第9話 なにかやばいものがいる

「下層の通路は狭い。だから、剣士には不向きって言われてる。だけど、戦い方はたくさんあるよ」


 ここは十二階層。下層の半分を越したくらいだ。今はモンスターよけの魔石を置き、休憩している。

 

 先ほど通路にて、魔猿エイプと遭遇したところだ。エイプは素早く、狭い通路でも壁を這い移動していた。一匹だったが、倒すのに手間取った。


「だから、エルフ君は剣を大きく振りすぎなんだよ。それに、壁に這ってるエイプを切ったら、剣が壁に当たることなんて分かりきってるでしょ?」


「おっしゃる通り、です」


 エイプに一撃食らわせようと、素早い身のこなし目掛けて剣を振りかざしたら、壁に当ててしまった。


 遠征は明後日に迫り、ミアともパーティーを組んでから毎日ダンジョンに潜っている。戦闘の度に、俺の欠点を指摘してくれるが、どうも対人とモンスターでは違いがでかい。

 例えばこの環境だ。

 下層は無数の狭い通路と開けたホールが連続している。場所によって、武器の利点や欠点と向き合うことが重要であることを思い知っているところだ。


「はぁ……。まさか、こんだけで折れるなんて」


 握る剣は刀身が半分ほどで折れている。壁に剣を全力でぶつけてしまったことで、折れてしまった。


「その剣安物なのは分かるけど、今回ばかりはエルフ君のせいだねー。新しいの買うしかないよ」


「そうですよね…………。でも、明後日が遠征だしなぁ」


 剣はこれしか持っていない。この町に来たと同時に、そこらの武器店の安物を買った。


「それなら、私使ってない剣あるから遠征中は貸してあげるよ。明日、渡せばいい?」


 明日は遠征の顔合わせのパーティーが開かれる予定だ。だから、明日は探索を中止とした。

 俺は申し訳ない気持ちと共に頭を下げた。


「感謝します…………」


 ひとまずは彼女の優しさに感謝だ。人の剣を借りるのは少々気が引けるが。


 しかし買うと言っても、剣は高価で、ミアの持ってる剣はゼロが何個付くのやらって感じだ。


「その剣、結構高そうだけど、どのくらいするんですか?」 


 ミアの剣は切れ味にしろ重さにしろ装飾にしろ、高価であることは間違いない。

 

「あー、これもらいものなんだ。お世話になってる鍛冶師さんにもらったんだ」


「かなりの業物ですよね。遠征終わった次の日は……さすがに疲れてるから、遠征の二日後に紹介してくださいよ。剣がないと落ち着かないんで」


「いいけど……エルフ君、同じ寮の子と祭り行くとか言ってなかったっけ?」


 そういえばそうだった。レオ・ギルドの遠征帰還の祭りが参加型遠征終了の二日後あるんだったな。

 まあ、それが終わった後にでもその鍛冶屋に行くとするか。


「剣がないままってのも落ち着かないですからね。祭り回り終わったらでいいから、どうか付き合ってもらえませんか?」


 剣を一日だけ振らなかったとしても感覚は鈍ってしまう。だから、なるべく早めに作っておきたい。素振りをしなかった日の罪悪感や不快感は嫌いだし。


 するとミアは、にっしっしとわざとらしく頬を吊り上げる。


「どうしよっかな~。パーティー組んでも一度も一緒にご飯すら食べに行ったことないのになー。毎回断ってさ。それなのに、鍛冶屋紹介してっていわれても、都合がよすぎるんじゃないかな~? 私は都合のいい女じゃないぜぇ?」


