第17話 妹、襲来

 連休初日。ぴんぽーんと言う音がして目を覚ました。


「んん?」


 今日は動画も余裕があるし、あんまり作りすぎても生放送で設定変わるかもだから世間の空気に合わせて一日お休み、と言うことでシロと朝ごはんを食べてからソファでだらだらと惰眠をむさぼっていたのだけど、何やら玄関ベルがなった。誰か来たようだ。

 また宅配便だろう。基本的に防犯の為にもマンションの宅配ボックスを利用しているけど、冷蔵食品とかはそう言う訳にいかないしね。でも今なんか頼んでたっけ?


「はーい」

『おはよう』

「ん? え? あ、葵ちゃん!?」


 インターホンに応答すると画面に映ったのは私の妹、葵ちゃんだった。な、何故!? しかもこんな朝早く(10時過ぎ)に!?


『いいから入れてよ。それとも、私を入れたくない事情があるわけ?』

「は、はい」


 混乱しながらとりあえず玄関ロックを解除して画面を消し、そしてすぐに振り返る。葵ちゃんがエントランスからここまで来るまでに何とかしなければ!

 え、でも、何とかって何を? 見られて困るもの。あ、シロを飼ってるって思われたら大変だ! ここペット禁止だからね!


「シロ! 大変だよ! 私の妹がアポなしでやってきたんだ!」

「聞こえておったが。しかしもう、整形したとでもいうしかないじゃろ」

「え? ああ、私の顔変わってるんだった。まあそれは、そうだね? ……冷静に考えたらそれが一番問題だよね。えー、整形でいけるか?」


 んん? ……あれ? そもそも吸血鬼になったこと隠す必要あるのかな? 急な妹の襲来だったから慌てたけど、部屋も散らかってないし、別に怒られることないか。


 ぴんぽーん


「わっ。とりあえず、人間になってくれる? 紹介するから」

「ぬ? う、うむ。わかった」


 もう玄関の前まで来たらしい。シロにそれだけお願いすると、シロは不思議そうにしながら猫耳しっぽなしの人間バージョンになってくれた。

 ひとまずシロはソファで待っててもらい、私が玄関で迎える。


「お、おはよう、葵ちゃん。朝早くからだから、お姉ちゃんびっくりしちゃったなぁ」

「どこが朝は……え? だ、誰ですか?」

「うーん、あのねぇ」


 開けた玄関を自分でつかんで中にはいってきて顔を合わせた葵ちゃんは一瞬普通に答えかけたけど、すぐにきょとんとしてから不審そうに顔をしかめた。頭をかきながらどう言おうかと考える。

 整形と嘘をついて誤魔化せる気がしない。そもそもそれで誤魔化したとして、今後もずっと誤魔化せるわけもない。これっきりの関係ならともかく、葵ちゃんだ。


「とりあえず上がって玄関閉めて。そして落ち着いて話を聞いてほしいんだけど」

「……お姉ちゃんをどこにやったんですか?」


 葵ちゃんは後ろ手に閉めたドアをまたちょっと開けながらそう聞いてきた。めちゃくちゃ怪しまれている。そんなに怪しいシチュエーションかな? 普通なら、あ、友達来てるんだで終わりじゃない? アポなしなんだし。


「ていうかさっきインターホンに出たのも私なんだけど」

「……画面が小さいから気付かなかった。言われてみたらうちの親族っぽいというか、雰囲気お姉ちゃんに似てますけど、友達ですか?」

「そこ親戚ですか? じゃないんだ」

「お姉ちゃんの親戚なら私の親戚なのにわからないわけないじゃないですか。馬鹿にしてるんですか?」


 めっちゃ睨まれてる。えぇ、こわい。でも考えたら姉妹の家を尋ねたら別人がいて、姉が出てくるとか今トイレとかさらっと説明されずに、訳ありげに落ち着いて話を聞いてとか言い出したら怪しいか。

 でもさすがに玄関半開きのままは警戒しすぎだと思うんだけど。吸血鬼でーすって言えない。


「あの、説明するけど、私があなたのお姉ちゃんの茜です。ほんと、葵ちゃんが中学生まで一緒にお風呂入って背中ながしてた私です」

「は!? 小学校卒業と一緒にやめたでしょ! それだってお姉ちゃんがやりたいって言うからやらせてあげてただけで!」

「え? だから中学にはいるまでって」

「中学生までは、中学生もはいるのよ!」

「えぇ、ごめん」


 家族の証として、他の人が知らない話をするのが手っ取り早いと思って思いついたことを言っただけなのにめちゃくちゃ怒られてしまった。そう言う細かいとこ気にするとこ、変わってないなぁ。

 素直に謝る私に、葵ちゃんはため息をついた。


「これ何回も言って……そのとぼけ具合、本当にお姉ちゃんなの? 信じられないから、もっとお姉ちゃんしか知らないこと言いなさいよ」


 そしてジト目になってそう私を促した。ちょっとエピソードチョイスに失敗したけど、やっぱり私の考えた作戦自体は正しかったみたいだ。でも何がいいかな?


