第47話 修行編は終わりです

 シロから合格をもらえたし、少なくとも猫への変身はこれで完全に習得だ。時間がかかることを覚悟していたけど、まさか今日の今日でこんな簡単に習得してしまうとは。自分の才能が恐い。

 とりあえず鏡の前ではしゃぐのはやめて、普通にもうちょっと大人の猫になる。体が小さすぎると、ソファテーブル間の移動もちょっと怖いしね。なれるとわかったからか、すんなり大人猫になれた。

 それはいいのだけど、大人になっても普通に二足歩行してしまう。自然に四足歩行するには何が足りないのかな、と思ってからはっと気が付く。


「あれ? 私普通にしゃべってるんだけど。猫語とかどうやってしゃべるの?」

「どうやっても何も、しゃべれんが?」

「え? じゃあ普段どうやってるの?」

「どうも何も、普通に猫の鳴きまねをしてにゃーにゃー言ってるだけじゃが?」

「ええっ!?」


 普通に猫語じゃなくて、適当に猫の鳴きまねしてるだけだったの!?


「え、じゃあたまに人の姿なのににゃあにゃあ言ってるのも、単に言い間違えてるだけなの!?」

「ぬっ、い、言っておったか? そんなつもりはなかったんじゃが」


 恥じらってるシロ可愛い、じゃなくて。えー、まじかぁ。なんかちょっと騙された、と言ったら人聞き悪いけど。

 と言うか、なんていうか、この変身ってもしかして想像したものになってるだけで、本物の猫とかじゃないのか。例えば牛になったとして、見た目は牛だけど中身まで考えなかったら胃はひとつしかないとか、そう言う感じなのかな。

 もちろん生きていくのには見た目だけでも問題ないだろうし、嗅覚とか味覚、身体能力も影響受けているっぽいから、知識があればよりその生物に近づいていくんだろうけど。


 うーん……まあ、吸血鬼ってわかってても好きだったし、猫でもシロでも好きな以上、生物学的に実は猫じゃなかったからって文句を言うのもおかしいか。冷静に考えたら、生物学的には変身したって吸血鬼に決まってるんだから。


「でも猫語しゃべれないのは意外だよ。ていうか猫の集団にいたし、意思疎通できるって言ってなかったっけ?」

「なれがあるからの、なんとなく何を伝えたいのかはわかるぞ。じゃがそもそも、猫語があったとして人と同じように会話するような高度な知性はないじゃろ。畜生じゃぞ? せいぜい単語しかないじゃろ」

「えぇ……さっき猫のこと同胞とか言ってたのに、畜生って」


 それこそ辞書の意味としては人間以外は畜生なんだからおかしくないけど、現代では家畜くらいにしか使わない言葉を同胞につかうのはどうかと。普通にちょっと引いた。


「畜生は畜生じゃろうが。普通の人間が普通の猫のことを家族と言うのは問題ないくせに、わけのわからんことをいうな」


 引いた私にシロはちょっと怒ったような顔で文句を言う。まあ、確かにそうなんだけど。でもそう言う感覚だから、猫のシロの格好がエッチじゃんとか言うと頭おかしい扱いされるんだね。私も自分でも頭おかしいと思ってはいるけど。


「ごめんて。まあ、そうだね。変身の極意が分かった気がする。ちょっと猫以外のお題言ってみて」

「む、お題か。蝙蝠はどうじゃ?」

「……うん、わかった」


 全然脳内のイメージない。蝙蝠ってネズミみたいなのに羽生えてるのでいいのかな? でもよくわからない生き物になれたら、多分めちゃくちゃすごいよね。

 よーし。目を閉じて。ふわっと一回霧になって、蝙蝠になる。茶色くて、ネズミ、ネズミってどんな顔してたっけ。……こんな感じでいいか。はい、すいっちON!


「どう? シロ?」

「……いや、え? これ完成しておるのか? なにか、謎のぬいぐるみじゃけど」

「私の中の蝙蝠のイメージだよ! デフォルメされたぬいぐるみならこんな感じかな? でイメージしたから、ぬいぐるみに見えるなら多分合ってる」


 羽をぱたぱた動かして……さすがに飛べなかったので、普通に鏡をみる。うん、可愛い! このつぶらな瞳! 豚みたいな鼻と折れた耳、先端に棘のあるちょっとものものしい羽も柔らかそうだし、中々かわいいんじゃないかな! 実際にこんな顔か知らないけど。


「まあ、イメージ通りならいいじゃろ。むしろよくそんな知らないままでイメージできたの」

「えへへ。これで吸血鬼の力は全部かな? 他に能力ってあったっけ?」


 弱点は思いつくけど、他に吸血鬼の特技が思いつかない。腕力とか身体能力は自然に使えてるし。


「吸血鬼のこと馬鹿にしすぎじゃろ。もっと他にもできることはいっぱいある。が、まあ、鍛えるべき必要な能力というなら、まあ、飛行能力、かの?」

「あ! 確かに! 空、ん? シロ、空飛んでるとこみないけど飛べるんだ」


 確かに吸血鬼は飛べるイメージ! と思ったけど、そもそもシロが飛んでいるところみたことない。


「うむ。まあ、普段は特に飛ぶ必要性がないからの。じゃあ吸血鬼として生きるなら、いざという時に身を隠したりするのに少しは飛べた方がよいぞ」

「吸血鬼だからって逃亡する予定はないんだけど」

「何があるかはわからんからの。できるにこしたことはないぞ」


 吸血鬼としてのシロの力を聞くほど、以前の生活がハードモードだったんだなぁと思わずにいられない。

 現代でも吸血鬼ってばれたら問題かもだけど、戸籍も新しくつくれることがわかったしね。猫の状態だけどしれっと年齢も操作できるし、血も通販できるし、昔ほどバレるかのうせいないよね? 人を襲ったら別だけど。むしろ、空飛べない方がいい気すらする。目立つし。

