第4話 少年の怒号

 ダンジョンには少年の怒号と、斬撃の音が響き渡る。

 ここは下層の奥地。ところどころに水が滴り落ちる、人工物の石造りの空間。

 つぎつぎと夜行性のモンスターが湧きだし少年の元へと向かう。

 魔法石の光だけが、道の輪郭をかたどっている。

 その薄暗い闇で少年の銀の光が煌めく。


 それを一人の少女が見ていた。

 彼女は少年の暴れ狂う様から、目を離せないでいた。

 その形相はまさに鬼。

 揺れる黒髪から汗が舞い、ぎらつく黄金の瞳が暗いダンジョンで踊っている。

 その瞳に獲物モンスターが映った瞬間、襲い掛かる。


 振られる剣には、ただならぬ『何か』が込められ、風を切り肉を切り刻んでいる。


 (かっこ、いい……)


 この醜い姿に少女は心を打たれた。


 しかし、次第に少年の傷も過酷さを増す。

 額からは鮮血が流れ、左腕は脱臼したのかぶらんと垂れ下がっている。

 少年の周りに転がるモンスターの死体はやがて灰になり崩れ落ちる。そして、爪や牙などの素材アイテムだけが散らばっていた。


「どけよどけよどけよどけよおおおお!!」


 少年は道を切り開こうと、死に物狂いで剣を繰り出す。

 

 やがてそこら一帯のモンスターを狩りつくし、少年は膝から崩れ落ち倒れこむ。


 少女は動かなくなった少年へ恐る恐る近づき、血と泥に染まった背中をさする。


 「だ、だいじょうぶ、ですか?」


 少年からの応答はなくもしかしてと思い、少年を仰向けにして胸に耳を近づける。


 ————どっどくっ、どくっ、どっどくっ


「ふぅ……」


 ひとまずその鼓動を耳にして一安心。

 ふと少年の顔を眺める。先ほどは気づかなかったがとても凛とした顔立ちだ。

 鼻が高く色白の肌。艶やかな黒髪と、前髪に隠れる少し切れ長の瞳には長いまつ毛。そして、左目には涙ボクロ。

 美青年であることは疑うまでもない。

 

 そしてなんといっても、少年の耳は長くとがっている。


「エルフ、なんだ……。でもこの感じ、もっと……」


 少年から垂れ流れている魔力を感じ、少女の中で疑問が浮かぶ。


 (どうして、剣士、なんだろう?)


 しかしその疑問を後回しにして、再度少年の状態を確認する。少年は瀕死の状態だ。頭からの出血と体中に浮かぶ青い痣。

 刹那、流れる鮮血に少女は本能的な衝動に駆られる。

 鼓動が速まり、目がうつろになる。


「——————っ!!」


 大罪を犯す寸前に少女は唇を噛み自我を取り戻す。


 そうして、少女は少年を暗いダンジョンから運び出すのであった。



 ◆



 いつしかの焼き焦げるほどの激情を思い出す。

 ある『勇者ヒーロー』の話を耳にしたとき、俺の心は百八十度変化した。

 そして剣を握ることを決めた。


 剣を初めて握ったときの感触は今でも覚えている。

 革で加工された握りは予想以上に固くて冷たい。そして、何よりも剣はとてつもなく重かった。

 この瞬間なるほどな、と思った。

 これなら、怪物だけじゃない。大地や海だって切れる。そんなバカげた考えすら、実現させるほどの可能性を収めていた。


 なんだ。俺は今でも——————



「——————んっ」



 瞼に明るさを感じ目を開く。

 次第に明快になる視界には、白く清楚な天井。


 ここはどこだ? 少なくとも寮じゃない。


 体を起き上がらせると、体中の違和感に気づく。

 体にはあちこちに包帯が巻かれていおり、誰かが見たら重傷者と思うのは間違いない。しかし、体に痛みはない。

 近くの窓を覗くと、いつもの街並み。あちこちで店が客を招こうと声を張り上げている。


 どうして、ここにいるんだ?

 たしか、昨日夜にゲートくぐって……。


 ……そうだ、俺はミアから逃げるようにダンジョンに行ったんだ。


 そこからの記憶があまりない。


 突然ドアが開く音がした。

 顔を出したナース服の女性は、あっと驚き、そして廊下に向かって。


「せんせー、エルフさんが起きましたよー」


 どうやらここは医療所らしい。ゲートを出てすぐのギルド省の中にある施設だ。一般人の病院としても利用されているが、冒険者の救急治療なども承っているのがギルド省にある、この施設だ。また、緊急時はダンジョンの中まで入り救助に行くこともあるらしい。


 そこからは、女性が白衣を着た高齢の男性を呼び、その人に俺は診察をしてもらった。


 シェアたちが知らせを聞きつけ、ここに来たのは少し後のことだ。



 ◆



「もうっ、兄さんだけじゃなくてカルナもこの有様でどうするんですかっ。夜に一人でダンジョンに行くなんて正気じゃないですっ!」 


 ぷりぷりおこるシェアは隣で延々と説教を続ける。


「ごめんって、シェア。つ、次からは気を付けるからさ、ね?」


「そうだぞー、カルナ。行くなら俺にも言えよぉ。いちおう弓使えるぞ俺」


「に・い・さ・ん!!そういうことを言ってるのではないです。それに兄さんは冒険者の資格持ってないですよね? あと兄さん、弓手入れしてないでしょう? つかえるんですか?」


「そ……それはぁ……」


「ほらっ! あれだけ言ってるのに兄さんは——————」


 怒りの矛先が俺からローズに向いてくれてよかった。


 しかし、引っかかる点がある。

 俺があの後、モンスターと戦っているところまでは思い出した。

 その後、気を失った俺を誰がここまで運んでくれたかだ。その人にはお礼を言いたいところだったが。


「すぐに居なくなったって言われたらなぁ……」


 そう、その人は俺を診療所に連れてきた途端にその場を立ち去ってしまったらしい。

 

 そして、もう一点。

 俺はポケットから一つの指輪を取り出す。

 そこにはよくわからない精密な紋章が掘られている。およそ、俺を助けてくれた人のものだろう。

 しかし、なぜ俺のポケットに入っているかがわからない。落としただけでは入りにくいはずだ。だったら、その人か別の人がここに入れたことになる。


 「わっかんねー」


 「ちょっとカルナっ、この町で女性にナンパされたことがあるって本当ですか!?」


 「え、なに、は?」


 いきなり、意味の分からない質問を投げかけられた。隣のローズを見るとニアニア笑みを浮かべている。

 その表情、やっぱ兄弟そっくりなんだな。やめて。似すぎてて、笑っちゃうから。


 たぶん、ローズが説教から話をそらしたのだろう。

 なかなかにこすいことをしてくれる。


「そんなことあったようななかったようなー」


「もうっ、ちゃんと答えてくださいっ」


 そうして、にぎわう街の中を三人で歩き続けるのであった。


 

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