第18話 紫電・始
男の姿は、俺が今まで見た中で(CGとかは除いて)最も異質なものだった。右頬から前顎にかけての赤黒い傷跡、真ん中が深く切れた瞼、真っ黒の唇、はだけた右肩から前腕にかけての、怪しく鈍く光るタトゥー。普通なら一眼見ただけでゾッとして逃げたくなるだろう。しかしそれよりも驚きなのは、男が本当に悪霊を飼い慣らしているらしいことだった。
「なあ〜今回はやめとこうぜシキョウ〜?おいらまだ死にたくねえよお〜」
男がシキョウと呼ぶその悪霊は、鷹の被り物に銀の冠、宣教師のような白いロープと黒い手袋という風体だ。それだけなら人間の可能性だってあるだろって?今このタカ男が何をやってると思う?
「クチャクチャ......ペッ」
被り物の口に当たる部分からちょうど指の長さくらいの骨が出てきた。白いロープと言ったが腹部辺りが鮮やかに赤く染まっている......
「うぷっ」
周囲はひどく血生臭く、危うく吐くところだった。
「これを。大丈夫です、すぐ慣れます。」
ミシルと名乗るその従者はハンカチを差し出した。ミシルもアリスもこの匂いは平気みたいだ。
「メシは今さっき済んだだろ?ホントは俺のガールフレンドにしようと思ってたんだぜ」
タトゥー男が場にそぐわぬ陽気な声でシキョウに言った。それからこっちを向いて、右手の甲を顔の横でパッと開き、顎を上げて見下すような格好でこう言った。
「俺の名はデンジャラス・ケージだ!この傷イカすだろ?竜の爪に引っ掻かれて出来たんだぜ!クールだよな⁉︎」
俺は閉口した。この男の口調の軽さは人をイラつかせるものがある。それと何とも言えぬ嫌悪感!
ケージは俺たちの様子を見てヒヒッと笑うと、両手を広げて鎌槍を召喚した。槍の先端まで1m半ほど、片方に三日月型の黒い刃があり、墨のような瘴気を放っている。
「いや〜こりゃ降参ですわほいほいほいほい」
ケージが鎌槍をアリスに突き出した。ちゃらちゃらしてるくせに突きの回転数は高い。アリスは横移動で何なく回避する。大剣は下に構えたままだ。つーかこいつさっきから煽ってやがるよな?
「おーいそこのシブイお坊さんも、隣の...お〜ん...アイドルオタみたいなやつ!こっちこいよ!レッツダンス!」
ん〜。
「俺はオタクじゃねえ!し、その前に言葉選んでる感じうぜえんだよ!その『こう言ったら傷ついちゃうカナ〜』みたいなのはなあ、そっちの方が傷つくんだよ!」
「うわー出たオタクの早口」
「黙れよこの...お〜ん...ヘビロ...」
「ダメですよ!答えては!」
ミシルが後ろから無理矢理俺の口を押さえた。
「おっと、ばれちまったか!ヒヒヒヒ!」
俺はシキョウがこちらを見ているのに気づいた。少し前までうんともすんとも言わなかったのに、被り物の目が赤く光って、掌をこちらに向けている。よく見ると「罰」という文字が赤白く浮かび上がっている。
「ヒャハハハハハ‼︎ おいおい冗談だって、そんな怖い顔するなよぉ、な〜?」
こちらの言葉に反応して攻撃するのか?しかしどういう攻撃なのかの手がかりがない。わからない、タトゥー野郎の動きだって見切れてないのに...くそ、弱気になるな、俺!......ん?
パスン。
何か黒いものがいきなりおれの目の前に現れてから、アリスの剣先によって横に弾かれた。そして1秒と経たずに爆破した。
「あ〜あ、これもばれちまったか〜。ペェッ」
無理だ!ずっと相手を見てたのに飛んできたのが分からなかった!もし見えたとしても今の俺じゃ避けれない!そうだ、言われたじゃないか、アリスが俺らを守るって。俺はただそれを信じて、下手打たないように努力することしか出来ない。
そう考えている内にいつの間にかアリスがタトゥー男のすぐ前まで来ていた。避けながら少しずつ前進していたのか!
「こりゃあ厳しいな!トンズラさせてもらうぜ‼︎」
「逃がすかよ」
ケージは背を向けて走って逃げようとしたが、アリスは回り込んでそれを阻止した。何だ、この移動術は?タトゥーが背を向けた瞬間にはアリスはスッとスライド移動して前に立ちはだかっていた。ステップは踏んでいない。足元に何か淡い紫の雲のようなものが現れては消えている。まるでリフトに乗って移動するような感じだ。
「アリス様は特殊な能力をお持ちです」とミシルが言った。
「この世界の物質はは全て “霊子”というものを含んでいると言われています。私たちの体も服も、木や空気も全てです。私たちは皆、空気中に浮かぶ少量の霊子を操る能力“練空”を持っているのですが、アリス様はそれを人の何倍も操ることが出来ます。それだけ大量の霊子を操れば、空気を動かすことや濃縮することが可能です。
空気は軽いと言えど濃縮すれば人の体重の数倍の重みがあります。それを上手く扱えれば体の一部のように動かして、体重移動によって高速移動できますし、建物も押し倒すような怪力も生み出せます。この能力は極めて珍しく、学術用語で超練空と呼ばれています。」
なるほど...空気が人の体重の数倍...?どんだけ濃縮してんだ...?爆発したりしないのか...?
