第19話 混ぜるな危険


 二人でのダンジョン探索とは違い、多くの足音が安心感を呼ぶ。しかし、ダンジョンに入ってすぐにリーダーであるアルミスが言った言葉をカルナは思い出す。


————僕とステラは極力戦闘に参加しません。ははっ、君たちが道を切り開きたまえ!!


 熱血系な指導方針のもと、駆け出し達が先頭を歩きその後ろにアルミスとステラが続く形となっている。


 カルナの右隣にはナイフを二つ携えた人間ヒューマンの少年が歩いており、左隣にはミア。

 初対面かつダンジョンの中と言う条件のためか、カルナは居心地が悪く頬を掻く。少年もまだ一言も口をきいていない。


「ねえねえ、きみきみ、名前なんていうの?」


 だがそこに空気なんてお構いなしの少女がいた。ミアは無口な少年に気後れすることなく話しかけた。


「お前さんこそなんて言ぅんだよ。まずは自分から言うのが筋ってぇもんだろ。剣術の鬼才よぉ」


 少年は今までの無口な印象とは裏腹に、にやりと口角を吊り上げ、いたずら気にミアをからかう。


「それ、ぜったいからかってるなー」

「いやいやぁ、オレにゃあケントーもつかねぇぜ?」


 少年はミアのことを知っているようだが、気後れした様子もなく挑発する。


「むむむ、なんか気にくわないけど。私はミア・レグリエス。そして、このエルフ君がカルナ」

「ちょっ」


 ミアは馴れ馴れしくカルナの肩に腕を回す。ふわりと優しい香りと、やわらかい感触がカルナを赤面させる。


「なるほど、わかったぜぇ。お前さんがミア・レグリエスで、これがカルナ君のエルフ」

「俺の扱い雑にすんな!」

「ははっ、すまねぇ」


 にかっと笑顔が弾けた少年。

 すると、少年はカルナをまじまじと見て、疑問を浮かべ、


「それにしても……エルフでぇ剣士かぁ?」

「……」


 当然の疑問だと言える。

 カルナがどう説明しようか迷っていたら、ミアはガっとカルナに回した腕に力を入れて、


「そうだよ! カルナはすごいんだから」

「おぉ、そりゃすげぇな」

「なにに感心してんだよ」


「誰よりも頑張り屋さんで、それで負けず嫌い!」

「そりゃあ、張り合いがあるってもんだなぁ?」

「なんか今にでも襲い掛かってきそうだなおい」


 ぎろりと闘争本能むき出しの少年の目に、カルナの逃走本能が揺さぶられる。

 以外にも無口とは程遠いい、話しやすい少年だ。


「そんで、あなたの名前はなんていうんだよ」

「あぁ? オレか?」

「そうだぞー。聞いておいて君は名乗らないのかー!」


 カルナに賛同しミアは抗議するようにわざとらしく怒った顔を作る。


「オレはなぁ、ネオリアル・ドルマだ。みんなオレのことはネオって呼ぶ。お前らもそう呼べぇや」


 口調と態度に似合わぬ名前だ、とカルナは一瞬思ったが言わないことにした。

 差し出された手をカルナは握る。


「それじゃあ俺のこともカルナって呼んでくれ。同じ剣士職としてよろしく、ネオ」

「おお、よろしくだぜぇ、かるなぁ。オレはつよくなりたいんだぁ。お前はつえぇかぁ?」


「それはネオの目で判断してくれ」

「そりゃあそぉだな、ははっ」


 ネオはにかっと笑い、自前の犬歯を輝かせた。

 男たちの出会いを目の当たりにして、いてもたってもいられなくなったミアは、


「もー、なんで二人だけで仲良くなろうとするのさ! 私もよろしくだよぉ!」

「お、おぉ、よろしくだぜぇ。何がともあれ剣術の鬼才さんにゃあずっとお目にかかりたかっんだぜぇ? どれだけつえぇんだよ?」


「少なくとも君には負けないな」

「はは、そぉこなくっちゃなぁ」


 にやりと笑いミアとネオが握手を交わす。

 カルナが見るに、この二人は気が合いそうだ。

 ミアの正体を知っているが気後れしないネオと、負けず嫌いで剣術においては最強クラスのミアだ。ネオの実力次第では互いを高め合えそうな、そんな雰囲気がある。


「あ、じゃあ君も勝負する?」

「勝負だぁ?」

「え、待ってください。人増えたらもっと俺が不利になります。なんかあんた汚いぞ」


「ふふん、これが大人の勝負ってやつだよ。それに……」

「それに?」

 

