第19話 沈む

 被り物を取ったシキョウの顔は、異形だった。ヒトの頭骸骨の目から黒い蛇が2体、真っ赤に染まったゾウの鼻、口は薔薇の花びらを出鱈目に貼った様だ。ドラマなんかでよく見る、刃物や爆弾を持った犯人をを前にして、足がすくんで動けないってやつ。あれがよくわかったよ。手足なんて初めからなかったような感覚だ。


グゥゥゥゥゥン。


 赤い宇宙の背景が音を立てて遠ざかり、シキョウが拡大する。体がやけに重い。こんなものは錯覚に過ぎないのかもしれない。なら俺は一体何をすればいいんだ?

「......結城家の人間だと......有罪!貴様モ死刑ダ!粛清ヲ受ケ入レヨ!!」

なんて理不尽な裁判なんだ......とか考えてる場合じゃないんだが.......ああ、わかんねえ......あ、わかった......

 俺は横に転がった。なんとなく地面ぽい部分と空洞ぽい部分が分かれているのがわかった。俺は空洞ぽい部分に転がっていく。

「貴様.......自ら奈落に沈むか......憐れ......粛清のみガ救イダト言ウノニ!!」

 そして俺は落ちた。赤い宇宙がどんどん上に移動していく。やがて何か柔らかいものにぶつかるが、それは突き破れて俺は更に落ちる。すると視界に森が戻ってくる。

「うわああああ!」

ドスッ。

「ウベッ!」

落下したところをアリスに受け止められ、という体で蹴りを入れられ、俺は無事戦闘不能になりました。テレレレトゥ~ル~♪

 俺の作戦は、体が重く感じたのはあの空間自体が上昇しているからじゃないかという思いつきだ。エレベーターが上昇し始めるときのあの感じだ。もしあの空間がトレーニングキューブみたく閉じたものならばそれまでだが、もっと柔らかいものに見えた。とはいえ、落ちてる時は生きた心地しなかったぜ。

 赤い空間は森の上に浮かんでいたが、それも落ちてきた。そして空間が消え去り、シキョウが現れた。もう力を使い果たして動けない様子だった。

「さて、終わらせるか」

アリスはシキョウのあのグロい顔に手を当てると、シキョウは煙のように消えていった。よく見ると被り物を付けたシキョウは別にいたが、槍が刺さったままで、抜け殻のように動かなくなっていた。

「槍司には『薙ぎ払え』って教わったと思うけど、やり方は色々あるのよ......まあ追い追い話すわ......ともかく、よくやったわ、君たち......」

 俺は危機を脱して安堵した......じゃなくておかしいな......アリスがこんな礼儀正しい話し方するなんて!

 そう思っているとどこかからか知らないイケボが聞こえたのだ。

「ああ、無事だったかい、アリス!」

「ああ、やっと会えたわね、ダーリン♡」

ダーリン?

馬車に乗って、身なりの良い若い男が笑顔でやってきた。視線はアリスに釘付けのようで、こちらには見向きもしなかった。アリスも当然ダーリン♡を見ていた。

「おい、ミシル、どーいうことだこれは」

ミシルは肩をすくめて首を振った。

 若い男は馬車から降り、アリスを抱擁し、一言二言リア充語を交わした後、手を繋いで馬車に乗って行ってしまった。俺たちを置き去りにして。

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