第4章 がっかりは期待を凌駕する
とにかく、がっかりするほどに普通の街並みだった。
車を商店街の共有駐車場に停めると、俺達は道沿いに連なる商店街に向かった。
最初に入ったのは服屋。
さっきの薬屋はそれなりの雰囲気はあったけど、里依紗が立ち寄った店はごく普通の商店街の中の衣料品店だった。
よく言えばブティック。否、そんなこじゃれた感じじゃない。昭和の時代によく見かけた街のジーンズショップみたいな感じ。
「ハル、これなんかどう? 」
里依紗がフリフリのミニスカートを俺の前に突き出した。黒い生地に
白の水玉。悪くは無いんだが・・・。
「なんかすーすーしてそうでやだな。動いたらパンツ見えそうだし」
俺がぶつぶつ言うと、里依紗は残念そうに他の服を品定めし始めた。
さっきから里依紗がチョイスしてくるのは、何故かフリフリやゴスロリっぽいのばかりだ。それもみんなミニスカート。
俺としてはスカートじゃなくてパンツ系の、カッコいろっぽいのがいいんだけど。
「あ、これなんかいいな」
俺はモスグリーンのカーゴパンツを里依紗の鼻先に突きつける」
「んーかわいくないし却下」
「なんでよ、こっちの方が動きやすいし、スカートよりも守備力あるし」
俺は猛攻に出た。
「守備力はスカートも変わんないよ」
里依紗が得意気に言ってのける。
否、そんなことないって。スカートとパンツじゃ、こけた時のダメージはどう考えたってスカートの方が高い。パンツならせいぜい膝が汚れるくらいだろうけど、スカートなら、足が擦り傷だらけになっちまう。
だが俺の要望は却下されまくり、買い物用のかごにはフリフリのスカートがカットソーやブラウスと一緒に何着も放り込まれていた。
「下着も買うんだろ? これ、今のはやりらしい」
紫音が嬉しそうにビローンと広げて見せたのは、ど真ん中にあびぬぎの顔がプリントされたパンティー。
「却下」
俺と里依紗は即座に瞬殺した。
「じゃあ、どんなやつがいいん? 腰で縛るやつか? 」
俺達二人から駄目出し喰らったのが面白くなかったのか、紫音は不満気に額に皺を浮かべた。
「そんなんじゃなくて、これでいいよね」
里依紗が手に取ったのは腰深で綿百パーセントの白パンだった。
「え、もっと大人っぽいのがいい」
俺はむくれながらぶうたれたものの、さらっとスルー。問答無用で買い物かごに何枚もキープしていく。
俺がぶつぶつ言ったからか、靴下と靴は好きな奴を選ばせてくれた。まあ、買った服に合わせて俺が里依紗の趣味に合わせたからだろうけど。あ、靴は隣の靴屋な。これもごく普通の商店。特に空が飛べる靴やスピードが倍になる靴が置いてあるわけじゃない。ここでは赤と黒のスニーカーをそれぞれ一足ずつ買って貰った。
ここはスムーズに決まったものの、服屋で結構時間を取ったのが原因なのか、そもそも買い物が好きじゃないのか、紫音は途中から疲れた表情を浮かべながら黙り込んでしまっていた。
彼女とは対照的に、里依紗は買い物やウインドウショッピングが好きなのか、はたまた街歩きが好きなのか、あちらこちらうろうろうろうろ。買った荷物は駐車場に戻り、車に放り込んでからまた街に繰り出す――を繰り返している。
それでも紫音は付き合いがいいのか、車で待っているとは言わず、むすっとした顔つきのまま俺達の後を付いて来ていた。
「次で最後だから」
里依紗が、疲れてやだやだ顔の紫音に声を掛ける。紫音は声を出すのも面倒だったのか、黙ってこくりと頷いた。
服はまだ里依紗の借り物だけど、靴は早速買って貰った赤色のスニーカーに履き替えたので、足回りはすこぶる軽快だ。
お金の管理は里依紗がやっているらしく、支払いは全て彼女がやっていた。しかもコード決済。現金ももちろんあるが、最近はほとんど使わないらしい。
それと驚いたことに単位は「円」なのだ。紙幣もコインもそっくりなのだが、流石にデザインは微妙に違う。
「ここよ」
里依紗が立ち止まったのは、装甲車のような鋼板で覆われた店だった。入り口は人一人通れるくらいのドアしかなく、至る所に防犯カメラがセットされている。
里依紗の後に続き、店内に入る。
「え、ここって・・・」
俺は眼を見開いた。
鎧や盾、長剣に短剣、ボーガン、弓矢、それに銃まで。色んな武器や防具が店内所狭しに陳列されている。
こんな店もあるんだ。それも、普通の商店が立ち並ぶ中で。
他の店と比べると、とんでもなく異質で、ファンタジックな世界だった。
そう、これぞ異世界って感じの。
俺は興味津々に店内を見渡した。間口が狭い割には店内は結構広い。
何だかテンションアゲアゲだ。
「いらっしゃいませ」
店の奥からハスキーな女声が聞こえる。
ほどなくして、声の主が姿を見せた。
俺は眼を見張った。
すんげえ美女!