「うーん、私しか知らないことってなんだろう。私が家をでる前日、葵ちゃんは泣いて惜しんでくれたのに、それに感動した私がサプライズで翌日帰ったら怒ったこととか?」

「なんで私のことなのよ!」

「えー、だって私って、本人かどうか疑われてるわけでしょ? でもこの部屋にいたんだからたとえ他人でも面識は最低限あるんだし、私自身のことは知ってて当然じゃない? 家族エピソードの方が信憑性あると思うんだけど」


 こんな細かい話はわざわざ他人にしないし、顔を合わせたとたん怒られて家に入る前にすぐ帰ったから、両親も知らない話なのでこれなら私の証明になると思ったんだけど、どうやらお気に召さなかったらしい。

 私的には心温まりつつ妹のちょっとした我儘が可愛い印象的なエピソードなんだけど。葵ちゃんは私の説明に何故か余計に腹を立てたようで、ばんっと勢いよく玄関を閉めてから私を向きなおして腕を振って怒鳴る。


「そう言うところだけまともなこと言うのやめなさいよ! じゃあ、今年父親の誕生日に何をプレゼントしたか答えて!」

「えー、なんだっけ。一緒にプレゼントってことで葵ちゃんに任せてたから。んー、なんか、身につける系で仕事中も一緒的な……ネクタイか靴下!」

「適当な答えなのがまたらしいのが悔しいわね。まあいいわ。最低限、姉と交流があったことは認めるから、話は聞いてあげる」


 なかなか疑り深い葵ちゃんだけど、姿が変わっても私の家族愛や善良な心は伝わったようで、なんとか靴を脱いで中にはいってくれることになった。

 よかったよかった。


「お待たせ、シロ」

「う、うむ。お茶でよいよな?」

「あ、ありがとー」


 シロは何故かびくびくしながら三人分のお茶を用意してくれていた。


「葵ちゃんそっち座ってー」

「……ありがとうございます。お茶、いただきます」

「う、うむ、えっと、じゃな」


 落ち着いて話ができるよう用意してもらっているまま葵ちゃんをダイニングの席につかせ、向かい合って私とシロも座った。シロはお礼を言ってお茶に口をつけた葵ちゃんに相槌をうちながら私をちらちら見る。

 私もお茶をのんで喉をうるおしてから、さて、と改まる。


「改めて紹介するね、私の妹、葵ちゃんだよ。そしてこっちは吸血鬼で私の命の恩人で、新しい家族のシロだよ」

「……あの、ふざけるのやめてもらっていいですか? 警察呼びますよ」


 話をするにもまずは名前から、と思ったらすかさず半目になられてしまった。うんまあ、そうなるか。私だってことを説明する前に、まず吸血鬼なのを言わないと駄目だね。


「とりあえず吸血鬼なの証明するね。えっと。どうすればいいかな。シロ、変身してもらっていい?」


 そう尋ねながら隣をみると、シロは葵ちゃんの方を向きつつ私と目をあわせ、小さく頷いて机に手をついて変身した。机に手をついて椅子の上にたってる形の白猫ちゃんだ。


「まあ、吸血鬼の証明とはならんかもしれんが、少なくともただの人間ではないと理解してもらえたかの?」

「…………は? え、ちょっと待って」


 葵ちゃんはシロの言葉を無視して立ち上がり、しゃがんで机の下を見たり、部屋を一周してソファの裏どころかトイレまで見に行ってから戻ってきた。目の前で見て疑り深すぎない?


