第4話 手探り動画撮影
朝のスマホをいじるであろう時間に合わせて動画を投稿したところ、我らのきゅーけちゅチャンネルはなんと早速お昼前に登録者数30人。8件のコメントを手に入れた。
自己紹介動画より猫のシロ動画の方がいいねも閲覧数も多いけど、想定通りだ。多分猫動画と言うだけで検索して登録してくれる人が一定数いるんだろう。気持ちはわかるし、とりあえず登録者数と再生数を稼ぐのが一番だ。
「あ、見て見てシロ! ツブヤイターにDMで、さっそくシロの為にちゃーる注文してくれたってあるよ! 明日には届くよ!」
「ほう。あのような動画だけでもうちゃーるが手に入るとはの。なんとも便利な世の中よのぉ」
「私のエサも買えるようにしないと。あ、そう言えば吸血鬼の力ってどうやればいいの? 私も猫に変身できたらご飯問題解決じゃん?」
家賃とか最低限はいるけど、猫になれば猫の味覚になるようなので、ならキャットフードだけで済むなら電気代やガス代も節約できるかも。と思ったのだけど、シロはやや呆れたようにやれやれと首をふった。でもずっと猫だから可愛くてたまらないんだよねぇ。
「猫はそう簡単にはできんぞ。まずは一番簡単な霧からじゃな」
「霧が簡単なの? 形なんてあってないし、難しくない?」
「どちらにせよ、自分の形と言うのを一旦失くしてから別の形になるんじゃから、無形の方が難易度は低いんじゃ」
「なるほど?」
よくわからないけど、シロがそう言うならそうなんだろう。
「じゃあその形をなくすのはどうやるの」
「うむ……まあ、こう、力を抜いて、ふわっとするんじゃ」
「ん? ……えっと、やってみる」
めちゃくちゃふわっと説明されたけど、吸血鬼になり肉体が変わっているのだし、もしかしたらなにかしらそれでできるのかもしれない。
私はソファに寝転がり、力をぬく。ふわ、ふわー……
「はっ。ね、寝るかと思った。もしかして今、霧になりかけてた?」
「何にも変わらんの」
「えー、難しいな。こう、魔力の感じ方とかないの?」
「まりょく?」
よくあるコップの水を動かす的な、こう、気の力的な、そう言う魔法的な何らかの人間の時と違う第三のパワーが芽生えているんだと思ったけど、普通に首を傾げられた。
「え? 魔法の力で変身できるんじゃないの?」
「魔法、ああ、あの、魔法少女とかのやつな。知らんぞ。吸血鬼の力じゃから、吸血鬼力とかなんじゃないか?」
逆に魔法少女ってフレーズ知ってるのか。知識めちゃくちゃで読めないな。そもそもシロって話し方もわりとめちゃくちゃだよね。長く生きてると周りの人の話し方もどんどん変わるから、色々ミックスされちゃう感じなのかな?
「こう、もやっとした何らかの血の流れとは別の力を感じるのが第一歩とかないの?」
「うーん? そもそも血の流れなぞ感じたことはないのじゃが」
「なるほど、私もないわ」
漫画とかだと、血の流れとは別に何かが体を巡っている、これか! とかって展開があるからそう言う修行が必要なのかと思ったけど、言われてみれば私は吸血鬼になっても体感何にも変わってないただの一般人だった。
「え、じゃあどうやって力つかってるの?」
「……これはわらわが説明が下手というわけではなくてじゃな、汝はどうやって歩いてるかとか、呼吸してるかとか、説明できると思うか?」
「なるほど。生まれながらの能力だから言語化が難しいってことね」
「お、おお? 汝、難しい言い回しもできたのじゃな」
「え、あ、うん」
なんかすごい馬鹿だと思われてた。いやまあ、別に頭がいいかって言われると、多分悪い方だけど。基本考えるのめんどくさいタイプだし。
でもつまり途中から吸血鬼になった人間が習得する方法はわからないってことか。
「今までに私みたいに人間を吸血鬼にしたことってないの?」
「……あるが、いずれも吸血鬼の力を使えるようになってはおらんな」
シロは私の問いかけに宙を見上げて思い出すような遠い顔をして答えてくれたけど、つまり前例がないってことだ。今までの会話でシロは普通にその内私も変身とかできる様になるって感じで話していたから、普通にできるものだと思ってたのに。
理論上はできるから前向きに取り組むようそう言ってくれていたのかもしれないけど、過去何人いたか知らないけど、そもそも今まで生きてて他の人より才能を感じたことがないからなぁ。
「えー、じゃあ私絶望的じゃん。やだー」
「いや、頑張ればその内できるようになるじゃろ」
「励ましてくれてありがとう……」
普通にできると思ってそうな顔で言ってくれたのが可愛い、もとい嬉しくてそっとシロを抱きしめる。腕の中におさまる感触。人間より高い体温。やはり猫は癒し。
「よし。元気出たし、お礼動画でもつくろっか。何がいいかな」
「普通にお礼を言えばいいのではないか?」
「折角だし、賢い特別な猫アピールもしたいよね」
「吸血鬼が変身した猫と言うのはあくまで設定で、実際に吸血鬼であることはばれないようにするという話ではなかったか?」
「そうだよ。声もあててる設定にするし。でも賢い分にはいいでしょ。と言うか、ふつーに考えて猫がほんとに吸血鬼なんて誰も信じないしね」
と言うか今でも、なんで猫? と言う疑問はあるしね。それを聞いて猫になるのやめられても嫌だから言わないけど。
「お礼のぉ」
「冒頭でお礼を言って、なにか猫ならできるって言う芸をするのがいいかな? あ、ピアノで連弾なんかどう? 私が引いてるよこで、一音だけシロがおすの。タイミング合わせるだけだから、賢い猫ならできそうだし、自然に私の姿もだせるし」
