第5話 つながり

 診療所を出てから俺たちは昼ご飯を食べる店を探していた。

 ルベーラおばさんは冒険者時代の仲間と用事があるらしい。だから、寮でご飯が出ないなら店で適当に食べようということになった。


 町を巡るとゲートからの大道が昨日とは打って変わって何やら忙しそうだ。

 大道の側の家々に装飾のテープや明かりを取り付けている人がいる。


「こんなに装飾して、祭りでもあるのかな」


 率直な疑問を口にすると、ローズがすぐそこにある掲示板を指さして答える。


 「ほらこれ見ろ。レオ・ギルドが最近長期遠征に行ったんだよ。そんで、帰還を祝す祭りがあるらしいぜ」


 俺は掲示板に貼ってあった記事を読む。

 そこには『レオ・ギルドの帰還、月末を予定!!』と高々と記されている。それに目を通していると、


「よんじゅう、ごかいそう、の探索?」


「そうです、なんでもその四十五階層は危険度がかなり高いですが、貴重な鉱物が多く存在するエリアが見つかったらしいんです。アダマンタイトやプラチナとか、新種の鉱石だってあるらしいですよっ」


「そりゃぁ、すごいな……」


 それより、シェアが鉱物について目を輝かせながら話している方に驚きだ。

 やっぱり女性は鉱石とか高価なものに興味があるんだろうか。


「一緒に見に行きましょうねっ!!」


「わ、わかった」


「やったーっ!」


 無邪気に笑うシェア。横のローズもそんな妹の姿を見れて頬がゆるんでいる。

 このシスコンが。


「あ、でも遠征と被りませんかね?」


「祭りの前までに終わるから問題ない。それで二週間後が顔合わせパーティーがあって、その翌日に遠征」


 そう二週間後は顔合わせパーティーが開催される。そこで、遠征の説明、そして食事を兼ねた顔合わせが行われる。


「って、遠征もうすぐなのかぁ……」


「なんだよ、緊張してんのか? あれだけ行きたがってたのによ」


「いやそうなんだけど……」


 今、何が心に引っ掛かっているのか分からない。

 でも、俺は今のままではだめだ。変わらないと進めない。強くなりたい。

 その思いだけが確かに、心のなかで燃え上がっている。


「まさか……カルナはお風呂好きですから、遠征先で何日も風呂に入れないのが、今更心配になったとか!?」


「ぜんぜんそうじゃないけ……ど……ってそうか!!遠征ってことは風呂入れねぇのか!!盲点だったっ!」


 心のしこりは絶対にこれじゃない。うん、これではない。

 しかし、何日も汚れた場所で、風呂にも入らず……。

 やばい、生理的にこれはやばい。


「なに慌ててんだよ今更。ダンジョンにだって湧き水とか湖とかあるっていうし、持ち運び用の水魔法でお湯出せるアイテムもあるらしいから大丈夫だろ」


「そうですっ、気を確かにっ!」


「そ、そうだよなぁ……」


 二人に励まされるが、ダンジョンのお風呂事情に不安が募るばかりだ。


 その不安をそのままして、年季の入った肉料理店でご飯を食べた。


 ◆



 昼食後。


 俺は素振りのため、また異界に足を踏み入れていた。


 いつもの丘陵を、恐る恐る見るがミアはいなかった。


 俺は強くなりたい。それは、戦闘に限った話ではない。あの愚かな考えをした俺を正したい。そして変わりたい。


 考えてみれば当たり前な話だ。才能があったって努力する人はする。ましてや、高階級の冒険者は誰もがうらやむような才能を持ち、それを磨き上げる膨大な努力、そして肝心な時に力を出せるその根性の三拍子がそろっている。

 これらを兼ね備えたものが真に強いと言える。


 そして、俺には何ができるのか。

 俺が彼女と張り合うために、強くなるために何ができるのか。

 

 いや今考えても無駄だ。俺が今できるのは、もうあんな愚かな考えはしないことを心に刻み。

 そして、剣を振るうことだけだった。


 「ふっ……ふっっ……っっ!!」


 今日はやけに剣に力が乗っているように思う。

 それでも俺はいつも通り振り続けるのだが。


 しかし、今回は横から視線を感じながら、である。


「…………」


 横の木陰では、かわいらしいワンピースを着たシェアがじっとこちらを見ている。

 

