第22話 今度こそ修行

『君らしくないねw。僕に助けを求めるなんてw』

(地平線を除いては真っ白い空間の中に、僕の幻影が立ち上がる。)

口を慎めよ。霊世に来ようと言ったのはお前だろ。お前だって、僕と一緒に素性のわからない連中に騙されて消えたくはないだろう。

『そんな強がってもさ、君が焦ってるのは手に取るようにわかるんだよ、僕には。レイが裏切ったことがそんなにショックかい?やつを信用する方がおかしいだろう?会った時から何考えてるかわからないやつだったじゃないか。』

まだ裏切ったとは限らない。

『甘いね、友達を信じる心はご立派だけど、そいつの計画に利用されてポイって捨てられても同じことが言えるかな?やつにとっちゃお前なんて、導線に火つける為だけのマッチ棒に過ぎないのかもよw』

僕は結城家の人間だ。もしそうだったら、レイは結城家を甘く見過ぎていた、というだけだ。さしあたって俺がやるべきことは、霊世に来た時から変わらない。この奇妙な世界の正体を見抜くことだ。結城家の末裔である僕が、おそらくこの世界で人間と悪霊の因縁を断ち切れる唯一の存在だから。それに集中すれば良い。

『フン...... そういうところは君らしくて良いと思うよ。そうさ。、だったな。』

これは、奇しくも結城家という刻印を押された僕に与えられた使命であると同時に、僕の命を賭けた勝負でもある。もちろんお前の命もだ。

『ハハ、僕は別にそんなケチじゃないんだ、そんな脅さなくっても手くらい貸してやるさ...... むしろ、その力を正しく使えるかの心配をするべきだよ(苦笑)』

......。

『おい、とことんつれないな.......それより、僕に聞きたいことがもう一つあるんだろう?』

(僕は黙っている。幻影の朧げな眼をじっと視る。幻影は笑うようにゆらめく。)

『君が戦った“悪霊”とかいうやつ、まあ霊世に来て初めて見たわけじゃないけど、それがって言いたいんだろう?それに。』

......僕は現世では悪霊を見ていない。

『おっと、果たしてそうか?初めて悪霊と戦った時は妙に慣れてたねえ。それから霊世に来てから僕に距離をとっているのは気のせいかい?昔はよく泣き言を聞いてやったのになあ。』

......。

『ははっ図星だろ?......どうした、そんなに震えて?』

......元からお前のことは嫌いだ。

『wwwww そりゃどうもwwwww 』




「ボケッとすんな!」

「ギッ」

グゥ...... 蹴られすぎて腹筋強くなった気がする。毎日山菜とキノコと猪肉のコショウ炒めとという非常食に使われるらしい穀物を毎昼毎晩食ってたからなあ、栄養はばっちりだが米が恋しくなってきた。それからマ◯クのバーガー食いたい。そういやグラコロの季節も近いんだっけ。くあーつれえ。 


 俺たちがいるのはハジオ山。前師匠の家を紹介したが、そこはキジ山、秋になれば紅葉が綺麗で観光客が来たり来なかったりくらいの普通の山で、霊国政府とホロポリスと元俺たちの拠点があった中央街から徒歩で2時間くらい東に行くとあるカゴ山脈の中の一つ。何故そんなに距離が明確にわかるかというと俺がシキョウと対峙したあの山もカゴ山脈の一つで(悪霊に遭遇したのはあくまで非常事態で、普段は一般人も来るのだ)そう考えるとカゴ山脈は日本の飛騨山脈に似ている。とすれば中央街は...... 岐阜?すまん行ったことない。

 まあそんな話はどうでもいい。大事なのはハジオ山がそういった比較的穏やかな山とは違うということ......

「ヴォウウウゥ!」

「ギャッ」

生き物ならざるものが跋扈しているのだ。




「お前はそんなこと考えてなくていーんだよ、弱えんだから修行に集中しろっ」

バコッ。それはハリセンではなく竹だね。しかも一撃で割れるとは。

「俺はレイに言われてこの世界に入ってきたんだ、そのレイが殺しに来るなんて話が違う!考えないなんて無理だろ」

アリスは2mもある大剣の刃の具合を確かめながら、少しの間考えて言った。

「フン...... まさか『まだ争うつもりはない』、って言葉が引っかかってんのか?」

俺は頷いた。

「あれぁ『<ヒマワリ>』と、て意味だろ。気に食わねーけどあたしたちはあの野郎レイの配下だからな。<ヒマワリ>をぶっ潰すにもあいつの命令がなきゃ動かせてくれねーってわけ。じゃなきゃとっくにおっぱじめてるよ」