 あ、人のまま飛ぶわけじゃないのか。鳥に変身して飛べるようになればいいのか。


「この蝙蝠は飛べないみたいだし、もうちょっと飛んでいるのが想像しやすいハトにするね」

「別になんでも飛べるぞ」

「あ、そうなの? ちょっと飛んでみせて」

「うむ」


 シロは頷くとソファの上でお座りしているまま、数センチ浮かび上がる。え、姿勢そのままなんだ。ちょっと、恐い。違和感がすごい。

 でも姿勢も動きも関係なくて、浮こうと思ったら浮き上がるみたいな感じなのか。飛ぶって言うより、持ち上げる? そう言う超能力っぽいな。


「……」

「……」

「……」


 ……いやこれむっず。どうやるのか何もわからない。なに、どうやって飛んでるの。変身は霧になっちゃう感覚からで何となくできたけど、浮かぶイメージが。ふわふわ浮き上がりそうな時の気分でいけるかな?


「……」

「……くわぁ」

「……ちょっと、気が散るからあくびやめてください」

「時間かけすぎじゃろ。そろそろ三時じゃし、今日の練習はもう十分な収穫もあるし、休憩にしてはどうじゃ?」

「うーん、そうしよっか」


 人間にもどって休憩することにした。今日のおやつは普通に既製品。新商品の厚切りポテトチップスサワーオニオン味。

 がりっとするほどの分厚い食感が美味しい。サワークリームオニオンってよくわからないけどめっちゃ美味しいよね。


 そんでおやつ食べて冷静になって気づいたけど、猫になるのが目的だったから、普通に飛べる必要ないよね。


「シロ、とりあえず変身できるようになったって言うのは大きな前進だと思うんだ。これにて吸血鬼パワー修行編はひと段落してもいいかな?」

「一日のことでめちゃくちゃ大げさな名前つけるの。汝がもう良いと思うならよいが」


 むぅ、そう言われると、中途半端に諦めちゃった感でるじゃん? まあ、じゃあ、また今度、続きを頑張ると言うことで。


「修行編はまた今度、と言うことで、今日のところは猫でいるよ」


 おやつの片付けも終わったので、ぽんと猫になる。なれてきたからか、目を閉じて一回霧になる行程は必要だけど、短時間でできる様になってきた。


「茜は本当に、猫が好きじゃのぉ。……もしや、そもそも猫のことを、そう言う対象として見ておるのか?」

「えっ、ちょっと、変なこと言わないで。私は純粋に猫を愛してるよ! シロ以外!」


 今だって普通の猫はいくら見たってそんな気にならないし、えっちだなんて思わない。ただシロだから、猫になろうと恋人のシロだと思ってるし、猫でもシロだと言う目で見ちゃうからそう思うだけなんだって。自分でも変だと思うけど!


 ソファの上で並んで猫になっているので大きさも同じくらいなので、シロの肩を叩いて私の思いを伝える。

 にしても、もふもふした私の手、可愛いなぁ。シロの肩も、肉球で触れても手触りいいし。


「うーむ。以前は疑っておらんかったが、今となっては怪しいと言うか。……例えばじゃが、わらわがもう猫の姿にならぬ、というても気持ちは変わらぬか?」

「かわるわけないでしょ! それはさすがに怒るよ!」


 私がシロの猫の姿に向ける思いはさすがに変態扱いも多少はやむなしだけど、さすがにシロがそもそも猫だから好きになったみたいな疑いは寛容できない。

 シロに顔を寄せてぎゅっと両肩を掴んで怒ると、シロはちょっと引いた。


「う、うむ。何と言うか、間違いなく姿は猫じゃが、茜じゃと思うと変な感じじゃな。距離感に戸惑うと言うか」

「ん? もしかして、ちょっと私の気持ちわかった?」

「戸惑うと言うのはそう言う意味ではない。純粋に、いつもと違う姿の何時に戸惑っておるんじゃ」


 近づいたことで猫だけど私の真剣な姿にときめいてくれたのかな? と思って聞くと嫌そうな顔で否定されてしまった。そんな顔しなくても。

 確かにさ、猫の姿にえっちとか思うのがおかしいのはわかってるよ? でも、そもそも言ったら人から猫に変身できるのがおかしいじゃん? 普通じゃないでしょ。恋人が猫に変身した姿を恋人と認識していちゃいちゃしながら、それはそれとして猫としてしか思わないのが普通かどうか、なんて誰が判断できるって言うのか。


 私はシロが大好き。大好きだから、どんな姿だって大好き。猫だって、多分霧だって蝙蝠だって、シロであるならそういうこともできる。

 この愛の形がおかしいなんて。そんなことないはず。だからシロに、わからせてやる。シロだって私の事、どんな姿だって好きなんだってことを。


 私は気持ちを切り替えて、あきれ顔のシロにそっと寄り添う。


「シロ、好きだよ」

「なんじゃ急に? 茜、今日ずっとテンションおかしくないか? 恐いんじゃけど。もしや体調がおかしいのか?」


 あの、真面目に心配するのは、確かにそれも愛かもだけど、今求めてる愛じゃないんですけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る