猫のような大きな瞳、鼻筋の通ったギリシア彫刻のような整った顔立ち。
浅黒い肌にピンクのロングヘア―。背も紫音より頭二個近く高く、百八十センチは優に超えている。体躯は瘦せているように見えるが、よくよく見ればとんでもなく絞り込まれた筋肉質である事が分かる。黒のスリムなパンツに、同じく黒の大きめのカットソー。胸元に谷間が見えており、体躯に似合わずたわわな双丘に思わず眼がいってしまう。
ワイルドな魅力と色香が半端ない、大人の女性って感じ。まるでハリウッド女優のような風貌と貫禄に、俺は思わず見とれてしまっていた。
「しーちゃん、りぃちゃん、お久しぶりっ!」
里依紗達とは顔なじみなのか、手を振りながら笑顔で近付いて来る。
「御無沙汰してます、紗良さん」
りぃが会釈するの見て、俺も慌ててそれに倣った。紫音は軽く手を上げて答えている。
「あれ、この子は? 」
紗良は徐にしゃがむと興味深そうに俺を見つめた。
「初めまして、ハルです」
紗良の圧倒的な存在感にたじろぎながらも、俺は何とか言葉を紡いだ。
「初めまして、店長の紗良です。と言っても私しかいないんだけどね」
紗良は微笑みながら俺の頭を優しく撫でた。
温かい――てより、熱い手。この人の生命力エネルギーなのか。凄い・・・ばちばちきまくりかえっている感じがする。
それとも、単に静電気が起きているだけか?
「この子、ひょっとしてりぃちゃんの娘?」
紗良が首を傾げ乍ら里依紗に問い掛けた。
「違いますよう。しーちゃんがやらかしちゃったんです」
里依紗は苦笑いを浮かべながら全否定した。
「はーん、そう言う事か」
紗良は、にまにま笑いなら大きく頷いた。彼女は里依紗の言った「やらかした」で全てを察したらしく、それ以上の言及はしなかった。と言う事は、恐らく里依紗の身の上も知っている模様。
当の紫音はというと、気まずそうに明後日の方向を向いている。
「この子に合う防具を探しに来たんですけど、見立てていただけませんか? 調査や撮影で山に入ったりするので」
「そうかあ、この子もしおんずのメンバーってことね。OK! じゃあ今日のあびぬぎ事件の時も一緒にいたの? 」
「え、何故ご存じなんですか? 」
紗良の問い掛けに里依紗が驚きの声を上げた。
「旦那からさっき連絡が入ったのよ。しおんずが前代未聞の出来事に遭遇したから調査に行くんで、帰りが遅くなるって」
「え、調査って・・・まさか、旦那さんって」
里依紗の眼が皿のようになる。
「言ってなかったっけ? 私の旦那、コアで働いてんのよ。人外担当の部署でね。今日、あってると思うよ。直接話をしたって言ってたから」
「えええっ! 」
俺は開いた口が塞がらなかった。じゃあ、紗良さんの旦那って、あのスキンヘッドで垂れ眉の巨根――じゃなくて巨漢?
