。センス。
自分の優れている部分を探すというのは意外にも難しいものだ。いつだって主観という壁に阻まれているから。
自分では優れていると考えていたものでも、他者から見たらそうでもないなんてことよくある話だ。
だから、カルナにはそれが分からない。
では、分からないのなら、まだないと言うのなら。
(磨くしかない。努力するしかない。それが俺にできることだから。)
手を伸ばさなければ。
変わらなければ。
見つめなおさなければ。
何も始まらないのだから。
だから、カルナは己に自問自答するのだ。
————俺はどう成りたいのか?
真似事なんかじゃなく、模倣ではなく、確固たる『己』がほしいのだ。
そうして、あらゆる考えがカルナの頭を錯綜する中、
「次はミア君。君です」
「え? わたし?」
剣術の鬼才。そう言われた彼女は確かに人から教わるという経験が少ないだろう。
指導と言うのは、指導者が確固たる実力がなければできないことだからだ。
アカデミーでも剣術において教わるということはなかったのだろう。
だから、少しミアは意外そうに聞き返したのだ。
「そう、君にだって欠点はあります」
「けってん?」
頷き、そしてアルミスが口を開く。
「それは————実力だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます