第11話 穢れた手で
「そこぉだぁああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」
わざと大声を上げた。
正真正銘の背後からの奇襲攻撃。それは剣士として許すことはできない、なんて考えてたわけじゃない。
脆く腐った魂を奮い立たせるために。
これまでの己を信じるために。
虚勢を張ったにすぎないのだから。
怪物は、隻腕で即座に棍棒を振る。俺もろとも地面を抉るように薙ぎ払る。
棍棒は風を潰し、地面を割る。
体が軽い。
頭の回転が早い。
力がみなぎる。
なぜか、棍棒がとてもゆっくりに見える。
その、当たれば即死の一撃を、ひょいと跳んで躱す。棍棒はつま先をかすめるが当たりはしない。
破片が舞う空中にて見据えるは怪物の頭。
頭は今、がら空き。
鋭い瞳でこちらを睨みつけるがもう遅い。
そして、空中で構える。
何度も、何度も繰り返した構え。
俺の全てを詰め込んだ構え。
力を一つに溜める。
体全体に漂っていた何かが一点に集中する。
今まで積み重ねた思いが収束する。
そして集まった莫大なエネルギーを。
爆発。
怪物の大きな頭めがけて振り下ろす。
————————キィィィンッッッ!!
「え?」
弾ける剣。
砕ける角。
痺れる指先。
離れる体。
甲高い金属音。
俺の最高の斬撃は。
しかし、決定打には至らなかった。
「え?」
怪物は当たる寸前で、自前の角を剣に合わせたのだ。
角と剣が響く音と共に、怪物から磁石のごとく弾ける。怪物の額の角は中ほどで折れた。
だがそれは、致命傷と呼ぶには、浅すぎる。
甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かったっ!!
体が怪物と離れる中で、唇を噛みしめる。俺はなんでこんなにも変わっていないのか。
確かにあの振りは今までで最高のもので間違いがない。
しかし、剣を合せる際に鎧部分に本気で剣を当てに行く馬鹿はいない。
「エルフくん!!」
俺を呼ぶ声が聞こえた。その声が、歓声でないことは分かる。
これは危険信号。
すると怪物は頭をふらつかせながらも身をひねる。秘められた筋肉が筋をむき出しにして、体が曲がる。
そして、その爆発的な力で棍棒を投げた。
投げる先はダンジョンの天井。
そして、轟音を鳴らし、ダンジョンを崩す。
「にげててええええええええええええ!!」
即座に俺は怪物に背を受けて走り出す。
怪物は、逃げるという選択をした。
モンスターでありながら高い知能を持っている。
腕が切られ、角が折られ、背後には負傷しているがミアが剣を構えていた。
勝てないと判断したのだろう。
生への執念は強者のそれだ。
崩れ落ちる天井。ミアが今どこにいるかは分からない。
俺がどこにいるかも分からない。
土煙がホール全体を埋め尽くすなかで、俺は底なしの無力感に囚われた。
◆
「ってぇ……」
意識が覚醒したと同時に、体中に痛みが走る。体を一通り見るが、捻挫や打撲程度の傷だと分かり一安心する。
しかし、俺が今なぜ倒れていたかを思い出した。
「あ、あいつは!?」
そうだ。遭遇した怪物が、天井を壊したんだった。
ホールを見ると中央にがれきの山があり、やはり怪物の姿はなかった。
「……?」
ふと地面に赤い何かが見えた。
それは向いの通路の奥までも続いている。およそ、怪物の血痕なのだろう。どうやら、あいつは逃げていったようだ。
何とか立ち上がり、何がともあれミアが心配だ。
「ミアーー!! 返事してください!!」
声を張り上げ、ホールを探し回る。
もしかしてがれきに潰されたか、と考えるが、一旦頭の隅へ追いやる。
「ぅう…………」
どこからかうめき声が聞こえる。
その根源を追うと、そこには白髪の
「大丈夫ですか!!」
駆け寄り体を見るが、目立つ傷はない。これで一安心するのはまだ早いが。
すると、目が開かれた。
「ぅ…………っ。あ、わたし、あれ! あいつは!?」
「大丈夫です。どうやら逃げたらしい。ほら、あそこ」
慌てるミアに、通路へ続く血痕を指さす。ミアはふぅっと安堵する。
にしても、あの怪物はこの階層にいていい者じゃない。
ここは下層。駆け出しの冒険者の冒険の場である。したがって、あのレベルのモンスターがいるのはおかしい。
「あれ、何だったんでしょう」
「……たぶん、変異種だよ。あの知能と力は尋常じゃない」
ミアはここにあるいくつものクレーターを見てそう言った。
そうだ、あの怪物が異常だっただけ。普通なら俺の剣は届いていたはず。
「っくそぉ…………」
そんなの言い訳に過ぎないことは分かっている。
あの場所、あの状況、あの瞬間が絶好のチャンスだった。あそこで実力を発揮しなければならなかった。
何度剣を振ったってどこかに変わらない自分がいる。
いつだって臆病で、肝心な時にミスをする愚者がいる。
努力したら変わるものがある。
だが、変わらないものもある。
それが俺の心の弱さ。
いつだって努力っていう免罪符で、心を取り繕っている。
だから俺の根本は剣を握ったところで何も変わっちゃいなかった。
変わらず、進まず、足踏みを繰り返す臆病者。
俺はこんな俺が…………。
固く握った手からは、血が流れ出る。
「まあ、何がともあれ帰ろう。これはギルド省に報告した方がいいね」
冷静な判断を下したミア。ギルド省は冒険者たちに、ダンジョンの情報を公開し、そして依頼やクエストを課す。そのため、この異常事態は報告に値するだろう。
「そうですね……で、あの人たちどうしますか?」
あの怪物に殺された人たちの亡骸は今もなお横たわっている。
ミアは少しだけ考え込み、そして眉を下げて言った。
「私たちだけであの人たちを運ぶことはできないよ。だから、ここに置いていくしかない」
「そう、ですね」
俺たちはその後、亡骸たちを隅に並べた。
これも冒険者。モンスターを殺すのが仕事だ。殺されるのも覚悟する必要がある。
醜い形に変容した冒険者たちを見る。
この人たちはどんな思いで冒険者になったのだろう。
冒険に夢を預けたのだろうか。
仲間に絆を求めたのだろうか。
どちらにしろモンスターという試練に勇気を抱いて立ち向かい。
そして殺された。
「……?」
ふと、女性だと思われる亡骸の指に、光った何かを見つける。それは、きれいなサファイアが付いた指輪だった。
そして、その横の男性だと思われる亡骸にも同じ指輪がついている。
この二人は夫婦なのだろう。
冒険を通して仲が深まり結婚に至ったのかもしれない。夫婦になってから冒険者を目指したのか。
無惨にも夫婦もろとも命を落とした。
冒険者。
これもまた冒険。
この二人がどんな思いで冒険をして、そして息絶えたのかは分からない。
俺は、彼女らの前で手を合わせた。
彼女らが安らかに眠れるように、と。
だけどこの手はもうすでに、穢れていた。
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