剣士に不向きなエルフの剣士、今日も泥まみれ。 

燈屋

第一章

第1話 始まりの日1

ゆっくりと進む話ですので、あらすじにあるような展開になるまで三話ほどかかります。長い目で読んでいただけると幸いです。よろしくお願いします。

————————————————


 全身を泥水と血の赤で汚し、満身創痍の体で立ち上がる。傷は淡い光と共に消えていく。


 目の前には圧倒的な強者。

 勝てる可能性はチリほどしかない。

 無謀にも程がある。


 

 だが、その怪物に剣を向ける。

 今まで何百万、何千万と振ってきた。

 汗と血と義務と後悔と、俺のすべてをこの剣に流し込む。


 剣よ、今日だけは裏切るなよ。いや、今日こそは俺が裏切らせない。


 そして、目の前の獣はダンジョンを揺らす慟哭を上げて迫りくる。


「ヴォオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!」


「こおおいやぁああああああああああ!!」


 喉をつぶし声を張り上げる。

 今、逃げ出してしまわぬように。

 この勇気を形に表すように。


 勝つしかない。負けるなんて許されない。

 負けはすなわち、あの子の死を意味する。

 だから負けるわけにはいかない。


 迫りくる化け物を神経を研ぎ澄まし待ち構える。

 化け物の動きがやけにゆっくりと見える。

 

 その引き伸ばされた刹那で、何時しかの風景が頭に浮かぶ。

 あの日に、俺の物語は動き出したんだ。

 場違いにもそんなことを思い返す。


 そうだ、あの日が俺の物語の始まりだったんだ。



「誰ですか?」


 剣の素振りの休憩中に、すぐそばの木に腰を掛けていると、後ろで草を踏む音が聞こえた。ここらに動物はいないので十中八九、人なのは間違いないだろう。


「ごめんね、ずっとみてたんだ」


 木の陰からひょっこりと顔を出したのは少女だった。

 日光と溶け合うような白い短髪は後ろで結われ、シュルっと垂れたもみあげをなびかせている。ルビーの輝きを放つ瞳、幼さを感じさせる顔と絹色の肌は誰が見ても美少女だというだろう。

 腰には細い剣を携え、引き締まった体系だが華奢に見える。

 

 そして、俺はこの少女を知っていた。


「ミア・レグリエス……?」


「フルネームはやめてよ。負けず嫌いで頑張り屋さんなエルフ君」


 彼女と俺は前に一度だけ顔を合わしたことがある。しかし、それが最後だ。だから彼女が俺を認識していたことに少し驚く。


 だが、俺が彼女の名前を知っているのは、当然だと言える。

 なぜなら、彼女は剣術の鬼才として町で有名だったからだ。


 彼女は人間ヒューマンにも関わらずアカデミーでは負けなし。その類まれなる才能は誰が見ても輝いている。 


「では、剣術の鬼才と呼んだ方がいいですかね」


「言ってくれるな〜。それよりも、白髪はくはつの舞姫とかの方が私に似合ってない? そっちの方が人気でそうだし、ねっ?」


 俺の鼻をつんと指で 突く。初対面同然なのにスキンシップをする人は苦手だ。

 あとこの人何考えてるのかわからない。

 煩わしいその指を払いのける。


「やめてください」


「ふふっ、君の高い鼻が羨ましくてね」


 どこかいたずら気にはにかむミア。もう帰ろうかな……。


「いつもここで剣を振ってるんだね」


 彼女は俺のマメと血が流れている掌を見てそう思ったのだろう。俺はすぐさま掌を隠し。


「凡人の俺は天才とは違って努力しないとですから」


「ひねくれてるなー」


 俺があまり歓迎していないことを暗に伝えたら、ミアは笑って空を見上げる。

 彼女からは柔和な雰囲気を感じる。そして、容姿とは裏腹にどこか達観してるようにも見える。


「私だって努力してるさ。だけど剣術の鬼才だの、多くのギルドから大金を積まれたけどそれを断った奇人だとかいろいろ言ってさ。みんな私の才能しか見てない。才能だけでここまで来たんだって疑わないんだ」