そういえばアリスは明らかにケージを間合いに捉えているのに、一度も攻撃していない。
「シキョウという霊が先程から動きを見せていないのは妙です。<ヒマワリ>が悪霊と組む際は雇い主を守るように“契約”するものですから。男が危機感を感じていないのも怪しいです」
今はあくまで様子見ということか。膠着状態の中ちらっと見えたアリスの横顔は、いつもとはまるで別人だった。表情が固いことも一因ではあるが、最も顕著な違いは両目の色であった。心なしか紫色の火のようなものが出ているように見える。視点は動いてないようだ。獲物を見据える目をしていた。
槍司から聞いたが、アリスは(見た目通り)海外のいいとこのお嬢らしい。従者は皆アリス“様”と呼んでおり、それぞれ役割がはっきりと与えられているようだ。実際何か物を運んだり掃除をしたりするのは些細なことでも全て従者の役目で、それはいちいち呼びつけなくても速やかに行われる。これは霊国でも普通のことではないのでは?亡霊課は待遇が悪いから尚更だ。なぜそれだけ不自由ない身分ながら、こんな命懸けの闘いを?そういえば、槍司もそうだが、身内の話を聞いたことがないな。
「これは本来訓練の時に教わることですが」とミシルが言った。
「海外では悪霊も単なる亡霊も同じくゴーストと呼ばれます。彼らにとっては邪悪な存在、消すべき対象でしかありません。しかし本来、悪霊とは人々の負の感情が忘れ難い記憶と結びついて死後具現化するものです。ならば我々の仕事は負の感情を昇華させ、それに縛られていた魂を解き放つことです」
負の感情。前に戦ったやつはどちらかといえば怨霊って感じだったが、このシキョウも負の感情が作ったものなのか。戦闘スタイルもそれに対応するものなのだろうか。
「霊国には古くからの慣わしがあります。今から言う言葉を忘れないで下さい—」
『辛苦の現を彷徨う魂よ、行雲流水に理を委ねたまえ。今汝の邪念を祓わん—悪霊退散!』
「これは単なる呪文ではありませんよ。実戦を積めばその意味が少しずつお分かりになりましょう」
俺がミシルの言ったこの不思議な言葉の意味を考えている(勿論最後の四文字ダサいとか思ってないよ、うん)間に、戦況は変わりつつあった。攻守一転して、アリスは間合いをとり、ケージがそれを詰めにくる形だ。そうなると怖いんだが。俺動けないし。マジで信じてるぞ。頼むよ。
「あれ、この二人を守るんじゃ無かったのかなあ〜?串刺しにしちゃってもいいのかなあ〜?あらよっと」
ケージはおどけた格好で右腕を引き、槍を俺の方に突き出そうという姿勢だ。相変わらず舐め切ってやがるが...
「とべ。上に。」
アリスはこっちを見て事務的にそう言った。え?俺?
バスッ。
シュゥゥー。
ケージの槍は俺の寄りかかっていた木の根の方に刺さった。その傷口から木がどんどん死んだような黒に染まっていく。
ヒエェェェ!
守ってくれるんじゃなかったのかよ!ちょっと判断遅れてたら死ぬとこだったじゃねえか!あんな急に言われてすぐ反応できた俺を褒めてやりたいわ!よくやった俺!俺すげえ!
アリスはその槍の刺さった所を凝視していた。ケージが無防備によっこらせっと槍を抜き出した後もその傷口を見ていた。その時フッと笑みをこぼしていたのを俺は見た。そしてケージの方をゆっくりと振り返った。
そこからが驚くべきものだった。
アリスはケージを足刀の要領で蹴飛ばすと(吹っ飛ばして後ろの木もろとも倒すほどの凄まじさ!)、その直後視界一面が真っ白に光り、その後には既に攻撃が終了していた。ケージが持っていた槍がシキョウの被り物の顔に右から刺さっていた。
「なるほど......アリス様はあの男の持っている槍が霊との“契約”の交渉材料と見たのですね。男の槍を奪ってから霊に突き刺すまでカンマ2.1秒でした。見事です。」
は?もはやチートだろそれ。某海軍大将もびっくりの早業よ、怖いねぇ〜。
「つかどうやって測ってんの?」
「これは私特製のストップウォッチでして、動画を撮っておいて、静止画を2つを選択することで、その間の時間を正確に測れるのです。精度には自信がありまして、うんぬんかんぬん」
「おう...わかったわかった」
アリスはじっと敵の様子を見ている。ケージは木と共にぶちのめされ、シキョウは槍が刺さったまま動かない。これで終わったのか...?
フォン。
俺の周りに赤い宇宙の壁が立ち上がる。俺が行動を起こす前にそれは完全に俺を覆い、地面のない宙に、被り物を取ったシキョウの姿が見える。
「これより審判を下す」
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・今主人公がいる世界にも国が存在し、霊国は現世で日本にあたると思ってください。アリスは外国人ということです。
・練空はこの世界では歩き方を覚えるように自然と身につく技術で、個人差は多少ありますが、アリスはその個人差の範囲を明らかに超えています。その為超練空という名前が付いています。霊子について研究することはこの世界を研究する事にあたるので、超練空は立派な研究対象です。
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