第17話 二つ名

 朝の6時。

 場所は隊舎を出て通りの脇の小径をずっと行った先の廃工場。俺が初めて悪霊と対峙し、逃げ回ったところ。

 そこにいたのは槍司ではなかった。

「おい遅えなぁボサボサ野郎!」

我が部隊の隊長アリス様が、どこから持って来たかアンティークな椅子に座っていらっしゃる。今日は緑のドレスセット。お美しい姿で肘掛けに肘を、それはもう椅子の右片方を押し潰さんばかりに押し付け(というのも新品らしいのに肘掛けが傾いてる)、拳の上に頬を乗せて、相当お怒りのご様子で。側に従者もいる。マシルじゃない別の。

「こんなクッセェとこで待たせんな、6時集合つったろ!」

「え、隊舎を出た時は5時40分くらいだったはずで...」

「バカか、アタシの馬車と朝食用意して、出迎えた上で出発するのが6時だろうが」

全然聞いてない話だなあー。いやこの人の理不尽は想定してたけどこれは完全に副隊長の責任ですよねえ。つかどうすればいいんすかこれ。

「なんだ、槍司から聞いてないのか?」

「え...あ、はい聞いてないです」

「そうかあ。ならしょうがないよなあ」

2秒静止。

▶︎そうですよ、あいつがちゃんと説明してれば俺はちゃんとやりますよ!

▶︎いえ、ワタクシが副隊長どのに伺えばわかったはずで、そうでなくてもあらゆる事を想定して行動すべきで、全てワタクシの不徳の致すところで......

前の発言は「俺に非がない」という発言を引き出すための布石とみて、さらに隊長殿が副隊長殿を強く信頼している可能性大とみてプレイヤーは後者を選択!

「いえ、ワタク...」

「言い訳すんなッ!」

うえッ?!...!!、......。

従者が指をパチンと鳴らすと椅子が消え、もう二つ鳴らして馬車がポンと現れた。馬はいない。

「お前が引け」

注:昨日の左脇腹の痛みは健在。

\(^o^)/オワタ


「おい、ヘタレ芋、着いたぞ」

 先程から色々なあだ名(蔑称)を試されて、とうとう人間ではないものに行き着いた頃、俺は満身創痍で第一の責務を全うした。従者も一緒に引いてくれたとはいえ1km以上も引かされて、脇腹から火が出るどころか感覚無くなってきた。つうかなんでこんな遠いんだよ、結局着いた場所昨日の山かよ、なら初めからここ集合でいいだろうよ、ゼーハーゼーハー。きっと全て仕組まれてたんだ、予定調和だ、しかもこれから実戦練習?俺はこれから実際臨終?アハハ...。

「おい、聞いてんのかてめえ」

「へ、へい」

「着いたから止まれよ、そんでそこで休んどけ」

アリスは既に馬車を降りて、従者がいる木の下を指差した。俺はなんとなく気が引けて(空から槍は降ってきてないぞ)狼狽えてしまったが、その心を見透かすようにアリスが続けて言った。

「予定が変わったんだよ、そこで見てな」

ガサガサガサッ...

俺たちはまだ山の入り口付近にいるが、すでに辺りは木と草で深く覆われている。その草の深いところ、山を登る方向からこちらへ迫ってくる音がしたのだ。現世だったらクマか、もしくは山菜を取りに来たおじさんってとこだが、迫る音がやけに性急で、異常さが伝わってくる。

「ああ、一つ言っとこうか」

アリスは音のする方に向き、右手で柄を握るように、左手で剣の形状をなぞるようにして身の丈ほどもある大剣を生成しながら言った。

「アタシが一緒にいる限り、お前の命は保証してやるよ」

草むらから一人の女性が血だらけで飛び出してきて倒れ、その後に霊を引き連れた男が出てきた。

「おーいおい聞いてねえって、“紫電”が一緒に付いてるなんてよぉ」

“紫電”。<ヒマワリ>の者が口にするアリスの通称。槍司はこう言っていた。

『隊長は俺たちの中では別格に強い。悪霊に傷を負わされると回復しても痕が残るんだが、隊長にはその痕が一カスリも無いんだと』

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