第14話 初対峙

 1歩、2歩、3歩...

 なに、幽霊たって出てくるとわかってれば怖くないさ。タイミングだってわかるんだ。それにやることは決まってる。この槍でそいつの体を薙ぎ払うだけだ。

 4歩、5歩、6歩、7歩、8歩...

 どうして10歩目で出てくるとわかるんだ?そんなの向こうの勝手じゃないか?素人の槍術なんかで効くのか?あの化け物より強いんだろう?

 9歩...

 考えるな!槍司が、何度も悪霊を祓ってきた先輩が立てたプランだ!それを実行するだけだ...それだけだって...


 ここで、ヒデオが槍司に教わった、悪霊ハンターの基本を説明しておく。

 一つ、霊力によって生成した武器でしか悪霊に攻撃することは出来ない。なぜなら、霊体が特殊なつくりになっており、生物の体を物理的にすり抜けることが出来るからである。霊力による武器には、空気中に漂う霊子を収集・濃縮する機能が備わっている。これにより武器自身が濃縮された霊子の塊となり、霊体に対してもすり抜けることなく攻撃することが可能なのである。ただし破損すると霊子が徐々に散逸し、その機能が失われてしまう。大事に扱うこと。

 二つ、悪霊は体の一部もしくは道具に霊子を凝縮する能力を持っている。その際、その部分は赤く光る。これは業界用語で「アカツキ」「アカシ」「トモリ」と呼ばれる。これは手足の赤く光る様が、怪しげな炎を灯籠に灯したように見える事が由来である。このアカツキと、霊力による武器が接触すると、強い斥力が働く。強度は術者によるが、平均的な成人男性を吹き飛ばすことくらいは容易い。これを上手く利用すること。

 三つ、命のやり取りに例外はつきものである。フィールドと敵をを常によく観察すること。

 ちなみに槍司がヒデオに渡した槍は、柄の部分が接近するアカツキに反応してシールドを自動生成する特性を持っている。


 俺は恐怖に向かっているんじゃないぞ。悪い幽霊を退治しに来た勇敢な戦士だ。刺し違えられて死ぬことも、そりゃああるだろうが、闘いなんだ、仕方のないことだ。いい加減腹をくくれよ、俺。

 10歩...

「うえーん、えんえん、ひっく」

 茂みを抜けると、目の前に小さな女の子が現れた。顔は両手で覆っているため見えないが、特に外見に異常なところは無いように見えた。

「バカやろう、その後ろだ!」

槍司からの檄ではっと視線を上げると、もう一人女の子がいた。しかしこちらは肌が青白い。白い半袖のボロ布を纏い、スカートは色褪せ泥が被った赤色。そこから出る手足はまさにゾンビの如く真っ青だった。そして目は本来白い部分が黒く、黒い部分が紅くなっていた。ハンマーは等身大の金槌という感じで、既に赤く光り、振りかぶって今にも俺を潰す気だ。

 ハンマーは振り下ろされた。衝撃で地面が揺れ、土埃が舞い、30cmほど凹んだ跡が残った。槍司の檄のおかげで反射的にバックステップし、辛うじて避けることが出来た。もし檄が無ければ、たとえ気付いたとしても、立ちすくんでそのまま潰されていたかもしれない。

「構えろ!」

 俺は半身になって、脇を締め、腰の辺りに水平に槍を構えた。もちろん武術の心得などないのでおぼつかない構えだ。泣いていた小さな女の子は今は顔が見える。しかし、そこに顔は無かった。まるで人形のように項垂れている。

「アァれえー?あそぼおよおぉ」

話には当然付き合わない、しかし問題なのはこちらから動けないことだ。この霊、華奢な体つきなのに(そもそも幼い子供の姿)、片腕であの大槌を持ち上げやがる。俺の槍ではリーチも威力も負ける。回避してカウンターなんて器用な真似もできるはずがない。スイングがとんでもなく速くて見切れなかった。となれば、この槍のガードに賭けるしかない。

 槍司によれば、このガードは衝撃を吸収出来る。実験では一般人に使わせて隕石を3回連続で受け止められたらしい。どうやって隕石降らせたのかしら。

 槍司のプランは、このガードで攻撃を一度防ぎ、その後の一撃で決めてしまうというものだ。この感じだとガードは何度も持たないだろう。もしこれが失敗すればに賭けるしか無くなってくる。

「おそいよおぉアアッ」

今度は突進して横に振ってきた。走ってくるのがわかったから何とかサイドステップで避けれた。ん、すこしかすったか...

「痛ってええぇ!」

左の脇腹の肉が削り取られてる!隊服の裂け目から血が滲んでる!くそ、回避は無理か、ガードは振りかぶりに合わせて挑みたかったが、もうやるしかねえ!落ち着け、なるようになるしかねえんだ!

「逃げんなよオォコノ役立タズガアァアアア!」

 そして俺はガード作戦を実行した。予定通りガードは上手く機能し、金槌を受けたにも関わらず無傷で済んだ。しかし、不幸なことに、攻撃は金槌のだったので、俺は槍と共に体を突き上げられ、とてもカウンターを繰り出せる体勢では無くなった。

「ンギィィィィィ......」

もうあれを使うしかない、もうあれを使うんだ。あれ使うんだって、何で出てこないの早く早く早くねええ!

「......ィィィィイハアアアア!」

「んがあッ」


 金槌が俺を地面に叩きつける、前に俺はお守りを。あの紙切れのお守りだ。それは緑色に発光し、光線が金槌霊の頭を貫いた。そして金槌霊と金槌の動きが止まった。効いてる!

 このお守りは、あらゆる幽なるものの邪気を發す...それが唯一の説明だった。聞いた当時はこんな使い方だとは思わなかった。まさかアカツキに触れるギリギリで反応するとは。

「...ンアア?」

お守りの光は消えた。ここが最大にして最後のチャンス。狙うは額。地面に着いた時に足を溜めてある。構えも少ししか崩れずに済んでいる。槍を少し上に持ち上げ左足と一緒に体を前へ、そして足から腰を持ち上げ、背筋から右肩を押し上げるようにして、突く!

「おらあッ」

「ガァッ」

突きは当たった!確かに手応えを感じた。霊力のこもった槍が脳の近くに刺されば、悪霊の動きは極端に制限される!あとは薙ぎ払えば除霊できる。

 ......いや、違った。刺さってない。俺は致命的なミスを犯した。

 アカツキと武器の接触。俺は弾かれて木にぶつかった。霊の方は平然として、突進の予備動作が確認できた。

 もうやれることはないな...

「キャハハハハ!」

 もうやれることはない...ないぞ...早く来てくれって、おい、早く...

『ドゴォォォ...』


 そこには、1m半を超えるハンマーを槍の先端で止め、不敵な笑みを浮かべる男の姿があった。

「とりあえずはいいだろう、下がってろ。反省はあとでみっちりやるから、今は俺の戦いをよく見ておけ。」

女の子の霊は、まるでお気に入りのぬいぐるみを取られたように怒りを露わにした。

「なんで...邪魔しなイデヨオォォ...一人ズツグチャグチャニスルンダカラアァァ!」

「悪いけど、もうお片付けの時間なんだよ」

 槍司は俺を茂みの方まで下がるよう言うと、悠然と悪霊に立ち向かった。


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隊服…保安庁対亡霊部特製の制服。軽いながら斬撃に強い作り。身を守る以外にも様々な機能が付いており、霊子を纏わり付かせたり、気配を消したりできるが、扱うには高度な技量が必要。

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