「ピアノは知っているが、ひいたことがないの。あれは富豪のものじゃろ」
「そうでもないと思うけど、現代では? ピアノって言うかキーボードなんだけど」
小学生の時に習っていたから、簡単な物なら弾ける。実家にはピアノがあってたまにひいて楽しんでたから、一人暮らしになってからも欲しくて買ってもらったんだよね。一年くらい引いてないからちょっと奥にしまってるけど。
ピアノとは弾き心地が違うけど、これはこれで楽譜なくてもキーボード光ってわかるのも楽しいし、音を変えられるのも面白いしいいよね。
「ありーがとーう、ありーがとーう、の『う』の部分でここを押して、こぉの感激―をいつまでもー、の『も』の部分でここ押してね。一回ひくね」
「……ふむ」
「タイミングわかった? まずやってみよっか」
「う、うむ。よかろう」
ぱっと手をどけて動画上でもちゃんとシロが押してるのがわかりやすいようにしたので、ややぎこちないところもあるけど、ゆっくりめにしたので十分曲が分かるレベルだ。
早速撮影したら緊張しているのか一回ミスったけど、二回目でちゃんとできた。シロはやれやれと重労働をしたかのように汗をふいて、その仕草も可愛い。でもちょっと人間くさすぎるかな? ここはあとでカットしよう。
「この動画はちゃーるが実際に届いて食べるところも撮影してからだから明日投稿として、できれば毎日朝夕投稿したいよね。最初だから今日の朝だけ一気にアップしたけど、最低限一本ずつでいいかな?」
「汝の好きにするがよい。それよりそろそろお昼の時間ではないか?」
「え? あー、そうだね」
吸血鬼になってからあまりお腹が減らない。それはシロも言っていたし、朝までは習慣で食べていたけどまだまだすぐお金稼げる目途は立ってないし、気が向くまで一日二食にして節約するのも手かなと思ってた。
思ってたけど、最初はまた食べるのかと呆れてたシロが食事を要求してきたとなったら話は変わるよね。
「ご飯にしよっか。なににしよ。あ、折角だし動画とろっか。んー、ホットケーキとかどう?」
「む。わらわもケーキは知っておるぞ。白くて綺麗なやつじゃろ」
「それはまた後日ね」
「む? もしやケーキには種類があるのか?」
「ありまーす」
と言う訳で人間バージョンの撮影始めます。
○
『どーもー、こんにちはー。新人吸血鬼のアカでーす。今日は先輩吸血鬼のシロとホットケーキをつくっていきまーす』
『お、おい。まだ台本をもらっていないぞ』
どこにでもある台所を背景に、二人の美少女がいる。笑顔で挨拶をするアカに、シロは慌てたようにわたわたしながらアカの肘をひく。
『そんなのしてたらお昼遅くなるじゃん。晩御飯なくなってもいいの?』
『それはこまるの』
『こちらがホットケーキです。じゃじゃん。念のためメーカー名を隠してます』
カメラに手がのばされ、二人がフェードアウトしてから順に材料がうつされる。ホットケーキミックスらしき赤い袋や牛乳パックにはモザイクがかけられている。
カメラが瞬間的に定位置に戻ると、シロが興味深そうに赤い袋を持ち上げる。
『この茶色いのがホットケーキか。パンに似ておるの』
『まあ、似てます。小麦粉使ってるとことか同じだし。ではでは、レッツクッキン!』
シロに教える形式でホットケーキミックスがつくられる。と言っても大雑把ですべて目分量の適当な生地作りが二倍速で流れる。
「はい、というわけで焼いていきます。シロ、頑張って」
「う、うむ。あっ」
「こぼしても大丈夫大丈夫。後で拭くから」
「そ、そうじゃな。よしよし。うまく丸くひろがったの……もうひっくり返してもいいのかの?」
「早い早い。表面がぷつぷつしてからだよ」
「なんじゃその不気味な表現は」
「えぇ……」
焼き時間中、シロが顔を寄せたり端っこをツンツンしたりするのが二倍速で流れ、アカにシロがヘラを渡したところで通常再生に戻る。
「周りを一周して軽く剥がしてから、下にいれてひっくり返すんだよ」
「うむ……ちょ、ちょっと一回、見本を見せてくれ」
「え、うん。りょーかい」
と言うわけでアカがひっくり返す。問題なくひっくりかえっていい焼き色だ。
「ほう。なるほど。わかった。次はわらわの妙技をみせてやろう」
そこから二倍速で、一つ目をお皿にうつして二枚目を焼き、ひっくり返せる段階にきて戻る。やるき満々でフライ返しを振りかぶるシロ。
「ゆくぞ! んにゃ!」
「おっ。いいじゃん」
「……慰めなどいらん。これは、失敗じゃ」
「えぇ。いや、別にちょっと折れたくらいいいでしょ」
シロを撫でて慰めながらも二倍速になり、バターをのせてはちみつをかけたホットケーキが大写しになり、場面転換して挨拶動画の隅にでてきたテーブル席に並んで座っている形になる。
「ささ、シロ、人生初ホットケーキをどうぞ!」
「うむ」
両手をあわせて「いただきます」をしたところで通常再生になり、シロが食べるのを見守る流れになる。
「うむ! うまい! なにやら花のようなよい香りもするし、ふわふわで、これは野生にはない味じゃ!」
「わーい、と言う訳で昼食作りは大成功でした。まだ猫バージョンのシロを可愛がる以外の動画の方向性が決まってないので、リクエストとかあったらコメントしてね。それじゃあまた見てねー」
動画はシロが美味しそうに食べているまま終わった。
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