第8話 ただただ、あなたに
「ゴブリンは一匹いれば群れが近くにいるってのが常識だよ」
先ほど五匹のゴブリンと遭遇し、そして撃破した。ダンジョンの中のモンスターは倒すと灰となり、何かしらの
ミアはポーチから取り出した袋にそれを拾い上げている。
「つまりはこの先に群れがある可能性が高い。エルフ君、どうしたい?」
ミアと一緒だとはいえ、数で押されたらじり貧だ。ゴブリンは最弱と言われているが、群れであれば話は別。
この人数では引くのが当然だが。
「俺は行きたい」
「うんっ、そう言うと思ったよ」
なんのためにダンジョンに入るのか。
そう、強くなるためだ。ゴブリンごときにひるんでいたらいつになっても強くなんて成れやしない。
困難に立ち向かってこその冒険者だ。
「行こうか」
そして、俺たちはゴブリンが来た方向へ進んだ。
いくつもの分かれ道がある下層では、道の分岐点が危険とされている。待ち伏せするモンスターだってざらにいるからな。
警戒しながら進んでいると、大きなホールに着く。他の通路とは違う、いくつか存在する大きな闘技場のようなものだ。
円形に広がっていて、高い天井。
ここなら、通路で剣を振るよりは戦いやすい。
「しっ…………。なにか様子がへん」
ミアは俺たちが来た方向を指さす。何かを感じ取ったのかじっとそちらを睨む。
すると、無数の足音と咆哮が迫るのが聞こえる。
「「「「ガルァアアアアルァアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」」」」
その数はゆうに三十を超えている。
「えっ」
「うわっ! これやばいよエルフ君っ。この数はさすがにやばいよっ!?」
同族を殺したからか、醜い形相で迫る小鬼たち。
通路から出てきたと同時に、襲いかかってくると思ったがそうでもない。
そいつらはみるみるうちに俺たちを包囲する。ゴブリンたちは意外にも知能が高いらしい。完全に包囲するまで、攻撃を仕掛けてこない。
どうする。こうなっては一方だけを相手していてはだめだ。
するとミアは意を決して口を開く。
「エルフ君、こっちの半分は私がやる。だから、後の半分は君がやるんだ」
「は?」
「強くなりたいんじゃんないのかよー。じゃあ、そゆことで、よろしく」
「はああああああ?」
すると、ミアはゴブリンの群れを風のように駆け巡る。
白い髪が揺れ、赤い瞳が線を作る。
剣の光が群れの中で煌めき、次々に倒れていく敵たち。
ゴブリンたちはなすすべもなく灰となる。
この人は化け物だ。
こんなものを見たら自分の無力さを実感する。
俺はあんなに速くない。強くない。鋭くない。
何も彼女に勝る点などない。
たぶん、彼女のレベルはすでに十に迫っているだろう。
もう冒険者としても前線で活躍できるレベル。
彼女はどこまでも先を走っている。
足踏みする俺。
追いつけず、ただ手を伸ばすことしかできない。
だから、あきらめる。
そんな簡単に。
行くわけがないだろ。
冒険しなくてどうするんだ。
怖気づいてたって始まらない。
確定してない未来に
俺は剣を強く握り、そして構える。
「ふぅ……」
一度息を吐き、そして見据えるはゴブリンの大群。
多分これはミアがくれた試練のひとつだ。乗り越えられると踏んだのだろう。
なら、その期待に応えたい。
一匹一匹は相手じゃないが、複数いるとなれば、それらの攻撃を感知する必要がある。
視界を広げ、なるべく体は自然体で。
「————————っ!!」
今必要なのは力じゃない。
速さだ。
彼女のような速さだ。
一歩踏み出し、地を蹴った。
風に混ざるように、低姿勢で駆け回る。なぜだか、体が軽い。
どんどん加速し。
剣を振るう。
ただただ。
少しでもあなたに追いつきたいから。
◆
「うそだろ……」
