第3話 嘘と正義と完全無欠
その日からヒーローが友達に会うことは無かった。心の傷が十分癒えた頃、少年がマントの捨て場を探して街中をしとしと歩いていた。この日はよく晴れて、夏らしい日差しが廃工場と彼の影を濃く作った。長い事歩き回って、彼がかつてよく遊んでいた空き地に行き着いた。少年はそこでマントをようやく捨て、どこに寄るでもなく帰途についた。その途中友達の姉に会った。少年はまだヒーローでない頃から友達の家に遊びに来て、彼女には親とともに懇意にしてもらっていた。しかし少年が十三になると友達の家に行かなくなり、彼女とも会わなくなっていた。彼女は彼の姿を認めると、すたすたと寄ってきて問いただした。
「あなたがケイタのヒーローでしたっけ?」
「え・・・うん・・・はい」
「あなたがケイタをいじめっ子から守ってくれたの?」
「うん」
「嘘付くなっ!」
「うえっ・・・いや・・・」
「そもそも弟がいじめられるはずないのよっ!」
彼女は、少年がサッカーボールで化粧鏡にヒビを入れた時よりもずっと恐ろしい表情で彼を睨みつけた。彼の表情は怯えながら妙に白々しかった。
「あんたが仕向けたんだろ!ケイタが学校帰りどこ行くか知ってるのお前だけじゃんか!」
「・・・違うよ」
「違くない!」
「・・・ごめんなさい」
「嘘付き!」
「いじめるつもりとかカッコつけるためではなくて」
「嘘付き!」
「僕が愚かでした」
「嘘付き!」
お互い全く違う性格の顔を突き合わせながらしばらく沈黙した。数秒のような数時間か、数時間のような数秒か分からぬ間、少年も彼女も視線を逸らさなかったが、やがて彼女の顔が引っ込み、下を向き、歯を食いしばりながら相手を包み込みたいような小さな声を漏らした。
「わかってるんじゃん・・・」
少年は強く心を突かれる度に救われるような気分になった。はっとして彼女を見ると、彼女は少年に背を向けて、下を向いたままぽつぽつ歩いていた。杖を失って倒れそうな自分を、雨に打たれた自責の念が足に固まって強く支えた。
少年は、帰宅してからも彼女の言葉が頭にヅンヅン響くのを感じながら、いつになくインスタントコーヒーを一杯飲んだ。疲れた体で飲むコーヒーは香ばしく、強い苦さが少年の目を駄目押しに覚ました。
少年は公園に向かっていた。あの日雨の中何かを見落としていると思った。彼は公園に着くと、砂場と滑り台を通り過ぎて雨宿り用の小屋の中を見た。そこには失くしたはずのマントと、アニメで観たような玩具のヘルメットがあった。マントは、土で汚れたりくしゃくしゃになったところに刺繍が施されていた。
『THE PERFECT HERO』
少年は今何をすべきかを悟った。彼はそれらを抱えてすぐにあの空き地に向かった。
全力で走った。息が切れても走った。友達の家を通り越して走って、空き地に友達の姉と、マントを奪った男の姿を見つけた。男が彼女の持つマントを奪おうとした時、チープなヘルメットを被り、汚れたマントを身に付けたヒーローが男の前に立ちはだかった。男が大きな握り拳で少年の顔を殴った。ヒーローが後悔と執念で鍛えた体でじっと耐えて、すぐさま男の胴体を殴った。男がのけ反ると共に、持っていた携帯機が壊れた音がした。さらに少年が男の頬を殴った。男が少年の胴体を蹴った。少年が頭突きした。すぐさま頭突きを返された。殴った。殴られた。蹴った。蹴られた。殴った。
やがて男が倒れた。ヒーローは右拳を高々と上げた。少女は、彼の呼び名の入ったくしゃくしゃのマントがはためくのを透き通った視線で見つめた。
少年はこの日完全無欠のヒーローになった。
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