6話 骨を拾う魔女
私には家族がいた。父母と、二つ離れている美しい姉だ。もう二十年も前の話だ。私たちの暮らすロネルと呼ばれる町は、行商人の往来する豊かな町だった。町医者だった父が家計を支え、母は姉と私に精一杯の愛情を持って接してくれた。私は本好きの物静かな少年で、反対の性格だった姉は闊達でよく笑い、よく怒り、感情を表に出すのが得意な人だった。母は私に物語を読み聞かせてくれたし、姉は母から料理や刺繍を学んでいた。誰の目から見ても、私たちの生活は幸福だった。
あの日までは。
東部にあるロネルクス通り一帯に審問調査が入ったのは、私がまだ六つの頃だ。鎧で身を固めた国の兵たちが、みな一様に松明を持って、通りの家々を取り囲んだ。魔女の疑いのある者はみな張り付けにされ、町の中央広場で焼かれた。父もその一人だった。人々は見えない恐怖に支配されていた。
そこから不幸への転落はいとも容易かった。母は病気を煩い、何かにとり憑かれたように教会の外をさ迷うようになって、まもなく命を絶った。姉は亡き父の裁判費用の肩代わりをして貴族に買われた。私は姉を買い戻すため行商人の馬車に乗せてもらった。
故郷を離れ二年が経った頃だ。風の噂であの町は滅んだと聞いた。私は急いで故郷へ戻った。そこで目にしたのは、かつて故郷だったはずの、いまは朽ち果てて何もなくなってしまった、果てた大地であった。風が吹けば砂塵が舞い、夜には一つの明かりも灯らない。緑は枯れ果て、人や家畜どころか鳥すらも寄りつかない。私はそこで干上がった川の窪みと、骨組みだけになった教会を目印にして、我が家の場所を特定した。民家の焦げ跡が点々と続く通りを眺める。その通りの先にあったはずの貴族の家もみな姿を消していた。
私は空っぽになった。姉を取り戻すという唯一の目的を失い、生きる気力さえも沸いてこなかった。
どれほどの時間が流れただろう。
誰もいないはずの呪われた町跡で、一人のあるいは一匹の魔女と出会った。背骨が折れ曲がり、子供だった自分と背丈がほとんど変わらないその魔女は、苗を植えるような格好で、そこら中に転がっている骨を拾い集めていた。巨大な風呂敷を引きずりながら、そこに一つ一つ骨を収めている。不思議な光景だった。
私たちは必然、言葉を交わすようになった。口数は少なく、言葉と言葉の合間に長い沈黙が訪れることがよくあった。しかし嫌な気はしなかった。祖母が生きていれば、こんな感じなのだろうと素直に受け止めた。
魔女は哲学が好きだと言った。その話は自分には難しいものもあったが、どこか魅惑を帯びていて、私の心を次第に引き付けた。神に裏切られたと感じていた私を、魔女は頭から否定した。神などはいない。あるのは古来より続く正しい史実のみだと。人は生まれて死ぬのではない。死んでいるのが当然だったにも関わらず、誤って生を授かってしまったに過ぎない。生まれた瞬間から罪を犯し、生という地獄の罰を受けているに他ならない。死は救いだ。不幸ではない。死は恐れるものではない。みな死という救いを覚えているはずだ。生まれる前に思いを馳せてみよ。死はいつだって歓迎してくれる。祝福を与えてくれる。そこに苦しみは一つもない。
ときに冷たく突き放すように、しかしなぜか救済的で、概ね真実を語り、その話は抽象的でもあり具体的でもあった。魔女は親切にも様々なことを私に教えてくれた。太古の魔人が生み出した言葉の
哲学の魔女は去り際にこう言い残した。
「いずれ言葉の刃が牙を剥き大樹の葉を枯らすだろう。未だ止まない戦争の辿る未来は悲愴に満ちるはずだ。ひとりでも多くの民を救済するため、儂は骨を海へと戻して、虚無の楽園に花を添えるさ。おまえが骨になったら友のよしみだ。必ず拾い上げて、海へ捨ててやる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます