第48話 猫でも愛して

 私は真面目に私の体をぽんぽん叩いて距離をとりながら心配してくるシロに、ごほんと咳払いして空気を切り替える。


「シロ、恋人に好きって言われて恐いとか、ちょっと傷つくんだけど」

「いや、汝の行動が意味不明すぎるからなんじゃが。猫のわらわがえっちとか言い出したかと思ったら、急に吸血鬼の特訓を始めて、猫になってすり寄ってくるとか……ん? もしかして、一貫して行動しておるのか?」

「いつだって私の行動は初志貫徹だよ」


 シロは不審げな目を私に向けていたけど、私の今日一日の行動を箇条書きにしたことで途中から意図に気づいてくれたようだ。その通りだよ、ワトソン君!

 シロに、猫の私も好きって思わせ、猫の姿であってもえっちって思っちゃう私を理解させるのだ!


 もちろん、だとしても動画を投稿しないわけにはいかないし、シロが納得してくれたとしても、メジャーな性癖じゃないことはわかってるけどね。でもそんなのどうでもいいんだよ! シロにだけわかってもらえればいいんだ。


「いやー……汝の発想はわかったが、そうはならんじゃろ」

「そんなのしてみなくちゃ分からないと思わない? とにかく、このまま私といちゃいちゃするのに付き合ってよ」

「まあ、よいが」


 了解をもらえたので、今度こそシロにもたれる。人間の姿だとシロにもたれても、シロの方が小さいので頭をもたれさせるような形になる。

 それはそれでシロの頭の形のよさはもちろん、シロの猫耳のふさふさしつつ中の軟骨の感覚もとても気持ちよくて最高だ。


 だけどこんな風に同じ体格、同じ猫状態で触れ合うのもそれはそれで。私自身ももふもふしていて、シロと触れ合うとすぐ温かくなる毛布と触れ合うような気持ちよさ。手触り、というか体触り? の感覚が気持ちよすぎる。

 両手を回して抱き着くと、自分の肉球でぷにぷにする感触すら気持ちいい。なんだこれ。猫になるの気持ちよすぎる。


「うわぁ……めちゃくちゃ気持ちいいぃ」

「そこまでか? まあ、普通に楽しむ分にはよいが」

「う」


 確かに、普通に気持ちよかった。体をすりつけても純粋に気持ちよくて眠っちゃいそうな感じで、いやらしい意味ではない。

 今のは私が悪い。私だってシロといればいつでもいやらしい気持ちでいるわけではないからね。


「うーん。日が高いからかも」

「朝一番から動画がいやらしい、などと言っておったじゃろ。あれじゃろ? 実際に猫になってみれば気持ちが変わったんじゃろ?」

「うーん」


 シロの顔を正面から見る。自分と同じ大きさになったから、ただただ可愛い、ちっさくてキュート、と言う印象から、何と言うか、ちょっと凛々しい顔つきに見える。

 おめめもよく見たらきゅっとしたぱっちりおめめだし、おひげもピンとしていて、もちろん三角の耳は気高いほどに空をついていて、口元のふっくらしたところも慈悲深さが感じられて威厳すらある。シロって本当、猫として見ても美猫だよね。


 すっと視線をおろすとつやつや輝くほど綺麗な毛並みがふわふわと、呼吸と共に軽く揺れていて、ずっと見ていられる。しなやかな手足、もふもふの毛並みの中に埋もれ切らないスレンダーで美しい体。なんといっても長く官能的なほど細やかに動く尻尾。

 え、体も完璧すぎるし、こうしてじっくり見るとやっぱりちょっとエッチだな。


「……なんじゃ、じろじろ見おって」

「いやー」


 えっちだよ、と言ったらまた呆れたりして、それこそ雰囲気が変わってしまう。なので言葉を濁して、そっと顔をよせてシロの頬にキスをした。

 ひげがぶつかってくすぐったい。律儀に目を閉じてくれたシロが可愛くて、そのまま口元をあわせる。ふにふにとふくらみがぶつかると、唇とは別の、なんだか甘酸っぱい気持ちになる。

 ちょっとせつない気持ちにもなって、ぺろりと舌でなめる。舌でなめるとすべすべな毛並みもざらついて感じられる。その普段にない感触はちょっとした異常性も感じて胸をときめかせる。


 だけど、シロの毛並みを舐めているのだと思うと、エッチな気分以上になんだか、毛づくろいしているようなただ愛おしい子のお世話をしてる気になってきた。おかしい。


「……途中まではそう言う気分だったけど、なんか、違う気がしてきた」

「そうじゃろ。猫は体を舐めても普通じゃし、そもそも人と違い、いつでも発情しておるわけではない」

「あっ」


 そうだ、猫に発情期があるんだった! 猫になる時にそこまで意識してなかったけど、知識としてある以上ちゃんと反映されてるのか。だから、人間の意識で見た目えっちじゃんと思っても、そのように動いても体の方がついてこないんだ。


「え、発情期っていつなの? 普通の猫と同じ?」

「知らんし、わらわがないと思えばない」

「……」


 なにそれ。無敵じゃん。つまり、シロが猫の姿である限り、そんな気持ちにはならないし、私も猫の姿で誘惑しようにもそんな気持ちにならないのか。

 ……これ、詰んだな。シロが人の姿で、私が猫の姿でいればいずれ人から見る猫の魅力に気が付くかもしれないけど、パソコン操作とか人じゃないとできないし、シロのことはもちろん好きだけど、ずっと猫の姿を可愛がれないなんて無理。


「……うわーん、悔しいよぉ! シロぉ! ああ! このもふもふ好き!」


 抱き着いてシロを撫でまわしながら顔をすりつける。ふわふわ、気持ちいい。癒される。お腹に顔をすりつけると、今までと違うボリューム感でとんでもない幸福感。召される。


「うむ。存分に愛でるがよい」








 こうして私の猫だってえっちだもん布教作戦は失敗した。だけど得たものは大きい。私は猫ちゃんに変身できるようになったのだから。

 夕食後、フリータイムなのでさっそく猫の姿を堪能することにした。


「んにゃぁー」


 猫になりきってごろごろするの、最高に気持ちいい。んーっと伸びをするのも、人の時と違って全身が伸びるみたいで、尻尾をのばす感覚も気持ちいい。


「んごろごろ」


 喉をならしながらソファに寝転がる。テレビも見えないけど、この視線が低くてソファに包まれているような感じ、落ち着く。


「ずいぶん馴染んでおるの」

「んにゃあぁ……猫、楽しいねぇ」

「……うむ」

「ん?」


 隣にやってきた白猫ちゃんは呆れたようにへそ天の私を見下ろしたかと思うと、ぽんと人間になって私を抱きあげた。

 そしてソファに座って自分の膝に私を乗せ、頭をよしよしと撫でだした。


「にゃーん」


 シロのお膝の上、猫の体だから当たり前だけど大きくてあったかくて安心する。上から押さえるように撫でられるのも、どこかほっとする。


 ぴぴぴ、とお風呂が沸いた音がした。


「んにゃ、シロ、お風呂お先どーぞ」

「うむ。では行くぞ、茜!」

「えっ」


 何故かシロは私を抱っこしたままお風呂に向かった。びっくりしたけど、まあ、シロもずっと猫をしていただけあって猫が好きなんだ。私と言う可愛い黒猫ちゃんの存在に、存分に可愛がりたい欲求が沸いてきたんだろう。

 猫のシロを散々好きなだけ可愛がってきた私だ。思ったより人の尊厳を捨てて猫になりきるのも楽しいし、全然猫扱いもウェルカムだ。


「ふんふーん」


 シロが勢いよく服を脱ぐ。一瞬、おっ! と思ったけど、顔をかいていると気持ちも落ち着いた。やっぱり猫は最強だった。

 そして私を抱っこして浴場にはいり、私を湯船の蓋において、半分だけ蓋をあけてシャワーを開けた。シャワーと一気に目に見えるほどの湯気が浴場を満たす。むっ! 湿気が髭にかかり、なんだかむずむずする。

 いや、なんか、濡れるの抵抗あるな。やっぱりお風呂は人間で入った方がいいかも。


「ではゆくぞー」


 遠慮しようかな、と思っているとシロは私を抱っこする。いや、シャワーちょっと、ああああ……いや、やっぱシャワー気持ちいい。あったかーい。

 一瞬不快感でうげっとなったけど、冷静になると気持ちいい。


「洗うぞー」

「普通のシャンプーで大丈夫なの?」

「吸血鬼はキューティクルも劣化せんのだ」

「やばいにゃあ」


 シロがわしわしと泡立てて洗ってくれた。人の姿で洗われるのも気持ちいいけど、この全身一気に洗われる感じもこれはこれで。

 最後は湯船にどぽんとつかる。お湯につかると体がほんとに軽くて、全身の体毛がゆらゆら揺れるのを感じる。楽しい。


「よしよし。いい子にできたの」

「んにゃあ」


 もー、子ども扱いしてぇ。なんて言ってもよかったのだけど、ここは素直に可愛いにゃんこちゃんを演じることにする。

 湯船をでたらドライヤーで温められた。多分本当の猫だと耐えられない、と言うか多分人間でも耐えられないくらいあつあつだったけど、吸血鬼だからか熱いけどまあこんなもんかと思ってる間に乾いた。


「よしよし、ふわふわになったの。かわいいのぉ」

「にゃー」


 シロは乾いて元のもふもふにゃんちゃんになった私を抱きあげ、頬ずりした。人の頬もすべすべで、これはこれで。


「んー」


 シロはお風呂からでてベッドに座ると、抱っこしたままの私の頬にちゅっちゅとキスをした。シロ、そんなに猫の事好きなんだ。ちょっと、猫にめろめろなシロも可愛い。


 シロは私の胴体を両サイドからつかむように抱っこして、自分の顔の正面に持ってくる。シロの顔を猫目線で正面から見ると、いつもよりおっきくて威圧感がありながら、やっぱりすごい美人だなぁと感じさせる。

 シロは目を細めて鼻と鼻をつんと合わせて微笑んだ。


「なんというか、猫ではあるが、茜であると思うと、何とも言えぬ愛おしさがあるのぉ」

「えっ、も、もしかして、エッチな意味で言ってる!?」

「……汝は、猫になっても変わらんな」


 シロはそのまま私を抱っこしてモフモフしながら横になった。

 うーん、残念。

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