第18話 頼りになる妹

 妹が目を覚ました。重大ミッション! 妹に私が吸血鬼になったけどあなたの姉だよ、と信じさせなければ!


「葵ちゃん!」

「……う。はあぁぁ」

「あ、葵ちゃん? 目を合わしてすぐため息とかつかれると、お姉ちゃん傷ついちゃうな?」


 ソファの上で身を起こしている葵ちゃんにシロを抱っこしたまま近寄り声をかけると、目が合った瞬間に眉をしかめられてから、盛大に顔に手をあててため息をつかれてしまった。

 そしてややうつむいたまま指の隙間から私を睨み付けたまま口を開いた。


「……さっきの、吸血鬼って話本気で言ってるの?」

「あ、記憶ははっきりしてるんだね。本気本気」

「一瞬寝ただけだからね。じゃあ、ほんとにお姉ちゃん? なんで顔、ていうか声も変わってるの」


 軽く頷いた葵ちゃんは手を下して真っすぐ顔をあげて問い詰めてくる。うーん、さすが知的好奇心の強い葵ちゃん。


「なんかよくわからないけど、人間じゃなくて吸血鬼として体が作り直されたんだって。あ、見て見て、変身もちょっとだけできるんだよ」


 私はスマホをインカメラにして自分の頭を見ながら力をつかって、髪の色を赤から水色に変える。鏡を見ながら、色が変わった姿を想像しながらならとりあえず髪の色は自由に変えられるようになったのだ。


「……猫になるのに比べて地味すぎない?」

「難しいんだよぉ。まだ吸血鬼になって新米なんだから許して」

「とりあえず、目の前で超常現象が起こってるのは認める。そして、あなたがお姉ちゃんっぽいことも」


 そこはもう認めようよ。強情だなぁ。でもとりあえずその前提で話を聞いてくれることになったので、私は葵ちゃんの隣に座ってどうして吸血鬼になったのかを改めて説明した。ついでに今の生活についても。


「……一応、話の筋は通ってるわね。とんでも設定なのをのぞけば」

「とんでも設定とか言わないの。事実は小説より奇なり、だよ!」

「誰でもお姉ちゃんみたいに頭空っぽなわけじゃないんだから、そんな簡単に何でも受け入れられないっての」


 この流れで私をディスる必要ってほんとにあるのかな? まあいいけど。それだけお姉ちゃんのことを案じてくれているから、慎重に話を聞いてるってことだもんね。


「……まあ、とりあえず信じるよ。あの、シロさん。姉のこと、助けてくれてありがとうございました」

「う、うむ。まあ、そう固くならずともよい。わらわのことは猫として扱うくらいでよい」

「そ、そういう訳にはいきません」


 葵ちゃんは神妙な顔で私の腕の中に大人しく収まっているシロに頭をさげた。シロも戸惑ってるし、ここは私が空気を緩ませないと!


「葵ちゃんかたいなぁ。シロは命の恩人だけど、家族みたいなものだから、すなわち葵ちゃんにとっても家族なんだから。敬語とかつかわなくていいもんね? シロ?」

「うむ。家族はともかく、普通に話してくれて構わんよ」

「ほらね」

「……まあ、はい。わか、わかった」


 葵ちゃんからはなんだか、いやお前は図々しすぎるだろ、とでもいいただけな視線を感じたけど無視する。シロとはね、こうして正体を知って一緒に住む前から抱っこしたり撫でたりする関係なんだからね。かしこまりすぎるのはNGなのだ。

 でも言葉の上では信じてないみたいなこと言ってるけど、一応信じてくれているっぽい。


「それで、じゃあ私の保険証を貸してくれって話は、もしかしなくてもシロさんにつかわせるつもりってこと? なんか病気ってこと?」


 葵ちゃんは私とシロを見てから、足を組んで私に呆れた視線を向けてくる。おや? さっきの殊勝でかつ姉を案じてくれていた妹の姿はどこへ?


「あ、ううん。身分証を作ろうかと思って。まだ車の免許っとってないでしょ? ならシロが先に原付とったらしばらくつかえるかなって」

「……あのさぁ、馬鹿なの?」

「えぇ?」


 いやまあ、葵ちゃんに比べたらそうだろうけど。

 盛大にため息をついた葵ちゃんはスマホを取り出していじりながら語りだす。


「あのさ、身分証が欲しいなって思うのはわかるよ、でも私のを借りても一時的な問題解決にしかならないし、そもそも簡単に貸せないって。もし事故でもあったら私の責任になるし、違法だからバレたら大問題なんだけど。なのに事情も話さずに貸してくれはないでしょ」

「うっ。いやあの、逆にね? 逆に知らないままなら、何かあっても知らぬ存ぜぬと言えるからであって」

「その場合も、お姉ちゃんは知らないフリできないでしょ? 身内から犯罪者がでるなら同じくらい迷惑なの。そう言うところが考えなしで馬鹿だって言ってるの」

「そ、そこまで言わなくても」

「身分証にも種類があるでしょ。他の手段は考えてるの?」

「な、ないです」

「お姉ちゃんがどんな困ってる人を連れてくるかわからないから、いくつか調べたけど、うーん、子供だからちょっと難しいところあるよね」


 どうやら私のお願いから、誰か保険証のない人間が困っていて助けようとしている、と察してくれていたようだ。保険証の作り方を調べてくれていたらしい。

 それによると、べつに後からでも作れるらしい。ただそれも吸血鬼だと難しいとか。職につくのが手っ取り早いそうだけど、今私たちは無職だし。

 でもそもそもシロには戸籍がないなら、戸籍を作った方がいいんじゃない、と言われた。そしてスマホの画面を出してくれた。


「無戸籍者の戸籍の作り方?」


 なんか普通に説明サイトがでてくるけど、そんな普通に無戸籍の人っているのか。向けられたスマホを受け取っていくつか見てみる。

 え、戸籍がなくても保険証は持てるのか。学校も行ってた人もいるみたいだし、戸籍がある人とない人の違いがよく分からないな。医療は保険証はなくてもお金を払えば身分証無くても問題ないのか。そもそも医療を受けることないだろうけど。


