【 大切な思い出 】


 大学受験の前日。

 私は最後の受験勉強をするために塾へ向かっていた。

 その途中、道路の向こう側へ渡るために、いつもの歩道橋を上って行く。


 階段を上りきったところで、向こう側から歩いてくる人影に気付いた。

 背の高いブラウンの髪に染めた、鼻がシュッとしたイケメン。


 そう、彼、ミントだ。


「よう、アズ。これから受験勉強か?」

「ええ、そうよ。勉強しなきゃ、合格できないから……」


 私は下を向きながら、彼とのあいさつもそこそこに、足早にその場を立ち去ろうとする。

 すると、擦れ違い様に、ミントが私の持っている『アレ』に気付いた……。


「あっ、アズ。それ、まだ持ってたのか?」


 思わず私の足が止まる。

 そう、この鞄に付いている猫のバッグチャーム。


「そうよ、悪い……?」

「い、いや、そうじゃないけどさ。まだ、持ってるんだって思ってさ……」


 ミントの鞄をチラリと見た。

 彼の鞄には、アレが付いていない……。


 私はそのことに、急に腹が立ってきた。


「ミントは付けてないんだ……」

「あ、ああ、今日は付けてないな……」


「今日は? 笑わせないでよ、いつもでしょ。捨てたんだよね。私たちの大切な思い出を……」


「アズ……?」


「もう! こんなものなんていらない!」


 私はそう言って、鞄に付いている猫のバッグチャームを引き千切ると、歩道橋の上から、この曇り空へと放り投げた……。



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