第13話 細すぎる誓い
テルタは歩み寄り、そして微笑んで手を差し出す。
「私はテルタ・ティリオネルだ」
「ミア・レグリエスですー」
「カルナ・フィンネです」
ペコリと頭を下げたミアを横目に、テルタと握手を交わす。
「どうだね、このギルドに入ってみないか?」
この参加型遠征は駆け出し冒険者の育成という面もあるが、主に勧誘のために開かれるものだ。当然、彼らは俺たちがギルドに入団することを望んでいる。
しかしこの場合、彼が勧誘しているのは十中八九ミアだろう。剣の腕はお墨付き、街でも有名で、ギルドとしては欲しい人材であるだろう。
「この遠征が終わるまでにじっくり考えてみますね~」
ミアは再度ペコリとお辞儀し、半ば断りに近い返事を返す。
「ははっ、鬼才は振り向いてはくれないか」
彼女のそっけない返答に、まいったな、と笑みを浮かべ、頭を掻く。やはり、彼女が遠征に参加した理由くらいは見当がついているのだろう。彼女ならより強力なギルドへ入団することも容易だろうから。
すると、テルタはこちらを見て。
「君はどうかね?」
「俺、ですか?」
てっきりミアと話に来たのかと思ったがそうでもないらしい。まあ、俺だけをのけ者にするのは気が引けたのだろう。
「そうだ、君もぜひともうちに入ってほしい」
彼女の瞳は俺の奥底を覗くような深い色をしている。すこしだけ、嫌な予感がする。別に敵意とかではないがもっと別の。漂う魔力が妙だ。
「俺も遠征をしてみないことには決められません」
「はははっ、君もか、面白い。この遠征には、このギルドに入る気がない者が多いらしいな」
なおも笑いを上げるテルタ。何となく人に好かれる能力が高そうだ。表情や物腰の柔らかさが、そう物語っている。
「それなら、この遠征で君たちを虜にするほかないらしい。私は目が良くてね。君たちには大きな可能性を感じる」
テルタは自分の瞳を指差す。
確かに彼女の目からは独特な魔力が感じられる。魔眼の一種かもしれない。
それが、何を可視する魔眼なのかは検討はつかない。その瞳に俺がどう映ったのだろうか。
「可能性、ですか」
「そうだ。駆け出しはみな可能性を持っている。しかし、君たちは特にそれが大きいようだ」
「よかったね、エルフくん」
冒険者として強くなる可能性。俺とミアは特に大きいと言った。
ミアは自分に言われたことを喜んでいるというより、俺が言われたことを喜んでいるようだ。
しかし、俺には本当に可能性はあるのだろうか。
努力じゃ変えられないことがある。頑張りだけでは超えられない壁がある。
それを昨日、知ってしまった。
「……それは、うれしいです」
なんとも気持ちのない返事をしてしまった。
いや、気持ちのない、と言うよりこの気持ちを出すべきではないと思った。ミアは俺に手助けをしてくれている。強くなるために、毎日付き添ってダンジョンへ潜ってくれる。彼女なら単独でも下層は余裕なのに。
だから、そんな彼女の期待だけは裏切りたくない。
「君たちのこの遠征での活躍を期待している。それではこのパーティーを楽しむがいい」
テルタは会話が一区切りすると頭を下げて、ほかの冒険者のもとに向かう。
これも団長としての役目なのだろう。次々駆け出し冒険者の元へ行き、緊張の糸を解いていく。団長足りうる人柄と行動だ。
テルタの様子を眺めていると、ミアが肩をたたいてくる。
するとミアは、俺の耳元に口を近づけささやいた。
「で話は変わるんだけどさ、ほら、あそこのエルフの人。ちらちらこっち見てるけど知り合いなんじゃないの?」
彼女が示した方にはギルドの団員と思われるエルフの女性がいた。
「違うはずですけど……」
その女性を見ていると目が合い、少し戸惑っていたがこちらに寄って来た。
「初めまして、私はアギナ村出身のステラ・ラリサマンです。同族とお会いできてうれしく思います」
彼女は軽く微笑み、堅苦しい挨拶をする。
「……こちらこそ、私はシナト村出身のカルナ・フィンネです」
一人称を『私』に改め、そして握手を交わす。これくらいの堅苦しさがエルフの中では普通とされている。
「私の隣にいる彼女はミア・レグリエスです」
「はい、よろしくお願いします」
「よろしくですー」
ステラさんとミアも握手を交わす。
しかし、あまりエルフ族と一緒にはいたくない。俺が嫌と言うわけではなく、周りに迷惑をかけるからだ。
「では、私たちはこれで——————」
その場を後にしようとするが。
「カルナは黒髪だけどステラさんは金髪なんですね。やっぱりエルフってこうですよね」
物珍しそうにステラさんを見るミア。俺とステラさんの髪を交互に見て、そういった。
その質問にステラさんが答えた。
「はい、エルフといっても混血など様々ですから、髪の色はかなり多様です。カルナ様は混血ですがかなり血が濃いようですね」
エルフはもともと緑髪と金髪の二種類だったとされている。それが、多種族との交わりなどを経て、多様な色に派生していった。
ステラさんはきれいな金髪なので、純血なのだろう。
「え!? エルフ君ってハーフエルフとかなの?」
「いえ、ハーフどころかクオーターですらないですけど」