 彼女はやはり穏やかな表情のままだ。

 そのルビーの瞳に揺らぎはない。しかし。


「すみません。失礼でしたね」


「いいよ。さすが、プライドが高くて高貴なエルフ族だね」


「エルフの人はみんなそうですよ」


 事実、エルフと言うのは高貴で高潔、そしてプライドが高い。それは、種族の教育方針と文化のせいだろう。


 ミアは俺の横に腰を掛ける。一瞬甘い香りがする。

 あまり近寄らないでくれるとありがたいです。


「剣、見てもいい?」

 

 俺がうなずくと彼女は剣を持ち上げ、剣身や握りに目を通す。

 そして、握りについた血や汗のしみに目が留まる。


「君の剣筋には勇ましさとか向上心とかじゃない、おぞましいものが感じられた。まるで剣に縛られているような、そんな感じ」


 彼女はやはり剣に愛されている。剣筋を見ただけでそんなことまで感じ取るのか。

 その目が確かな才能の断片なのだろう。

 

、私と剣を合わせない?」


 もう一回。そう、すでに一度俺と彼女は剣を交えている。それが初めて顔を合わした時でもある。

 忘れもしない約二週間前。アカデミーの卒業大会の剣術部門の初戦で。

 アカデミーの卒業大会はそれに参加することが、冒険者として公認される条件となる。アカデミーに通っていないものでも、外部参加枠で出場が可能だ。

 いわば冒険者になる第一歩と言える催しだ。


 そして俺は外部参加で剣術部門に参加し初戦でミアと剣を交えた。

 結果は惨敗。そのまま彼女はトーナメントを勝ち上がり優勝した。その日、彼女は町に名を知らしめるに至った。

 だから、そんな彼女が俺との対戦を覚えていたことに再度驚く。


「覚えてたんすね」


「忘れないさ。あの大会では君が一番印象的だった」


 俺のどこに印象が残ったのかは分からない。

 しかし、俺ももう一度彼女と剣を交えたいと思っていた。

 

 俺は立ち上がり彼女から剣を返してもらうと、少し距離を取る。


「————」


 すると彼女は嬉しそうに笑みを浮かべて、立ち上がる。


「そう来なくっちゃね~」


 そして。


 剣を、構える。


「…………っ」


 するとミアからは柔和な雰囲気が消え去り、殺意と狂気を秘めた闘気が放たれる。

 背筋に悪寒を感じる。これが、鬼才と呼ばれる所以だと再度実感する。


 先に動いたのはミア。

 煌めくルビーの瞳がものすごいスピードで迫りくる。

 俺は驚き乱れを含む斬撃を放つが、ミアはそれをいとも簡単に躱し、わき腹に向けて剣を振る。


「クハッ……」


 まるで流れる川のように無駄がない。

 お互い剣を鞘に納めて固定した状態だが、金属で殴られる痛みは尋常じゃない。

 木刀で戦ったあの大会の方がマシだったのか。痛すぎんだろ。

 激痛に悶え、しかし倒れず剣を構える。

 


「やっぱりだ」


 彼女はふっと笑い、次はすさまじい速度で斬撃を放つ。

 俺の持てる技術を費やして、それらを受け流し隙を伺う。彼女にだって体力の限界があるはずだ。


「くっ……」


 しかし、彼女の斬撃は速度を増す。

 風を切り、音を置き去りにして、まるで嵐のように剣筋が飛び交う。

 一振り一振りが重く、鋭く、そして速い。

 回数を重ねるごとにそれらはどんどん勢いを増していく。

  

 刹那、いきなり太ももと腰と二の腕に鈍い痛みが走る。


「あぐっ……」


 速すぎて三か所を同時に攻撃されたように錯覚してしまう。

 それくらい彼女の斬撃は目で追えないほど速度があった。

 体全体に激痛が走り、膝をつく。


 彼女から視線を外してしまったその瞬間、肩からすさまじい危険信号を感じる。


 これはやばい。何かが来ている。

 俺は本能的に転がり、なんとかそれを躱す。


「っ……」

 

 彼女は少しだけ驚き、そしてまた俺は立ち上がり、彼女は剣を振るうのであった。


 

 


 どれくらい時間が経ったか分からない。気づいたときには俺はだいのじに倒れこんでいた。


 ほんとうに痛い。

 

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