 なんか、やけに根に持ってるらしい。

 確かにミアは探索終わり毎回ご飯に誘ってくる。だが、寮でのご飯が出るときは食べておきたい。ルベーラおばさんにご飯断るの怖いし。


 考えてみればあの時の夕飯奢ってくれる約束も果たしてもらってなかったな。


「わかりました。じゃあ、寮の子とは別の日にしてもらいます。祭りは何日もやるみたいなので」


「いやいやいや、それはまずいって。祭りの初日に帰還するっていうし」


 どうやら、祭りの初日にレオ・ギルドは帰還予定らしい。ギルド隊員の帰還姿が祭りの醍醐味なのかもしれない。


「じゃあ、午前中か午後のどちらかだけで我慢してもらいます」


「むむ……言っといてなんだけどその子怒らないかな?」


「一緒に来るとか言い出しそうだけど、俺が悪いし謝っときます」


 そういうことで、予定が決められた。

 十中八九、シェアは怒るが今回ばかりは謝るしかない。午前中だけでも、楽しんでもらえるように努力しよう。


 ふと手に持った剣を見てみると、握り部分には血と汗のしみがついている。

 この剣で今まで頑張ってきた。

 何度も何度も振ってきた。

 それをここで手放すのは少々悲しい気持ちになる。


 その様子を見たのか、ミアは俺の剣を覗く。


「そういえば君は『神の問い』になんて答えたの? ずっと知りたかったんだ」


「俺まだ十四だから問われてませんよ」


「ええ!! 君まだ十四歳なの!? 私より二歳も年下じゃんっ!」


 驚愕をあらわにするミア。

 俺もミアが年上だとは思わなかった。それも二歳も。


「ちなみにあなたはなんて答えたんですか?」


 『神の問い』とは齢十五になるときに、訪れる人生の転換点だ。


 神からある質問が投げかけられ、各々がそれに答える。

 その答えによって神は、その者の人生に『何か』を与える。


「それはひみつー。君が答えたら教えてあげるよ」


 そう、神の問いはその者のこれからの生き方を問うものだ。だからスキルと同じで、その人の生き方や考え方が色濃く出るため、聞くのが良しとはされない。ミアは普通に聞いてきたけど。


「じゃあ、遠征中に十五になるからその時教えてもらうとします」


「へえー、誕生日が遠征中って寂しいものだね~。私が祝ってあげるよ~。なんてったって私の方が年上だからねっ」


 なんか急に年上ずらしてくるが、まあ性格的にも大人びてるところがあるからいいとしよう。


「じゃあ、お言葉に甘えていわっ————」





——————ゴトゥッッ!!





 刹那、ダンジョンが揺れた。


 ものすごい衝撃音が反響し、パラパラと天井にひびが入っていく。


「…………っ!多分あっちからだよっ!!」


 音の方向からしてミアが指さした通路の先の方で間違いない。

 

「この衝撃からして、誰かが魔法を放ったとか……? とりあえず、行こう!」


 そう、これほどの衝撃はそうそう出せるものではない。魔法を放ったと言っても、上級相当の固有魔法なのは間違いない。


 これほどの魔法を放つのだから、ただ事じゃないはずだ。助け合いも冒険者には大切だとミアから教わった。いったん様子を見に行くことにした。


 すぐに立ち上がり、駆けだす。

 ミアは俺の前を走り、やはり風のように速い。追いつこうと俺も全速力を出す。


「あっ、見えた。ここだよっ!!」


 通路が開け、ホールのような広い空間に出る。土煙が舞い、先が見えない。


 でも確かに、何かがあったことは間違いがない。

 だが、引っかかる。

 これほどの惨状にもかかわらず、魔力の気配がしない。魔法を打ったなら、魔力があたりに漂うはずだが。


「だ、大丈夫ですか!?」


 ミアは壁の方に倒れている人影を見つけて駆け寄る。


「っ………」


 しかし、それはとても見れた物じゃなかった。

 壁には大きなクレーターがあり、およそ吹き飛ばされてぶつかったのだろう。ぐちゃぐちゃだ。

 体にまとう重厚な防具は潰されて折れ曲がっている。顔がわからないほどに血が流れ、腕や足はひしゃげている。


 もうすでに、息をしていない。


「なんで…………」


 彼女の目は、見たこともないほどに赤かった。燃え盛る業火のようにめらめらと怒りを宿している。


「…………っ」


 剣を合せるときとは比べものにならないほどの闘気を感じる。

 言葉が詰まる。

 

 状況が分からない。

 魔法の痕跡がないこのホール。漂う土煙。つぶれた人。壁のクレーター。





「「————————っ!!」」





 俺とミアは何かを感じて振り返る。土煙舞うホールの中心をひたすらに睨みつける。



 がいる。


 この圧迫感、なにかやばいものがいる。


 警鐘が頭の中で狂ったように鳴っている。


 目が縛られたように、離せない。


 その何かは地面を揺らすほどの足音を響かせる。


 ここは下層。

 十二階層。

 駆け出し冒険者の探索の場。


 なのに。 



「は…………?」




 そいつは真紅に染まる眼光をギラつかせていた。


 そいつは額に堂々たる角を持っていた。


 そいつは丸太ほどの首と腕を生やしていた。


 そいつは血が滴る棍棒を握っていた。



 誰であろうと理解してしまう。




 そいつは紛れもないだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る