俺の耳は純血に比べ少しだけ短いが、パッと見ても大差ない。エルフの血が濃いというのはそういうことだ。
「ですが、カルナ様の方がよっぽど私よりも、魔力量が大きいようですね」
「……」
彼女もエルフなら当然なのだ。
すると、ステラさんは俺の体を見て感心する。
「しかし、カルナ様はかなり鍛えているようですね。やはり、魔法師には体力や筋力は必要と言うことですね」
そう、俺はエルフ族であり、普通は魔法師になるべきなのだ。これは種族の文化であり方針であり常識でもある。
しかし、ここは伝えるべきである。
俺が強くなりたいと誓ったのなら、つき通すべきなのだ。
その細い決意を恥じぬように。
二度も同じ過ちを繰り返さないように。
震える指を握りしめ、まっすぐ目を向ける。
「私は剣士です。魔法師ではありません。」
「…………え?」
ステラさんは唖然とし、こちらを見る。
何を言ったのか分からない様子で、目を見開く。
「……あ、あなたは——追放者、ということですか?」
ステラさんは恐る恐る言葉を口に出す。どうか、そうであって欲しくない、そんな気持ちが顔に出ている。
「————はい。」
そして、理解したのか突如としてステラさんの表情が険しさを増す。
「そういうことですか。あなたが外れ者だと気づかなかったのは私の落ち度ですが。あなたも種族のご意向『アルデアの神約』を無視するのがどれだけ重罪か、知らないわけではあるまい。ましてや剣を握るなど…………どこまで種族を汚すのですか」
少しだけ寂しそうに、そして怒りと軽蔑を混ぜながら、彼女は俺を罵倒した。
ステラさんはエルフの文化、尊厳をかけて俺を軽蔑している。
しかし、これは当然の行為であろう。
「エルフ、くん……?」
「しかし、私はこの選択を間違いだとは思わない。なりたいものがあるのです」
それを聞いた途端に、何を言っているのか、と睨みつけてくる。
「なに?」
ミシッ、と床が軋んだ。
「親譲りの大魔力を授かっておきながら、なりたいものがあったから剣を握った? そのひどく自分勝手な行動で村の人達、そして親にまで追放されたのでしょう? それはエルフ族として、いや生きる者として大罪を犯したに他ならない。そんな愚か者はもはや同族とは認めない」
ステラさんはまっすぐした瞳で俺を見る。
その瞳には、確かな『正義』が宿っている。
彼女の言葉で何時しかの光景が浮かんだ。
あの人達の悲痛な顔と、飛び交う怒号。
星が見える空の下で、俺は一人になった。
あたたかな居場所を、大勢の恩人を背に、歩き出した。
今でも思い出してしまう。
大好きだった家族が最後に残した言葉と、あの顔を。
何が起こっているのかわからないという顔で俺を眺めるミア。
「エルフ、くん? どういう、こと……?」
「……」
聞いていいのか、という迷いを含んだ問いかけ。
話したくない。知ってほしくない。彼女だけには。
俺の沈黙を貫くようにステラさんは、
「彼はただ、すべてを裏切った愚か者と言うことです」
「おろかもの……」
心配そうな顔を向けないでほしい。
今だけは、慰めなんていらないのだから。
「……しかし、何かに憧れ、何かに惚れて、それに手を伸ばすことが悪い事のはずがない! その何かが間違いであっても、この思いは間違いなんかじゃ…………ないはずだ」
消え入りそうな声で、最後の言葉を吐き出した。
俺だけはこの思いまでを否定してはいけない。誰がいようと、俺だけは。
ステラさんは戸惑い、目を見開く。その顔には、今までとは比べ物にならないほどに本人の感情が宿っていく。
「どうして……どうしてっ、なぜ、なにゆえにあなたはそこまで開き直ってるんですか!! あなたは罪を犯したのだろう!? それを悔やんでいたのなら私はあなたをこれ以上責めたくなかったっ。なのに、どうしてあなたは、自分追放者が、己を正しいと言うのですか!! なぜそこまで非道に非道を重ねられるんだ!!」
ステラさんの怒号が会場に響く。
何事かと、みなこちらをうかがい、会場が静まる。
「確かに俺は、みんなを裏切った。裏切り、悲しませ、怒らせ、見捨てた。だけど……」
「だけど!? だけど、俺は間違っていない、などと言うつもりですか? あなたの思いがどうであれ、あなたの浅ましい行いは間違っている!! 恩だらけのみなを裏切ったのだから、そんなのどんな思いがあるにしろ、ヒトのやることだとは思えない」
「…………っ」
間違っている。
俺は間違っている?
ああ、間違っている。
それではあの思いも間違っている?
いやあの思いだけは……間違って……。
迷いと、疑いが錯綜する。
言葉がつまる。言い返せない。言い返すことなんてできない。
もう…………気づいてしまったのだから。
「それでは」
ステラさんはすぐさま、その場を後にする。
こうなることは分かってた。
多種族よりも、エルフ族は文化に厳しい。だから、俺が非難されることは当然だ。
「…………じゃあ、俺は帰ります」
「え? ちょ、ちょっとエルフ君!?」
ミアは俺に何かを言っているが無視し、俺は重い足取りで会場を後にした。
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