「この私でも驚きが隠せないよ……」
ミアはいつも表情に出やすいので、隠せてないのは今に限ったことではないが、それどころではない。
目の前の袋に入った紙幣と硬貨の山をみて、俺たちは固まっていた。
今日がパーティーとして初のダンジョン探索。十階層までしか潜っていないはずだ。なのにこのお金の山。ありえない。
「ゴブリンの大群に囲まれて、そこにオーガが乱入してきたときはかなり焦ったけど、それだけでこんなに稼げるなんてね」
「これが冒険者。この金が冒険者にしてみれば普通。ってことは上級冒険者なんて、これよりはるかに……。やばい、それはさすがにやばいっ」
「お、落ち着きなよ、エルフ君っ」
改めて冒険者のすごさに圧倒されおかしくなる俺に、ミアは俺の肩を揺らしてくる。
あぶないあぶない。目の前のお金に侵されるところだった。
すると、ミアはその袋を持ち上げて。
「じゃあ、さっそく朝の約束を果たすとしようか」
「ちょっと待ってください。なんでその金で奢るつもりか聞いていいっすか。取り分は? まだ決めてないじゃん」
「細かい事気にしてるとモテないゾ~」
この人、危ないな。そのまま夕飯食べてたら全部使っちゃうような人でしょ。
「関係ないです。細かい事気にしない人がモテるなら、ゴブリン大人気じゃねぇか。そうはいっても俺、寮のご飯あるから食べに行けませんよ」
「あ、そっかそっか。寮母さんが作ってくれてるんだっけ?」
「そうです。だから、今回はパスということで」
「ぐぬぬぬ……仕方ない」
そう言うとミアはしっかりと山分けしてくれた。
ダンジョンでは随時俺が足を引っ張っていた。モンスターの討伐数だって彼女のほうがはるかに多い。
だから、俺は山分けにはすこしだけ気が進まなかったが、これも彼女の優しさなのか人柄なのか。
そうして、ミアと別れて寮へと向かった。
◆
「むむ……?」
寮に戻り、手を洗いリビングに行くと、通り過ぎたシェアが鼻をクンクンさせている。俺の体のあちこちを嗅いでいき、疑問の表情を浮かべる。
「おんなの子のいい匂いがします」
「え……?」
「香りからしてこの子は
「ちょっ、ストップストップっ、シェア一回嗅ぐのやめてっ」
なんだか目が怖いし、このままだと良からぬことになりそう。
シェアの体を持ち上げて引きはがすと。
「な、ないどうしたの、これ?」
「カルナが女性と関係を持つとは珍しいです。誰ですか、このいい匂いの子?」
なんだか、とても不機嫌だ。
隠す必要もないので素直に言った方がこの場合はいいだろう。
「ミアって言う冒険者と仮のパーティーを組んだんだ」
「……」
それでなんですか?と言う様ににらんでくるシェア。これ怒ってるな。
「それで、今日一緒にダンジョンに行ったんだ。でも、その子すごく強くてさ、俺ずっと足引っ張っちゃって————」
「わかりました」
俺の話を途中で切り、そして意を決したように口を開く。
「その人、かわいいですか?」
「…………は?」
一瞬この流れからして意味の分からない質問だったので、聞き返してしまった。
「だ、だから、その女の子はカルナから見て好ましい外見なのですかって聞いたんです!」
シェアがこれで何を知りたいのかわからない。
しかし、ミアの容姿か。
それに、なんといっても剣を握っているときが。
「まあ、強いて言うならかっこいい、かな」
「か、かっこいいですか。へぇー、そうなんですね」
シェアは俺の答えを聞くと、気のない様子でそう言った。
「興味ないなら聞くなよ」
「い、いえ、思っていた返答と違ったのです、少し驚いただけです。うん、この感じは大丈夫な、はず……?」
シェアは胸をなでおろすと逃げるように台所に行ってしまった。
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