第16話 イデアル
※この小説の用語は、物語が進むにつれ修正される可能性があります。変更した際に冒頭で都度お知らせします。
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「イデアルという呼び名はごく一部にしか通じない。俺もレイから教わった。」
槍司はテーブルに両肘をついて手を組み、視線を真っ直ぐ俺の眉間に突き刺しながら言った。今は槍司が依頼とやらを終わらせて(30分もかからなかったらしい、俺は寝てた)、例の小屋、ならぬ霊国政府専用寮(の割に5部屋しかない、うち4部屋はおよそ部屋の体を成していない)に帰って、約束通り霊世について最低限の知識を話してくれることになったのだ。
しっかしもう少し優しくしてくれてもいいんじゃないの?て言うのも、さっき椅子に座ったまま寝たらさあ、元々欠けてた脚の隣の脚がへし折れて(要するに椅子が二足歩行に進化した訳だ)、前から突っ込んで鼻が曲げられて鼻血ブッシャー、背骨ガッチガチよ。追い討ちに椅子壊した戒めで俺だけ立たされてるっつう訳よ。そうでなくても戦闘の怪我で、いやキズは確かに治ってるけど、中身は全然まだ痛いんよ。体を起こそうとするとメチャクチャ痛いから槍司に引っ張って起こしてもらったんだ。
「おい、聞いてんのか」
やべ、睨んできた。
「な、何をそんなキレてんだよ。今は別に休んだっていいだろ」
「休んでもいいが話は真面目に聞け。俺は同じことを二度言うのがあらゆる物事の中で3番目に嫌いだ。」
「では2番目は?」
「アホに死ぬほど下らんボケかまされることだ」
「すいませんでした続きをどうぞ」
目力えげつなっ。さすがに背筋をピンとせざるを得ない。
ゴホン、と勢いよく咳払いして槍司が続ける。
「普通はGGMPという。霊国政府特殊任務許可状。義務教育で習うのでほとんどの人が知っている。だが、実際にどんな形をしていてどう使われるかまで知っているのはごく限られた政府関係者だけだ。当然レイもその一人だ。」
「許可状って言ってもただ紙っぺらに印刷するだけじゃないってことか。えらい霊の力を借りるとか?」
「あながち間違ってないな。正確にはイデアル自体が二つの霊の合体みたいなものらしい。「イド」と「アロ」という。」
「んじゃあ、霊国政府が持ってるんじゃないの?よっぽど大事なものだから俺らには見せてくれないとしてもよぉ」
「そうだったらいいが—あくまでレイ曰くだが—<ヒマワリ>という組織に片方奪われたらしい。それなら政府が悪霊に懸賞金を掛けてる理由も納得いく」
「なるほどねぇ...で、はて、その<ヒマワリ>てのと悪霊って何の関係があるんだ?」
俺がそう言ったところで槍司の表情が険しくなった。
「そこなんだが...まずは基本的なことからだな」
話題は多岐に渡った。場面が来たら必要に応じて説明するとして、とりあえず必要なことを要約するとこうだ。
・当然悪霊だけでなく良い霊もいる。
・悪霊は単独で行動するものもいるが、今では<ヒマワリ>と組んでいるものがほとんどである。後者の方がずっと危険なので、3人以上のチームで任務にあたる決まりがある。
・<ヒマワリ>は薬物や危険物を密売している組織。つまりマフィアだが、悪霊と組むことで政府の部隊に匹敵する武力を持っており、厄介なことに特殊能力(後述)によりアジトの位置情報が不明となっている。政府は密偵を送り込んでいるが未だ有力な情報を得られていない。ただしそれは政府が公表している限りの話。
・この世界は基本現世と同じ暮らしぶりだが、大きな違いとして電気が無い。当然携帯電話等も無い。そのかわりこの世界の住民は空気中に漂う霊子をある程度操る能力を持っており、それでかなり日常の用を満たせる。いざというときには各々一種類武器を生成することもできる。しかし先天的な個人差はある。
・特殊能力とは、前述の「ある程度」に収まらない能力を言う。槍司の槍を無数に操る能力もその一つである。世の中にはもっとエグい能力もあるらしい。
「ちなみにだけどさあ...」
「何だ」
「いやあ別にどうでもいいことかもしらんけどよ...」
「いいから早く言えよ、気持ちわるいな」
「槍司って...今何歳?」
「17だが」
「ほら思った通りだ、なあ⁉︎ 俺18だぜ、俺の方がお兄さんなんだぜ!」
「くっ、うるせえ、そんなもん気にしてる方がガキなんだよ!」
「ほいきたあ〜!やりぃ、500ホリーゲット〜」
ホルとは霊世の通貨のことである。相場は例えば前に出たファミレスのハンバーグが500ホリー。
「くだらね... はあ?何の話だ?」
「いやあ、マシルと賭けをしててな、まず歳が俺の方が上ってので100ホリー、さらに『そう言う方が』って言ったら400ホリー」
マシルとは、アリスの下僕、俺がアリスに蹴り飛ばされた時に、部屋の隅で黙々と作業をしていた男だ。色黒の金髪ツーブロ、眼は青く背は低いながらガタイが俺の二回りも大きく、威圧感があるが、「今日カラうちニ入るンダってネ、おめでとう!」と言って故郷から持ってきたという花柄のバンダナを5つくれた優男である。
槍司がはあ〜、とため息をついて、俯きながら言った。
「...マシルはなあ、他人に金をもらったら隊長に全部取り上げられちまうんだよ... だから俺が隊長に内緒で必要なものを分け与えてたんだよ...」
「えっ...それは...あ、ごめん...」
「イイんだよ、イイんだよ」
にこやかになだめるマシルと対照的に、槍司は苛立った様子だ。
「いい加減にしろよ!ここはお前がいた所と違う。やる気はあると認めはしたが、ここでは気の緩んでるやつはすぐに切り捨てられるんだ、何なら今からでも...」
なるほどな。槍司の名誉のために言うけどこれは見栄とかじゃない。悪霊ハンターが正式な仕事じゃないから、普段から気を引き締めなければ厄介ごとに巻き込まれるという忠告なんだと思う。確かに俺も多少旅行気分になってた。
「そうだな、悪かったよ、すいませんでした!」
でも、一つだけ言わせてもらおうか。
「俺はこう見えて真面目なんだよ。ズボンのチャックをちゃんと閉めるくらいには」
槍司が下を見る。
・・・。
「え、いや、違う、まあ、なんだ、てか、そこじゃあ... と、とにかく、明日6時集合だからな!」
槍司はそそくさと部屋を出ていった。実は俺が隙を見てちょっと開けたんだが(どのタイミングかわかるかな?)。ふむ、少しずつキャラ掴めてきたな。
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