 昼食後、俺が素振りに行くと二人に告げたら、シェアはそのままついていくと言い出した。流石に今日ダンジョンに行くのはやめておこう。

 ローズとはそこで分かれ、俺はシェアと共にここに来たというわけだ。


 ひとしきり振り終わり、流れる汗をぬぐい木にもたれかかる。


「見てて楽しいもんじゃないだろ」


「いえいえ、カルナは美形だから、汗が滴る感じが素敵ですよ?」


 またもや口角を吊り上げ、にやにや笑みを浮かべる。


「そのたまに出る小悪魔みたいなのやめて。兄弟そっくりの笑い方見て、俺が笑えてきちゃうし」


「なんですかっ、あの目つきの悪い兄さんのことは今はどっちでもいいんですっ。…………え、笑い方似てるんですか?」


 恐る恐るシェアが聞いてくる。


「ああ、本当に


「がくりっ」


 それがショックだったのか目をうつむく。それはそれでローズがかわいそうだ。


「ローズはローズでいい奴だよ。いつもシェアのためにバイ————っ」


「シェアのために……なんですか?」


 しまった。口を滑らせてしまった。

 俺があいまいにぼやかすと、シェアは遠くを見つめる。


「まあ、大体の予想はついてます。兄さんが今何のためにお金を稼いでいるのか。何になりたいのか。あの人は何も言わないけど隠すのが下手なんです。私にばれたらだめじゃないですか」


「そうだね……」


 彼女は本当に大人だ。

 

 物心つく前に両親を亡くし今の寮に来たらしい。

 母がいない、父がいない。同年代の友達とのかかわりもない。

 そんなの過酷すぎる。しかし、彼女は強かった。いや強くなった。


 視野が広く、そして何よりも兄譲りの優しさがある。


「ねえ、カルナ」


 ふいにシェアが俺を呼ぶ。


「カルナはギルドの参加型遠征が終わった後はどうするのですか?」


 かすかに彼女の瞳が揺れる。もうだいたい察しはついているのだろう。


「パーティーやギルドってのは仲間の集まりであって運命共同体でもある。命を互いに託す。だから、ギルドに入るということは、そこの人たちと同じ場所で住むことがよしとされる。もし、ギルドに入るとしたら俺はそれに従うつもり」


「そう、ですか……」


 わかっていただろう。終わりがない事なんてない。


 ルベーラおばさんへの感謝は片時も忘れないでいる。あの日、約一年前行き場がない俺に居場所をくれた。

 そして、俺はシェアとローズが好きだ。その優しさが、その存在が、俺の生きる糧となった。


 だけど、俺にはやらなきゃいけないことがある。


 そして、俺はシェアをまっすぐ見つめる。その空色のきれいな瞳には冷たさが混じっている。


「でもさ、こんな何気ない日にシェアやローズといられるのがうれしいよ。ルベーラおばさんは今日いないけど、あの人にも感謝してる。あの日からずっと一緒にいてくれた。だから、つながりなんてそう簡単には消えやしない」


 その瞳が揺らぐが、それをぬぐい笑みを浮かべる。

 たくましくそしてかわいらしい笑みだ。


「カルナは私たちのことが大好きで仕方ないみたいですね」


「うん、シェアたちが大好きだ」


 するとシェアは口をぽかんと開けながら、俺の目をじっと眺める。


「…………その目、私、カルナのその目が好きです」


 シェアは目を見開いて、自分のことのように嬉しそうに言う。

 彼女が何を言わんとしているのかは大体分かる。


「やっぱり、エルフの美形は徳だなぁ」


「ふふふっ、すぐごまかして」


 シェアはくすくすと笑う。



 終わりがないものはない。

 永遠なんて存在しない。

 壊れないものはないし、しかし治せないものもある。


 その残酷ささえ、この世界の美しさのように感じられた。



————————————————

メインヒロインが出てこない日常回で、すみません。

次回からしっかりと登場しますので、ご安心ください(笑)。

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