そう言うと、アリスは大剣の峰でパシパシと地面を叩いてから、剣先を俺に向けて、

「ほら、休憩終わりだ」

う〜ん。上手く躱されたな。




 俺のこの修行の目的は、「とりあえず戦えるようになること」だ。振り返ってみると、俺が戦いで成功したことと言えば“回避”のみである。そりゃそうだ、武器の振り方知らないんだから。槍って本当にむずいんだよ!?しかし問題はその戦闘ド素人の俺が昨日標的にされたということである。勿論武器の振り方とやらをみっちり叩き込まれるべきで、それで武器の扱いに最も長けているアリスが俺のコーチに就いたのだ。しかし、俺の場合それよりも手っ取り早く「戦える」手段がある。それが、結城家の印章入りの、紙のお守り。俺が最初に悪霊と戦ったとき、眩い光を出して敵を怯ませたあれである。これはただの紙切れではない!しかし使い方は知らない。『あらゆる幽なるものの邪気を發す。』手掛かりはこれだけ。と思いきや、アリスに心当たりがあるらしかった。

『ふーん......呪符みたいなもんじゃねえの?使ってるやつ見たことあるぜ。槍に付けてみ』

『おう......特に何も起きないけど』

『そうでもねえよ。べっとり貼り付いてる』

『おお!』

『じゃ、試しにってみるか』


そして現在。

「ウオオオオオオオオォォ!」

生き物ならざる死犬ゾンビに追われている。

「逃げてんじゃねーヘタレが!」

「オオオオオオオォォラァ!」

「竹倒して凌いでも無駄だぞ!」

繰り返す。俺は武器の振り方を知らない。




「あれぇ、もう疲れちゃったのぉ?」

 背中を向けた状態から、頭が地面につくほどのけ反って、大の字に倒れた俺の顔を覗き込む。俺は結局一撃もまともに死犬に攻撃を入れられず(ちゃんと努力はしたんだ、2回かすった)、激励としてアリスに背後から強烈な蹴りを入れられ、うつ伏せになった状況からのこれである。それから空々しく目線を右上に向けて(見えてるのは地面なんだけど)、

「頑張ってるけど上手くいかなくて、それでも自分なりに考えて必死に鍛練......その末くたくたに疲れ切った後輩をねぎらってやるのはぁ、心優しき先輩の務めだよねぇ......」

なんて中身のない言葉。その最中に鉄を引き摺るような音が聞こえて、俺の体は条件反射的に動いた。

「アタシは優しくないけどね!」

アリスはのけ反った姿勢のまま地面を攫うように剣を振り払った!風を切り轟音が鳴る。俺は辛うじて飛んだ。ここ数日の修行で学んだことだが、アリスが空々しい顔をした時は要注意、鉄の引き摺る音が聞こえた時は直ちに回避の体勢に移らなければならない。この女の辞書に情けという文字は当然無い。そして絶望的なことに、この女の身体能力は常人のそれを遥かに超えている。

「ハアッ!」

高速で振り払って右に逸れた大剣が瞬時に俺の背後に戻り、弾けるような衝撃と共に俺は木の上、虚空に浮かんだ。そして半回転でうつ伏せになりつつ落下、から声がする。

「今度は肋骨後ろから折ってみよっか♡」

ギャァァァァ......


い......いくらなんでも理不尽だ......

「もーあったま来たぞさすがに!なんでイヂメられながら修業しなきゃいけねーんだよ!」

「そりゃ勿論お前が弱いから」

くぅーーッ!なぜこんなに清々しいほど性格クズなんだろう...... それ以外はサイコーなのに!俺を見下すそのお目目!可愛い!結婚したい!違う違う、くそぉーー!

「それと、もう一回文句言ったら、次は膝を逆に折ってみるね♡」

まるで他人を人形扱い...... 罪悪感ゼロで人体実験...... 確かに回復の感覚が現世と違って後遺症は無いし、折り方が上手いからすぐ治るが...... そういう問題じゃねえ......!痛みを支配せし大悪魔......!一体どう育ったらこんな娘に......!

 と表面では考えつつ、俺は一つの悪魔的プランを思い付いていた。悪魔様、サタン様、アリス様!サイコーなあなたに今からサイコーのショーを捧げます!

「......文句なんて滅相もございません......」

「あら、お行儀良いわね、それじゃあ再開しますか」

「その代わり、隊長に一騎打ちを申し願う!」

沈黙。その後アリスがゆっくり振り向く。

「......は?」

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