ヒーローの心得

ライリー

「完全無欠ヒーロー」

第1話 完全無欠ヒーロー

1.「完全無欠ヒーロー」


「助けて」


 これは完全無欠なヒーローが一度も聞くことのない言葉である。言われる前に即座に行動するからである。少しの迷いや躊躇が致命的な結果を生むことを彼は知っているのだ。

 かつて彼にはいじめられっ子の友達がいた。放課後に裏庭で同級生数人に囲まれて、友達が脅され殴られて声を上げるその前にヒーローは現れた。友達は手持ちの携帯機からヒーローに即座に、しかも相手にばれることなくシグナルを送ることができるのだ。ヒーローは不良4、5人に囲まれても傷一つ負うことなく打ち勝つ事ができるほど強かった。敵を追い払った後ヒーローは必ず自前のマントをなびかせてみせた。友達は彼のその強さと正義感に感服し、憧れ、畏れすら抱いていた。彼はそのことに誇りをもっていた。

 彼がヒーローを始めたのは十になった頃である。友達が同級生から受けていた嫌がらせが高じて集団で攻撃されそうになったところを、幼い頃からの空手の経験を活かして仲裁したのがきっかけだった。そこから5年間もの間友達専用のヒーローをやっていた。

 しかし、ヒーローは満足していなかった。正真正銘のヒーローであるには何かが欠けていると思った。ヒーローは、学校に行く時も友達の家に遊びに行く時も塾に行く時も学校を仮病で休んで映画を見に行く時も必ず、マントをポケットに入れて常に肌身離さず持っていた。ところが一度だけマントを失くしたことがある。学校のロッカーにマントを置いていったまま取りに行くのをすっかり忘れて帰って、翌日気づいてロッカーを見たらそれが消えていた。それでもヒーローは深く気に留めなかった。大事に持っていたマントだが、雨晒しになることもあり、よく汚れた。ヒーローは完璧を求めた故、ヒーローはとくにその汚れたマントを探すことなく、新しいマントを買った。


 この日も友達からシグナルが送られてきた。場所は裏庭ではなく、近くの公園だった。春らしく少し雨が降っていて、ヒーローは現場へ走って向かいながら身震いした。違和感が体に巻きついて気持ち悪くなった。

 ヒーローは到着すると、相手がいつもの不良でないことにすぐ気が付いた。学ランに丸刈りの屈強な男、見るからに年上だった。友達は無事だったが、相手は今にも殴りかかりそうなほどいらついている様子で、一心に友達を睨み付けていた。周りに人の気配は無く静かだった。沈黙を破ってヒーローが現れると、男はいよいよ拳を鳴らして、友達を殴ろうとした。

「フン!」

友達が両腕で頭を塞いだ時、ヒーローはすぐさま友達と男の間に入り、勢いで相手の腹にパンチを入れた。いつも不良を一撃で仕留めるパンチだ。だが、男はその拳を平手で払い、ヒーローに頭突きを喰らわせた。ヒーローはあっけなく倒れた。男は友達が驚き怯えるのを一瞥して、さらにヒーローの腹を呻き声がなくなるまで蹴った後、マントを剥いでゆっくりと立ち去った。

 ヒーローは喋ることができなかった。雨の音と友達の泣く声が公園中に満ちたころ、救急車のサイレンが聞こえてきた。ヒーローは涙ぐんで謝る友達を、雨粒のせいでぼやけて焦点が定まらない様な目でじっと見た。

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