第15話 ヒロリスト

 間合い差一歩半。体格は2m半超。仕掛けの気配無し。パワーであそぶタイプだろう。ならあえてヒデオと同じ構えでいくか。カエルみたいに膝曲げて、背筋伸ばして...

「うん...?なんか俺馬鹿にされてる...?」

ヒデオのツッコミ。悪いな、別にお前をいじってるわけじゃないんだ。

「オモチャ返セエエッ」

単調な突進。肘は上がって、。重心が不安定だ、方向転換はないだろう。振り下ろし。サイドステップで避ける。

「キエアアッ」

続けてかち上げか、バックステップで避けれる。

「くっ」

とでも言っておくか。誘いは順調に効いてるな、どうだ、そろそろ...

「ァァァハアアアッ」

そら来た、また振り下ろしだが今度は

「フウンッ」

ハンマーを二つに分けた!俺は槍を挙げてガードの振りをしておいた。目も閉じ気味にな。ほら、ミンチにしてみろよ。

「ウワッ⁉︎」

左右に武器を開いた時点でお前のガードはガラ空きだ!ガードの振りでしゃがみ気味に溜めておいた足を使って前ジャンプ、ミンチ攻撃は空気にヒット、そして俺の槍は霊の額に刺さる。アカツキはない。

「ウア...」

ターゲットは吹き飛んだ勢いのまま後退する。途中で木にぶつかるが、木の方が一方的に薙ぎ倒されてクッションのようになり、それを足場にさらに後退する。ここで捕まえていればすぐに終わったが、流石にスピードでは負けるか。

「いいか、ヒデオ。敵をよく観察するっていうのは、攻撃するのを待ってろって意味じゃない。予備動作をよく見て予測しろ。言動や仕草から性格も読み取れ。そしてそれを利用しろ。不安なんて感じてる暇もないくらいにな。」

「す、すげえ...」

ヒデオが木に寄りかかり完全に力尽きたような姿勢で魅入ってやがる。

「フン。この程度で感心して貰っては困るな。俺の隊に入る以上はさらに上を目指してもらう。俺が今からここでそれを見せる。」


 さて、ターゲットの方は、金槌(というか棒付きチロルチョコ×2)を捨てて、霊体が凝縮し、白いドレスを着た平均的な幼児の姿になった(しかし依然としておぞましく青い肌と紅い目!)。同じく凝縮しドレスを着た人形を大事そうに抱え、許しをねだるような目でこちらを見ている。俺は動かない。

「このお人形さんはね、」

ターゲットは先程とは違う、落ち着いて人間味のある声で語り始めた。甲高くも海底のような暗さを含んだ、悲しみを喚起させる声だ。

「このお人形さんはね、わたしのいもうとなの。おかあさんのお腹の中からから出てきてね、いつもぎゃーって泣いててね、でもしゃらしゃらすると泣き止んでね、笑ってくれるの...」

ターゲットは抱きしめたまま人形の頭を撫で、頬を合わせた。一瞬、人形が本当の生きた女の子のような姿に変わった。いや、そう錯覚しただけかもしれない。

 ターゲットは空き小屋に顔を向けて、その近くの地面を指差した。

「ここにね、おはながいっぱい咲いててね、きれいなちょうちょもくるの。わたしはね、いもうととちょうちょみるのがすきだったの。でもね、わたしたちがねてるときにね、わたしのうちが燃えちゃってね、熱くって、いきも苦しくなって、しんじゃったの。よそのひとがね、やまでたきびしたからだって、しんだ後に聞いたの...」

 ターゲットは顔を手で覆い、その拍子に抱いていた人形が落ちた。泣いているようだった。それから5分くらい経っただろうか、ターゲットはまた話し始めた。しかし今度は声変わりしたように低く芯のある声だ。

「なんで苦しまなきゃいけなかったのか、わからなかった...それでね、死んだ後母さんに会ったよ...ここからは離れた所に住んでたけど、2年くらいかけて見つけたのよ...なんであの日助けてくれなかったのか聞きたくてね...ちゃんとベルを鳴らして訪ねたのよ、そして母がドアを開けて...私はそれを聞こうとしたけど、母の私と会って第一声が、『ひゃああああー!』てね...頬を手で潰して、口をバカみたいに開けて、バカみたいにうるさい悲鳴...そして奥へ逃げていく...私たちを置いて...ッ!」

 ターゲットは手を外し、紅い目をバチバチと発光させ、歯軋りしながらこちらを見ている。

「あれから100年...今でも思い出すわ...私たちは二人で遊んでただけなのに、『黙れ!』って睨んで...そして私たちを殺して...苦しい死に方で...私たちを!がらくたみたいに!」

ターゲットがこちらへ歩いてくる。地面を踏むたびにドスンと音が鳴る。目は睨んだまま表情はヒクヒクと笑っているようだった。

「お前らがおもちゃになれえエェェェェェェェェッ!」

 ターゲットはこちらに走り出すと同時に、両手に鞭を生み出した。そして、

「ヒデオ!」

「へ...?、うッ!」

左右から鞭を繰り出した。アカツキだ。鞭は風を切る音と共に林を、ちょうど中央で互いにぶつかり捻れた。俺はジャンプして避け、ヒデオにはギリギリ当たらなかった。そしてターゲットはヒデオを見、絡み合った鞭を振り上げ、

黄泉の風ヨミノカゼエッ!」

斜めからヒデオの頭上に向かって放たれた!

