イデアルを勝ち取れ

第4話 「僕」と誰

2. ヒーローになる


「ぶふっ」

これは僕が初めて書いた漫画を友達に見せた、感想の第一声である。

「なんだよこれ〜!メチャクチャじゃん!」

「飛び出してって負けるのダサすぎ(笑)誰かさんみたいじゃね?」

「『突かれる度に心が救われた』とかシスコンか!いや友達の姉弟やん!」

「どさくさに『彼女』って書いてあるぜ!」

「うわっやべーなこいつ〜!ワハハハ」

僕が書いたヒーローは日の目を見た瞬間にめちゃめちゃになじられて、その眼からは手掴みでくしゃくしゃになった涙が溢れ出した。

「おもしれーだろアハハハッ!はは!」

僕も一緒になって笑い出した。友達よりも大きくて無理な笑い方をした。友達の一人はその引きつった笑みを見て更に笑い出し、まるで誰が長くゲラゲラ笑い続けられるかを競っているかのようだった。だんだん笑うことに疲れて来たので、僕はそこからそっと離れ、窓際の自分の席にすとんと座った。


 僕には大した取り柄がない。将来の夢は聞かれるたびに変わる。何にも熱中できない。そのことが最近切実な痛みとなって僕を蝕んでいる。どうしてこの痛みは消えないんだろう?小学校では書道と水泳。中学では軟式テニス。高校では

硬式テニスの幽霊部員。友達はいるが親友はいない(親友なら僕の漫画を見て笑うはずないもんね)。ところで僕はさっき無理な笑い方をしたのだけど、そのとき果たして僕はどんな感情だったか。怒っていたか、悲しかったか。実を言うとどっちでも無かった。無感情なわけではないのに、空虚でつまらない感じが、ずっと付き纏う。そのくせ落ち着かないという、変な感情が最近の僕を支配している。それはまるで、空っぽだった僕の心の中にけばけばしい色のペンキを否応なしに注入されて、それを何とか吐こうとしているけれど一向に吐けないような苦しさ。こんな心境では当たり前のことすらわからない。例えば「フジキューに行けば楽しい」とか、「飼ってた犬が死んでいたら悲しい」とか、「ゲームのカセットを借りパクされたら腹立たしい」とか、「誰々のボウリングを投げる格好が可笑しい」とか。そんな普通のことすら疑わしい。だからさっきからこんな自問自答を繰り返している。

 漫画を描き始めたのは小学5年生の時だったと思う。その頃は漫画を大量に読んでて、模写というものをしてみたら、自分の絵が案外良いことに気づいた。一度行事のしおりの表紙に絵を頼まれたことがあったけど、その絵を見せた時の友達の反応は薄かった。でもなんでこんな奇妙な物語を描くようになったんだっけ?

「僕はいいと思うよ」

後ろから声がした。顔を向けると、長めの髪が白くて目が黄色い、見たことない少年が後ろの席に肘をついて座っていた。いや、そもそも僕の席は一番後ろだったはずだよな?単純に僕が席間違えただけか?

「えっと、何組ですか?」

「僕は幽霊なんだ。」


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