第24話 休息

 俺、結城ヒデオは今、信じがたい光景を目の当たりにしている。


 場所は、先日からの修行で見慣れた形の、ドアと壁と屋根以外にはものが数えるほどしかないあのログハウス。

 その数えるほどしかないものの内の一つであるベッドに俺は横たわっていたわけだが、また別の数え(中略)である簡易キッチン(キッチンと言っても水道すら通ってないので、排水溝、一応物が置けるスペース、霊力で動いてるらしいコンロ、箱詰めの食材くらいのものだ)の前に髪を結んだアリスの背が見え、コツコツと板の上で野菜を切る音が聞こえ、煮込まれたスープのコクのある香りがただよう。


 そうか、気付いたぞ。

 これは夢の中で、俺とアリスが結婚した後のシチュエーションなんだな。なるほど......。

 いやーこれは何というか、ねぇ?もしかすると、予知夢なのかもしれんし、ねぇ?なんなら正夢かもねぇ?そうきちゃうかーって、ねぇ?

 そんで俺がのっそり起き上がると、アリスが気付いてこちらを向き—


「ああ起きたか。“黙って”そこに座っとけ」


 ヒェッ。


 俺はきちんと“黙って”、二つ椅子の付いた小さな円形木製テーブルの席に着いた。

 あれれ、これ夢じゃなかったかな〜?なぜか汗止まんないなここあっついんじゃねーの全く椅子に掛ける手も震えててててあわわわわー(°▽°)

 俺、何かしたっけな〜?あーそういや師匠の訓練に文句言って、挑戦状叩きつけて、隠してた手札が暴走して粗相したくらいか〜なんだ、そんくらいなんも問題ななななガタガタガタガタI(⁰▿⁰)I


 コトッ......


 アリスの料理を運ぶ手はあくまで穏やかだ。

 表情は、怖くて見れないッ。


 ガタッ!


 アリスがテーブルの席に着く。一言も発さず、料理に手をつけようともせず、俯いている。俺もきちんと黙っている。


 沈黙。






 パァァン!!!


 思いっきり平手でテーブルを叩いた音だ。大丈夫、俺は動揺なんてしてぁいなななななないひっぐ(;▿;)めちゃんこおこだよおほほほほ(;。;)


「早く食えよ」


 アリスが俯いたまま冷たく言い放った。

 ハヤククエ.....?ハヤ/ククエ.....?ノンノン、ハヤク/クエ......。あ、はい、

「いぃ、いただきます」

 これは優しさなのか.....?ともかく、俺はすごく腹が減っていたから、非常にありがたかった。あれだけ激しい修行の後だからな......。

 ビビり散らかしてるのによく食いもんが入るなって?そらぁ、そういうもんだ。人間、腹が減ったら食うさ。


は知らなかったんだよな?」


 “あれ”.....?


「呪符から出てきたやつのことだよッ!」

「あぅ知らなかった知らなかったですすいません知らなかったんではい知らなかったと思います」

「ふーん......」


 再び沈黙。アリスはまだ料理に手をつけない。俺だけ食べてるのめちゃくちゃ気まずいけど、食えって言われたんだからしょうがない。


「許す......」

「え?あっ......ええと」

「許す!!」

「あっハイ」


 許すってつまり許すってことだよな、そうそう許すんだなこれは......え?許された?


「あたしには、それが何者なのかわからないし、それがあんたとどういう関係なのかも、ちょっとでも理解することすらさせてもらえない。そうだろ。それでいいよ。だけど......おい」


 ビクッ。俯いていたアリスが顔を俺の方にまっすぐ向けてきた。


「あたしの目を見ろ。」


 俺も食事の手は止めていた。刺すような眼光を前に目をそむけたくなる感覚に逆らって、じっと見つめ返した。やっぱそむけたい。


「あたしのことを信用してるか?」


 ちょっとギクリとしたが、そうか。ようやくわかった。今アリスは不安なんだな。怒ってるというよりはそれだ。

 『槍司とレイは知っている。』あの忌々しい幻影の言葉が引っかかる。まあつまり、俺にはわからんような色々なことが合わさって、もういつもの自信と傲慢じゃあ取り繕えないくらい、不安になってるんだ。

 それなら答えは一つしかないじゃないか。


「もちろん!」


 これ以上の答えはない。付け加えることもない。俺は自然と右拳を強く握っていた。

 心なしか、アリスの表情が少しだけ緩んだ。


「なら、あたしもヒデオを信じる。」


 穏やかな声だった。

 俺の心の中で、いじらしい哀しさを包括した暖かい風が吹いた気がした。悪くない心持ちだ。

 アリスがこうも心の脆さを露呈するのは、驚いた。と同時に、仲間として認められた気がして嬉しかった。


「二言はねぇからな!」

「あっハイ」

「何ボケッとしてんだ、早く食え」


 何だろう、この心が満たされた感じ。何もかも上手くいかなくて理不尽にお叱りもくらってグレてたら急に温かいご飯と「ヒデちゃんが幸せならママも幸せだよ」みたいな言葉かけられた、みたいな幸せ感。この木に囲まれた空間も、ちょっとええ雰囲気に見えてきた。ひとまず、仲直りできたってことでいいよな.....?

 てか、何気にアリスが携帯食以外を食べる姿を直視したのはこれが初めてなんだが、その所作のなんと丁寧で上品なことか!スプーンを口に運ぶところとか美し可愛い過ぎて一生見ていられる......今は直視する勇気は無いがな。




 しかし、実際は何だったんだ?

 俺のこの世界での切り札、結城家の印章についての手がかりは『あらゆる幽なるものの邪気を發す』だったはずだ。これじゃあむしろ邪気を生み出してしまってないか?以前、悪霊を怯ませたあの光には、禍々しいものは感じられなかったが......。

 何とか使い道を見つけないと......。もうあれを呼び出すわけにはいかないとしても、この切り札なくして俺は生き残れないぞ.....?畜生、なんで幻影のクソ野郎は、肝心なことをろくに教えてくれないんだ!




 そこからは特に会話もなく、俺たちは食事を終えた。皿洗いを手伝うことになって、貯水タンクからの水の出方がやたらなのに苦戦していると、アリスから意外な話が持ち出された。


「ヒデオ、お前も来週から任務にあたってもらう」

「に、任務?」

「相手は<ヒマワリ>の重要人物、場所はキジ町の私立高校の地下、イデアルについての情報を掴むチャンスだ。まあ、あたしも一緒に行くし、来週までにみっちり鍛えてやるから安心しろ」

「りょ、了解!」


 私立高校の地下に悪霊?<ヒマワリ>の重要人物?

 さっぱり検討がつかないが、これは......


 厳しくなりそうだなッ。

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ヒーローの心得 ライリー @RR_Spade2

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