第18話 開始
アルミスの意味不明な発言はよそにして、つまりはこのグループは参加者の剣士職のみを集めたグループと言うわけだ。
「下層は言ってしまえばダンジョンの体験の場所、みたいなものです。だから、下層を攻略するまでは、パーティーの作戦なんて必要なし。そして、下層攻略まではこの僕が、君たちを鍛えてあげます!」
強く胸にこぶしを突きつけ言い放った。やはり、兄妹そろって自信が満ち溢れている。その堂々たる姿は、リーダーとしてのカリスマ性が垣間見える。
「つまりは脳筋のばかというです」
「ちょっと、ひどいよステラー」
アルミスの熱弁を聞き終え、そして要約したのはギルドの魔法職の女。
「あ、それと、もしものためにこの子——ステラがついているから安心してくださいね。腕の二三本なくなっても 治してくれますから」
「安心してください。アルミスとそこの愚か者以外の方でしたら腕くらいは生やして差し上げます」
そう言って、女は深く被ったフードを取る。
「————っ」
その女は長い耳を引くつかせ、きれいな金髪をなびかせる。
鋭い眼光でカルナを睨みつけ、そしてカルナも目を見開き後ずさりする。
(ステラ、さん…………)
あの言葉が再びカルナの脳裏によみがえる。
————愚か者
カルナは、一瞬後退りするが、一度深呼吸し踏みとどまる。
(ミアがいなきゃ、俺はどうなっていたんだろうな)
ミアは心配そうにカルナを見るが、ふっと笑って大丈夫だと伝える。
ミアが放った言葉が、触れたぬくもりが、そしてあの表情が、カルナを変えた。
だから、カルナはもう繰り返さない。
「ま、まあまあ、仲良くしようよ」
苦笑しながらステラをなだめるアルミス。
つい昨日、ひどい別れ方をしたステラとカルナ。当然あのパーティーに出席していたのならステラも遠征参加者だ。
「はい……」
「おし! じゃあ次に行きまーす」
アルミスは話を戻し、再び説明を始める。
「一日もあれば中層に行くことはできます。しかし問題なのが休憩階層の一つ前の階層——つまり19階層にボスがいるかもしれないってことですね」
下層は1階層から19階層までを示す。そして、下層と中層の間に休憩階層と呼ばれる階層が存在し、そこでグループの合流を待つ手筈となっている。
ボスとは下層では19階層のみに存在し、中層への通過人数が一定を満たすと出現するモンスターのことだ。倒しても一定数が19階層を通過すれば再出現する。
「ボスはその名の通り、そこらのモンスターとは比べ物にならない強さを誇っています。下層のボスだからって侮ると痛い目見るので注意してください。以上です!」
話が終わり、みな装備や持ち物を確認する。
(これから、始まるのか)
これから、遠征が開始する。
己に何ができ、何をしなければならず、そして何をしたいのか。カルナは確固たる目標がある。
折れず、曲がらず、腐らず。そんな不滅の感情が一本の柱となって聳え立っている。
見据えるは白髪の少女。
目指すは幻想の『
カルナがミアを無意識に凝視していると、目が合いにこりと微笑む。
(なんだよ、あの笑顔。ちくしょう)
なぜだか、敗北感を覚えるカルナ。顔が熱を持ち、それを偽るようにミアに話しかける。
「この剣、本当にありがとうございます」
「だ・か・ら、それ私使ってないからいいよってあれほど言ったでしょ?」
「でも……」
「別に折っちゃったって怒ったりしないからさ。存分に使いたまえ」
「わかりました」
手に握る剣は細くそして軽い。黒色の柄と握りには装飾が施され、そして切れ味も前の剣に比べたら抜群。何かしらの魔力付与が施されているようだ。
「怖気づいてんのかぁー?」
ミアは挑発的に上目見る。それを聞いたカルナはフッと笑い、
「そうですね。なんてったって強くなれる気しかしない、俺のポジティブ精神が超怖いですね」
「おお、言うようになりましたな。それじゃ————私と勝負しない?」
「勝負?」
「うん、しょうぶ」
「どんな?」
「どんなのでもいいでしょ? するのしないの?」
「しない」
「なんでぇ!?」
カルナの反応が意外だったのか驚愕をあらわにするミア。
「だって、なんか……」
「——負けそうだから」
「違う」
カルナの心中を見破り、ミアはにやにや口角を吊り上げる。ミアの前だとなぜか主導権が傾いてしまうのだ。
「そっかー、カルナ、おくびょう、だからね」
「ちっ」
その安すぎる挑発を受け、カルナはやれやれと肩をすくめる。
「わかりました。受けます受ければいいんでしょ」
「そう来なくっちゃね」
「どんな勝負ですか?」
「うーん……」
腕を組み少しだけ悩んだ後、
「————経験値の量」
「げっ、おとなげねぇ」
経験値とはモンスター種類・個体差別の討伐数、筋力・魔力・精神力の鍛錬度、それらを合せたもののことだ。経験値はそのままステイタスに反映され、ステイタス鑑定の際に調べることも可能だ。
いわばこれがダンジョンによる恩恵の一つと言える。ダンジョンで冒険したほどに強くなれる。
つまりは、前回のステイタス鑑定からパーティーを組んだ二人だが、明らかにミアの討伐数の方が多い。
よって、
(この勝負は不利すぎるだろ……)
「別に勝てないわけじゃないさ」
「ちっ」
感情を見透かされカルナは舌打ちする。
「中層のモンスターなんて下層とは比べ物にならないほど強いらしいよ。だから一体倒せば逆転、なんてことも」
「不本意ですが、受けて立ちましょう」
「にっしっし」
しかし、やるからには勝つ気でいるカルナ。追うと決めたのなら、ちょっとした段差に足を取られているわけには行かないのだ。
そんなことでは、ひたすらに遠くを突っ走るミアには手すら伸ばせないのだから。
「それじゃあ、負けた方には————」
「————準備はできましたか?」
アルミスの皆に向けて放たれた声にミアの言葉はかき消された。
しかし、ミアは続きを言おうとはしない。
なぜなら、アルミスの瞳が物語っていたからである。
決意と期待、そして覚悟。確固たる冒険者の鏡がそこにあった。
冒険者は間違っても狩人ではない。確かな獲物なのだ。
これは遊戯なんかじゃない。命を賭けた、命の取り合い。
皆はその瞳を見て一斉に頷き、アルミスはフッと笑って口を開いた。
「『汝が望むは神からの恩恵、未来からの試練、そして過去への挑戦の資格』さあ————————行きましょうおお!!」
巨大な大剣を天に掲げ放たれたその言葉が、出発の合図となった。
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