 葵ちゃんは私からしばし黙って資料を読んでいたた私からスマホを取り返し、操作しながら続ける。


「世の中には戸籍が無くて生きてきた人もいるんだよ、吸血鬼じゃなくてもね。でもその場合も、生まれた時の母子手帳とかあると話が早いみたいだけど、シロさんの場合は何にもないわけだし。んー……子供なら保護され、でもお姉ちゃんに保護者として正式に引き取ることなんて、あ。シロさんって、姿を変えられるなら、もっと大人になれないの?」

「む? ううむ。やったことはないが、不可能ではないと思うぞ」

「だったら記憶喪失として公的機関に届ければ、日本では戸籍がないと生きにくいから、二重戸籍になる可能性を承知の上で作ってもらえるみたい。もちろんすぐではないだろうし、病院の検査とか、行方不明者との照合とかあるかもだけど、これが一番無難じゃない? と言うか、今まで生きてきた記録が何にもないなら、多分これくらいしか手はないと思う」

「葵ちゃん……そこまで真剣に考えてくれてたんだね! ありがとう!」


 具体的なビジョンが浮かんできて、私は葵ちゃん提案に感動して横から抱きしめた。シロはぴょんとさりげなく私から机の上に逃げた。

 葵ちゃんは首に抱き着いた私の腕を叩いて呆れたやめさせる。いけずー。


「そこまで真剣もなにも、保険証だけだと思ったから戸籍は普通に今知ってググったばかりなんだけど? むしろなんで今まで調べなかったの」

「……ま、結果オーライ!」

「なんにもまだ結果でてないから」


 なにはともあれ、そうか、正攻法で合法で戸籍をつくれるのか。戸籍があれば普通に免許も持てるし、戸籍証明書とか? でも身分証になるよね。

 クリーンな方法でつくれるならそれに越したことはない。何と言うか、一気に希望が見えた気分だ。


「じゃあ、それでシロの戸籍つくろうか」

「めっちゃ簡単に言うじゃん……」

「詳しい手続きとかわからないから、役所とかに相談するしかないよね」

「まあそうだね。記憶喪失のシロさんを拾って一緒に生活していて、落ち着いたからみたいな形で相談すればいいんじゃない。生活実績があるなら役所だって無駄に税金使いたくないだろうから、普通にこの家で住みながらって形になると思うし。子供なら保護されるかもだけど」

「葵ちゃん、頼りになるー」

「いや、私も詳しい手続きは何も知らないし、問題なく進むか変わらないけどさ。とりあえずやってみればいいでしょ。もし検査とかで吸血鬼にバれるとかあっても、大人バージョンなら最悪また行方不明になりました、で誤魔化せるし。お姉ちゃんもただ拾っただけ設定だからいなくなる分には責任とかないし」

「なるほど」


 葵ちゃんも専門の知識はない、と言いながらも不安なパターンも確認して言ってくれるから私の思い付きより安心感が違うね。さすが葵ちゃん。頼りになる!

 そんな私たちの会話に、シロは驚いたようにして前足を舐てから口を開く。


「……汝と妹君は、ずいぶん雰囲気が違うのぉ」

「まあ、こんな姉がいれば多少は。とりあえずもしお姉ちゃんで無理ならお母さんとかにも協力を仰いだ方がいいかもだけど、その場合の説得とかくらいなら私も手伝うからその時は言って」

「ありがとう! いやあ、葵ちゃんは昔から頭がよくて頼りになる可愛い妹でね」

「もう、そう言うのやめてってば」



 とりあえずこれで当面の方針も決まったし、お金の方も解決しそうだし、いいことづくめだ。


「そう言えば葵ちゃんは今日はどうして急に?」


 と思い出して尋ねると、葵ちゃんは呆れながら説明してくれた。

 保険証の話で私が誰かの為に何かしようとしていると察した葵ちゃんは、そもそもその相手は本当に信頼できる相手なのか、それを抜き打ちで来ることで確認しようとしに来てくれたらしい。


「心配かけてごめんね」

「ほんとだよ。そもそもね、お姉ちゃん個人の考えで解決する問題なんてほとんどないんだから、困ったらさっさと相談してよね」

「す、すみません」


 ひどい言われようだけど、今回は確かにその通りだ。浅知恵で葵ちゃんに心配かけさせてたんだし。

 素直に謝ると葵ちゃんは足を組むのをやめて、よろしいと頷いた。


「ん、もういいけど。そう簡単に電話で言われて納得できる話でもないし。で、配信してるってのはどういうやつなの? 本当に目途たってるの? 普通に日が当たらない仕事がないわけじゃないでしょ」

「あ、見て見てー」


 お説教も終わったようなので、私は葵ちゃんにこれまで配信活動についても自慢していくことにした。

 いやー、やっぱ家族で隠し事なんてないほうがいいよね!

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