第2話 弱気

 この日も友達からシグナルが送られてきた。場所は裏庭ではなく、近くの公園だった。春らしく少し雨が降っていて、ヒーローは現場へ走って向かいながら身震いした。違和感が体に巻きついて気持ち悪くなった。

 ヒーローは到着すると、相手がいつもの不良でないことにすぐ気が付いた。学ランに丸刈りの屈強な男、見るからに年上だった。友達は無事だったが、相手は今にも殴りかかりそうなほどいらついている様子で、一心に友達を睨み付けていた。周りに人の気配は無く静かだった。沈黙を破ってヒーローが現れると、男はいよいよ拳を鳴らして、友達を殴ろうとした。

「フン!」

友達が両腕で頭を塞いだ時、ヒーローはすぐさま友達と男の間に入り、勢いで相手の腹にパンチを入れた。いつも不良を一撃で仕留めるパンチだ。だが、男はその拳を平手で払い、ヒーローに頭突きを喰らわせた。ヒーローはあっけなく倒れた。男は友達が驚き怯えるのを一瞥して、さらにヒーローの腹を呻き声がなくなるまで蹴った後、マントを剥いでゆっくりと立ち去った。

 ヒーローは喋ることができなかった。雨の音と友達の泣く声が公園中に満ちたころ、救急車のサイレンが聞こえてきた。ヒーローは涙ぐんで謝る友達を、雨粒のせいでぼやけて焦点が定まらない様な目でじっと見た。


 それからちょうど2年後。

 また友達からシグナルが送られてきた。場所は裏庭、今度は土砂降り。ヒーローはこの日家にいたが、すぐに走って現場へ向かった。

 いや、すぐではなかった。新しく作ったマントをもって玄関に立ったまま動けなかった。三度目のシグナルが送られてようやく動いた。玄関を出てからは急いで駆けつけるふりをした。あの屈強な男が頭に浮かぶと、足が鉄球をつけたみたいに重く感じた。それに妙に傍目が気になった。男に負けた日以来、外を歩いていると見えないところから笑われているような気がした。この日の土砂降りも、足が竦むヒーローを嘲笑うようにドタドタ音を立て、ナーバスな彼を余計に刺激した。服もマントもずぶ濡れになって身震いした。

 ヒーローは到着すると、裏庭にボロボロで傷だらけの友達を発見した。彼が駆けつけて友達を支えるように屈むと、友達は優しく微笑んで彼を見、辛うじて校舎の壁に背中を寄りかけて、力無く地面に沈んでいく体から最後の気力を振り絞るように言った。

「ごめんね」

ヒーローは、苛立っていた心の奥を雑巾みたいに絞られて、出た汚水を鼻に付けて嗅がされたような気分になった。それらしい言い訳をつくために作った顔はすぐに崩れた。

 友達は続けた。

「僕が弱くてドジだからいけないんだ」

「・・・」

「ヒーローが守ってくれるって思っちゃったから」

「・・・うん」

「ヒーローの気持ちが、全然、分かってなかったんだ」

「・・・」

「でもありがとう、来てくれて」

「・・・うん」

「ヒーローが友達だなんて当たり前じゃないもんね」

「・・・うん」

(ヒーローって言ったってスーパーマンなわけでもないし、負けるのも当然だよな)

 これはヒーローにあるまじき考えだった。ヒーローは情けない自分を今すぐ破り捨てたい様な気持ちで、自己嫌悪の穴に落ちそうな体を、言い訳を杖にしてぐっと堪えた。それでも後ろめたくて寒気がして吐きそうな心具合が表情に出るのを止められなかった。

「ありがとう」

友達の声も救急車のサイレンも最早ヒーローには届かなかった。彼は屈んだまま動かず、視線は友達を向いてはいても焦点が合っていなかった。呆けたように空いた口を閉じようと思わなかった。友達は微笑んだままその顔をじっと見た。校舎の陰の物置きには、晴舞台の残骸のような汚れた格子状の体育用の籠が黙って座っており、そこに山の様に積まれた卒業式用の紙の花が雨に打たれに行くように転がって落ちた。ヒーローはその籠の中に本来入っているはずのないものを見つけたが、友達に悟られまいと視線を逸らした。

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