 ミアは何かを言おうとして黙ってしまう。

 ほんのりと頬を赤くし、少し悲しそうに言った。


「カルナ、私のこと名前で呼んでくれないんだもん……」


「あ……」


 カルナは昨日の夜、初めてミアを名前で呼んだがそれが最後だ。名前呼びにすると決めたにもかかわらず、すっかり「あなた」や「あんた」と呼んでいたことに気づく。

 カルナは頬を掻き、


「すみません。これからはミアって呼ぶから許してください」

「ほんとに?」

「はい」

「ならよろしい」


 ミアは少しだけ微笑みうつむく。

 そしてすぐにいつもの調子で、


「でも君も勝負しようよ」

「まじかよ」

「だからぁ、勝負って何のだよぉ?」


「君、最後にステイタス鑑定したのいつ?」

「それとなにがぁ関係あるってぇんだぁ?」

「い・い・か・ら」


 ステイタス鑑定の時期がずれると、『経験値の量』と言う勝負は成り立たなくなってしまう。もっとも、遠征が始まった時点ですでに、この勝負はカルナにとって不利と言えるが。


「ありゃあ確か、一週間くらい前だなぁ」

「お、それじゃあ私たちと同じくらいだ」

「だからぁ、なんの勝負なんだよぉ?」


「経験値の量さ」


 ネオはそれを聞き、一瞬考え、


「面白れぇじゃねぇかぁ。その勝負乗ったぜぇ」

「そうこなくっちゃね」

「まじかよ」 


 カルナはどんどん自分が不利になっていく状況で、しかし後ろ向きな気持ちではなかった。

 憧れに手を伸ばすには、こんな易い困難で諦めてはつり合いが取れなくなる。

 カルナはそのことを自身でわかっているのだ。



 そうして、三人の顔合わせが終わったその時、


「————っ」

「さっそく来たぜぇ」

「行くよ」


 モンスターの気配を感じ、通路の先を睨みつけ、三人は一斉に駆けだす。


 勝負を念頭に置き、討伐数を稼ぐべく負けじと飛び出す。


「グルウウルルルルウウッッ」


 姿を現したのは一頭のミルウルフ。黒い毛を逆立たせ、威嚇体制に入る。

 しかし、


「ルルウゥゥ……」


 迫りくる者の目を見るや否や、その威勢は消え去った。

 一人は風と溶け合い己に迫り。

 一人は狩らなければという獲物を見る瞳で。

 一人はとがる犬歯を輝かせながら。


「キュウゥゥゥ……」


 ついに、ミルウルフは命乞いのように甘い声を漏らすが、カルナたちには聞こえない。

 そして、我よ我よと迫るカルナたちは、


「ちょっと道ふさぐように走らないでくれる? あれは私が倒すんだからっ」

「ははっ、何抜かしたこと言ってやがる。はえぇ奴が獲物を狩る。これが常識ってやつだろぅ……って馬鹿野郎! おい、かるなぁ! 引っ張んじゃねえよ!」

「討伐数を稼がなくちゃいけないんだ。邪魔する奴はみんな敵」


 自分よりも前に行かせないようにと、引っ張り合い、引っ掻き合い、押し合う三人。


 訂正、第三者が見るに、は気が合わない。


 誰もが負けず嫌いで、そして討伐数を稼ぐべく闘志を燃やしている。当然、互いが互いを邪魔だと思うだろう。


 その背を後ろから眺めるアルミスとステラは、


「僕、何見せられてんのかな?」


「……アルミスもシュレン様とモンスターの取り合いするとき、あんな感じですよ」


「まじか」

「まじです」




「……控えよ」

「そうしてください」


 二人は小さくため息をつき、三人の背を追った。

 

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