チッ、

疾先しっせんの槍、ファウスト!」

振り下ろしの力が鞭に伝わって靡く前に長柄の霊槍で押さえた。アカツキと霊力の衝突による弾きは、槍を放っぽってしまえばいい。鞭は一部分が押し上げられると空転する。

 地面に逆向きに深く刺さった霊槍を解除し、体勢を整えた。想定していたよりも強い。だが問題ない。

「もう試験は終わりにするか。」

「なめてんじゃネえよ、そこのダラシないオモチャは絶対ニ殺シテヤルンダヨォ!」

 ターゲットはまた走って来る。しかしそこには、

「グアッ!」

霊槍が仕掛けてある。ヒデオが戦っている間に準備させてもらった。こうすることでアカツキを防御に使うことが困難になる。その間に俺は敵から姿を消す。

「ク、こんなモノ、グウ...」

「ほら、まだまだあるぞ!」

「グウッ...フンッ!」

ターゲットが捌ききれずになりふり構わず鞭を振り上げたところで、背後から霊槍を薙ぎ払う。

「ウ...」

ターゲットの動きが止まった。やがて鞭が消え、目の光も消え、

「んん、おかあさん...あーちゃん、頑張ったよ...」

そして霊体も霊子となって消失した。



「ふう、終わったんだな?」

ヒデオがのっそりと立ち上がり、膝のほこりを払う。

「いつの間にか傷も治ってるぜ」

「この世界じゃそんくらいの傷なんともねえんだ、慣れれば痛みも気にならなくなる」

「あれ、そういや、何で槍司は武器を何本も使えるんだ?一人一個じゃなかったか...」

「俺は特殊だ。俺は槍に認められ、槍を遣う。無数にな。俺の名は槍を司りし者の名だ。」

「うえーかっけー!ヒュー!」

「お前にも食らわせてやろうか?」

「誠に申し訳ございませんでした。深くお詫び申し上げ奉り候」

「さて。帰るぞ」


 俺は山の下りの道に行こうとしたが、ヒデオは屈んで霊が残した人形を見ている。

「...何もわからないまま死んじまったんだな、そりゃつらいよなあ...」

チッ。

「悪霊に同情なんかするな。悪霊の語ることは感情が壊れて記憶が混濁してるし、何より殺人を愉しむような奴らだ。今までも数えきれないほど殺された。だから...」

そこまで言ったところで言葉が詰まった。ヒデオが泣いていたからだ。

「寂しかっただろ...大事な事実を知らないまま、目的も失って」

「いい加減にしろ!」

無意識に声が大きくなってしまった。しかしヒデオは驚かず、まっすぐこっちを見た。

「悔しいんだよ、助けてやれなくて。祓ってやれば安らかなのかもしんねえけど、その前にどうにか出来たはずだろ!幸せに生きて終われたはずだろ!」

「もういい」

全く、クソみてえな気分だ。

「左手を出せ。」

ヒデオはおずおずと左手を差し出した。俺もタバコ用のナイフを掌に乗せた左手を差し出した。

「小指を切り落とせ。二つとも同時にだ」

「えっ、あっ罰ってことか?」

「自己再生はしないぞ。肉は幾ら切り落としても骨が霊子を纏って再生するが、骨まで切ってしまえば治ることはない。」

「なっなんでそんなことを⁉︎」

「戒めだ。俺は親の顔を見たことが無いが、村の夫婦に拾われて育てられた。丁度こんくらいの村だった。やや貧しかったが、それでも何不自由なく暮らせた。だがな、俺が川で友達と遊びに行ってた間、近くの都市から逃げてきた悪霊が、村のみんなを皆殺しにした。むごたらしかったよ、散々いじくり回されて死んだんだ、何も罪のないみんなを一人一人だ、犯人のツラも見たぜ、嬉しそうにヘラヘラ笑いやがって、悪霊なんかクソ喰らって苦しんで死んで万歳だ!」

クソ、熱くなり過ぎだ。こいつはまだ悪霊を初めて見たばかりだって、そんな話してどうする。

「とにかくだ、二度と悪霊に同情なんかするな、切り落とされた小指を見るたびに思い出せば、俺の小指も切り落としたことを思い出せば、戒めになるだろ」

これは決して行き過ぎたことじゃねえ、命を賭けてんだからな。中途半端な気持ちで悪霊と対峙すれば、それこそ命取りだ。

「なあ」

ヒデオが人形を見ながら口を開いた。さっきと何か雰囲気が違う。とっくに決意を固めているような。

「俺もじいちゃんを悪霊に殺された。多分だけど。俺が死にかけてたのも悪霊のせいだ。」

悪霊に?で?しかしこいつは結城家だった、レイがこいつを呼んだのはもしかして...

「何で俺がって思ったし、憎かったし、記憶のせいで苦しんだこともあったよ。でもよお、そういうの全部ひっくるめて、色々考えてさあ、俺はヒーローになりたいんだよ。人間も亡霊もみんな救うんだよ。馬鹿みてえかもしんねえけどさ、そのためだったら、俺は命賭けても良いぜ。」

言い終わると、ヒデオは拳を突き出し、親指を立てた。

「フン...」

 俺はこいつをみくびってたようだ。レイ、お前の想像なんか超える化け物かも知れねえぞ。

「わかった。合格だ。」

「え、何に?」

「俺の隊の隊員にだよ。」

「うえ、あ、やったー!」

「さっさと帰るぞ。俺には次の仕事もあるんだ」

「イエッサー」

 今日は怒ったり喜んだり忙しない日だった。

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