「いやいやいや……いや、これ夢でしょ」

「往生際が悪いなぁ」

「さすが姉妹じゃな」


 え? 今私のこと粘り強くて根気のある素敵な性格って言った? 何て冗談はおいておく。うんまあ、最初私もシロに吸血鬼って言われても信じなかったもんね。


「あ、じゃああれやってよ。私の手をがりってするの」

「してもよいが、見てるだけでは意味がないのではないか?」

「えー、じゃあどうしよう。葵ちゃん、これ現実だよ。ちゃんと現実受け止めて」

「はいはい。じゃあ今から家にいくから待ってなさい」


 葵ちゃんはそう言うと、ソファに寝転がって目を閉じた。そしてすぅ、と眠りにつく。昔から寝入りが早いのが葵ちゃんの特技だ。


「……え? いまこやつ普通に寝ておるのか? どういう精神状態しておるんじゃ?」

「葵ちゃんはいつでもどこでも寝れるのが特技なんだ。まあ、起きたらさすがに夢じゃないって気づくでしょ」


 とりあえずほっとくことにした。葵ちゃんは無限に寝るのではなく、夜以外はだいたい30分で起きてくるし。


「シロ、起きたらどう説明するかまとめとこっか。こういうのは事前に決めておかないと駄目だったよね。ちょっとぐだぐだしちゃったし」

「まあよいが」


 葵ちゃんには私がさっき使っていたお昼寝用のタオルケットを一枚かけてから、リビングテーブルに戻ってシロを膝にのせてペンをとる。


「とりあえず起きたら冷静になってくれてると思うから、最初から説明してってなると思うんだよね。えー、と。まず、私が事故にあって死にそうなところを可愛がっていた白猫が助けてくれて、その白猫は本当は吸血鬼で私は眷属になり、今では家族として一緒に暮らしています。……あれ、めっちゃ説明簡単だな。これで十分なのかな?」

「いや、十分ではないじゃろ。その説明だけでそっかーとなるようでは、妹君の将来が心配すぎるのじゃが」

「うーん、でも他に言うことなくない?」


 改めて説明と言っても、それが全てだ。吸血鬼になったから見た目変わっただけだし。生活も変わったけど、まあそれは普通に生きてても転職すれば同じことだ。

 葵ちゃんに伝えなきゃいけない説明は、吸血鬼になりました。それだけだ。問題なのはそれをどうやって信用させるか、だよね。


 あっさりと書き終わったメモ張の端にぐりぐりと意味のない落書きをしながら、うーんと考えていると、シロはポンと紙を抑えている私の左手に肉球をおした。


「……そもそも、事故とて、わらわのせいじゃし」

「え? ……え? 何言ってるのかわからないんだけど。確か子猫が飛び出したのを追いかけて、私が車道に飛び出しちゃったからだし」


 肉球に癒されていると、シロが暗いトーンでおかしなことを言いだした。


「じゃが、わらわが行くように示したからで」

「ん? そうだっけ? あー……いやでも、その時普通の猫で、子猫が出ていくって教えてくれただけじゃない? 言葉で言われたわけでもなく、シロの動きから勝手に察しただけじゃん。追いかけたのは私の意志だし、ミスったのは私じゃん。え、そんなこと気にしてたの?」

「そ、そんなこととはなんじゃ」


 言われて思い出してみたら、子猫を追いかける前にちらっとシロがそっち見たから気付いて追いかけたんだっけ?  事故のインパクト強すぎて全然忘れていた。

 首をかしげると反応が気に入らなかったのか、シロはむっとしたように振り向いた。可愛いのでもうペンを置いて頭をなでなでしてから、両手でシロを抱き上げる。あったかくてもふもふ。


「もしかしてそれで気にしていつも遠慮してたりしてた? いいのに。シロに悪意があったわけでもないし、もちろんあの子猫ちゃんも悪くないよ。ただの事故。大事なのは、シロが私を眷属にして命を助けてくれて、一緒に楽しく暮らしてるってことでしょ。あ、楽しいよね? 私に罪悪感感じて無理に合わせてくれてないよね?」


 耳元に頬擦りして堪能しながらいい話をしていたけど、途中ではっと気づいてシロと顔を合わせて確認する。

 危ない。シロの善意に甘えてたってなると、この抱っこやちゅーも嫌だけど無理やりさせてたことになってしまう。それは犯罪です。例えシロが人間じゃなくても強制わいせつ駄目絶対。


「い、いや、まあ、べつに、無理はしておらん」

「ほんと?」

「うむ」


 シロは困惑したような態度だけど、嘘はいってなさそう。そうだよね!? 一緒に遊んでるのとか、ご飯美味しいねとか、ちゃんとシロもリラックスして楽しんでくれてたもんね! 私も肌で感じてたよ!


「よかったー。シロ愛してる」

「う、うむ。それはいいんじゃが」

「あ、そうだね。葵ちゃんにどう説明するかだよね。吸血鬼なのを信じさせるにはどうするか」

「まあ頑なに夢と信じられてしまうと、言葉でどう言っても仕方ないのではないかの」

「それは確かに」


 うーん、と顔を見合わせていると、後ろから衣擦れの音がして葵ちゃんが目を覚ましたのに気づいた。

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