27話 不死ノ石

 ああ、そうだ。

 思い出した。

 死とはこれだ。

 他の種族は、そのことに気付くことすらない。

 ただ変わらぬ日常の中で、強い日差しを浴びて昼寝をするがごとく、安らかな死を迎える。

 心地の良い光に包まれて、還って逝くのだ。

 羨ましい。そんな感情すら懐かしい。

 ある者は、麦を狩り、市場ヘ向かう途中だった。

 ある者は、父ノ背中で寝息を立てていた。

 ある者は、川で汲んできた水を壷に入れ、夕食の支度を整えていた。

 ある者は筆を手に取り、紙にこう書き記していた。


『我が師よ。五度目の実験で、このような報告ができることを誇りに思う。遂に、私は成し得た。鬼の角を鬼の娘からその命を奪うことなく、取り除くことができた。私は師から教わった通りに、目に映らない小さなけがれの存在に気を配り、患部を腐らせることなく、施術を完遂した。大きな飛躍だ。この医術が大陸へ普及すれば、鬼は自らの意思を持って角を切り離し、やがて魔女の手から解放される日が訪れるだろう。選択と自由を。私の思想を導いてくれた偉大なる師、蘇生の魔女へ感謝を込めて』


 その願いは叶わなかった。

 全てを焼き尽くすからだ。

 誰ひとり、生き残る者はいない。


 私を除いて。


 私はまた冷たい土の中で、誰かが見つけてくれるのを待つ。

 コレが呪いだ。

 死を奪われた呪いなのだ。

 そんなことを、何万年と繰り返す。


 誰でもいい。


 私に寿命を与えてはくれまいか。

 私はあなたに言葉を授けよう。


 世のことわりを、自由にできる言葉を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る