第2話 始まりの日2

「はっはぁっ……はぁっ…………」


 乱れる息を落ち着かせるため、痛む肺に無理やり空気を送るように息を吸う。


 俺のすぐそばにはミアが体育座りしながら遠くを見ている。

 彼女は俺とは対照的に涼しい顔だ。


「何回打ち込んでも立ち上がって、それで食らいつく。まるで獣みたいな瞳だ。そのせいか見様見真似の剣筋なのに、硬い芯がある。君の目は少し怖いね」


 彼女は淡々と述べる。

 

 彼女とまた剣を交えて理解してしまった。

 俺はどこまでいっても凡人。そして、彼女はたぐいまれなる才能を持っている。

 こういう時、俺に才能が有ったらと思ってしまうのは仕方がない。どうしても、と思ってしまう。

 しかし、その才能があるのなら俺は……なんて考えるのは無駄でしかない。

 


 彼女は剣を握ると雰囲気が激変するのだ。


 その迫りくる闘気はまさに『鬼』のようだ。


「俺にとってはあなたが怪物に見えますよ。めっちゃ怖かった」


「ふふ、女の子に失礼だなぁ〜」


 くすりと彼女は笑う。そして、はっと思い出したように頬に指を当てて、


「そういえば、アリエス・ギルドの遠征に参加するけど君も来るんでしょ? 名簿の欄に載ってたから」


 アリエス・ギルド。この町で有名な大規模ギルドの一つである。

 ちょうどアカデミーの卒業大会が終わったこのタイミングに、駆け出し冒険者の勧誘ついでの体験型遠征を行うのだ。


 場所は、ここからよく見える巨大なあの塔、通称【神試の塔トリア・トウェル】にて。冒険者の職場であり夢と希望が詰まったパンドラの箱。

 冒険者からはダンジョンと呼ばれることが多いが、地下に続く迷宮ではないため、厳密にはダンジョンではない。

 内部は複数の階層が存在し、上に行くほど規模が大きくなる。

 そして、多様なモンスターが存在し、これまた上層に行くほどに危険度が増していく。そして、階層によって環境も変化するらしい。


「行きますけど……ギルドに加入するつもり、あったんですね」


 そう、彼女は多くのギルドにアカデミー卒業後すぐに加入の誘いが来た。しかし、噂によると、そのすべてを断ったと聞いている。


「いやそうじゃないよ。加入するつもりはないし、もうダンジョンには一人でちょくちょく潜ってる。だけど、下層までの知識しかアカデミーでは教わらないんだよ。だから、中層探索のイロハを知りたくてね」


 俺もダンジョンには冒険者として公認後、しばしば足を踏み入れている。しかし、彼女の驚くべきところはそこではない。アカデミー卒業してすぐの駆け出しと呼ばれる時期に、もうすでに中層の単独探索を視野に入れているところにある。

 中層の低位層は単独探索の最終ラインとされている。そして、それが可能とされているのは、上級冒険者の中でも上位の高階級の冒険者だろう。

 また、モンスターやエリアの規模、気候が激変するため、大規模パーティーが全滅するなんてこともよくあるのだ。

 しかし、彼女はもうすでに中層に目を向けている。すごいとしか言えない。


「……意外と慎重なんすね」


「そこは素直にすごいって言ったらどうだい? プライドが高いエルフ君」


「ちっ」


 彼女は俺の表情を読み取ったようにニヤニヤしながら言った。

 ちくしょうこの人嫌いだ。


 しばし時間がたち、俺とミアとの間に心地よい風が吹く。

 その時、彼女の横顔がなぜか遥か遠くにあるように感じた。


 

 ◆



「ただいま」


 ちょうどお昼時に訓練を切り上げて、近くの川で体を流した後、俺が住んでいる寮の扉を開く。そこは、町の外れにあり少し古びているが温かみのある二階建ての建物だ。


「あっ、カルナが帰ってきました。おかえりなさいっ」


 優しい声で返事したのは犬族ワードッグの少女——シェア・フローラックだ。

 薄青色の髪から三角形の小さな耳を立たせて、緩い白い服に紺色の短パン姿でお盆を持っている。俺より三つ年下の、この寮の家事担当の一人だ。

 

「もうすぐご飯になりますので、手を洗って席についてくださいね」


「はーい」


 ここは寮だ。一人一つの部屋が与えられて、リビングやダイニングが共用となっている。お風呂はないため近くの銭湯に通うことになるが、ご飯は寮母さんが作ってくれるのだ。と言っても、住んでる人は寮母さんを抜いて三人しかいないのだが。


 手を洗った後、ダイニングテーブルへと向かうと、寮母のルベーラおばさんがご飯を作っている。彼女はここの大家でもある。


「おかえりなさい! カルナ、その手と体の傷ちゃんと手当てしときなさいね!」


「わかりましたー、ルベーラおばさん」

 

 ルベーラおばさんはいつも元気だ。

 若い頃は冒険者だったらしので、その時の名残なのかもしれない。


 同僚はもう一人いるのだが、バイトに行くとか言ってたな。

 

「——————ってぇ……」


 席に座ろうと、腰を曲げるが体中が痛む。服をめくり傷を見てみたら、青い痣だらけで牛みたいな模様になってる。

 あの人見た目によらず容赦ない。


 何とか席に座ると、次から次へ俺の前に大量の料理が置かれていく。

 みんなで食べるのかと思ったが、シェアの前にも少量の料理が置かれているので、そうではないらしい。ということは。


「ちょ、ちょっと待ってください。これ全部おれのですか?」


「当たり前だよ!カルナは剣士を目指してるんでしょ?剣士ってのはパーティーの要さよ!沢山食って強くなりなさいな!!」

 

「前も言いましたが俺、少食で……」


「私が作った料理を残したら……わかるだろうね?」


 こちらをぎろりと睨みつけるルベーラおばさん。怖くて背筋に悪寒が走る。この人絶対現役の冒険者でしょ。


「え、あ、はい。わかりましたがんばります……」


「そう来なくっちゃねぇ!!」


「ふふっ」


 二人の会話にシェアが笑う。


 みんなで手を合わせ、そして食べ始める。食卓の上では会話が絶えることはなく、そして俺の食べるべき料理も絶えることがない。



 俺、小食なんだけどな。

 向かいに座るシェアは苦悶の表情を浮かべる俺が面白いのか、ずっとニコニコしている。




 そして、その日の夜。

 

————玄関の戸が開く音と共に、日常の変化が訪れる。

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