里依紗も紫音も知らなかったらしく、二人とも顔中が眼になっていた。よく漫画である誇張表現の実写版を想像してくれ。
「あびぬぎが襲ってきた時に、しーちゃんがハルを召喚しちゃったんです。話を聞いたら、何となく私のいた世界と同じかもって」
里依紗が紗良に俺がこっちの世界に来たいきさつを簡単に説明した。
「そうなんだ。可哀そうに、怖かったでしょう」
紗良が俺を優しい表情で見つめた。
「盛大に漏らしたものな――痛っ! 」
ぽつりと呟いた紫音の横っ腹に肘鉄をくらわしておく。
「でも、いきなりレア獣を倒しちゃったんだよね。それも石を投げて」
里依紗がすかさずフォロー。
「石を投げて? へえええ」
紗良が興味深げに俺を見つめた。
この人、不思議な目をしている。何て言えばいいか・・・俺を見る見方が、何とも不思議なのだ。じっと見ると言うより、何となく俯瞰で見ていると言うか。
「この子、シークの気があるね」
紗良がにやりと意味深な笑みを浮かべた。
「え、シークって、盗賊って事? 」
俺は眼を見開いた。いきなり何言い出すんだよ、この人。
「ごめんね。そんな悪い意味じゃないよ。相手の動きを盗むとか読むとか、そんな感じ」
相手の動きを盗む、読む――納得。野球やってた時に培った思考だ。
意味を知ればまんざらでもない。
「うぇーい! じゃあ喜んでいいんだね? 」
「うん、喜んでいいよ」
紗良が眼を細めて小躍りする俺を見つめた。
気が付けば、何だか俺って容姿年齢相応のしゃべり方や行動をしている様な――ま、いいか。
「重い鎧とか甲冑は無理だろうから、りぃちゃんのような鎖形帷子かな――こちらにどうぞ」
紗良が防具コーナーに俺達を案内してくれた。
かなりヘヴィーなアーマーが並ぶ一角に子供用の防具コーナーがあった。
一応子供向けヘヴィーモデルのアーマーもあるのだが、実用性を大きく加味しているのだろう、圧倒的に動きやすく、身体への負担の少ない鎖帷子が多くを占めている。驚いたのはその品種の多さだ。多種多様のサイズがびっしりと棚に入れられているのだ。
「最近、街が物騒になって来たからね、子供達の中には防具を着て学校に通う子もいる位だから」
紗良は眉を寄せた。眉間に浮かんだ皺が、底知れぬ怒りのシルエットを刻んでいる。
「前に来た時は、そんな感じは無かったのに」
里依紗が残念そうに呟く。
「歓楽街が出来てからよ。街の治安が悪くなったのは」
紗良が忌々しげに言った。
「その話、薬屋の主人も言ってたな」
今迄聞き手オンリーだった紫音が徐に会話に加わった。
「私とりぃが前に来てからちょうど一年になるが、あの辺りはもっと寂れてたような気がするな」
紫音の言葉に、紗良が大きく頷いた。
「薬屋の兄ちゃんは半年前に引っ越してきたんだけど、その時はまだのんびりしてたんだよね。居酒屋とかバーは何軒かあったけど。後は商売人相手の安ホテルがある位か」
「薬屋さんも同じ事言ってた。半年で、あんなに変わるものなのか」
里依紗は目を丸くした。
「総司長が出店者に手厚い優遇措置をとったらしいからね。まあ結果税収は増えて街は潤ったらしいけど、平穏を失う事になったわ」
「ヤバい事件とか多発しているのか? 」
紗良の言葉に紫音が眉をひそめた。
「殺人、窃盗、暴行が日常茶飯事になった。他にも自殺者が増えたな」
「え、なんでまた・・・」
俺は顔を顰める紗良を見上げた。
「歓楽街にカジノがあるんだけど、そこでお金をつぎ込んでどうにもならなくなった挙句に――ってパターン」
「最悪じゃん」
俺は眉を潜めた。
「そう言う事。議会じゃ総司長の反対派が激しく治安悪化を追求してたけど、最近は誰も何も言わなくなった」
「寝返ったの? 」
「違うのよ、それが。反対派だった議員はみんな不可解な事故にあって命を落としたり、重傷を負ったりしたの。中には身の危険を感じてこの街から去った人もいる。だから、今の議員達はみんな総司長の息のかかった骨抜き状態の奴ばかり」
紗良は呆れ顔で毒づいた。
なんか絵に描いたような悪徳政治家だな。どこの世界にもいるんだ。こんなろくでもない奴が。
「ハルちゃん、どう? 気に入ったのはあった? 」
紗良が俺に声を掛けた。
困った。どんなやつがいいんだろ。やたらと目の細かいものから、少し荒い目のものまでさまざまな鎖帷子を前に、俺は迷いに迷っていた。どれもカッコいいデザイン。どうせなら何着か買って欲しいところだけど、値段を見るとそれはちょっと無理かと悟る。
貨幣単位は同じでも、物価が違うから一概には言えないものの、鎖帷子一着の値段は、今まで買って貰った衣類や靴を足した合計金額よりも遥かに高いのだ。
「うーん、よく分かんないや」
「じゃあこれなんかどうかな」
困惑する俺に紗良は幾つかの鎖帷子を並べた。細かな鎖を組み合わせたタイプと、体の部位によって鎖のサイズを変えたタイプ。そしてもう一つ――。
「これがいい! 」
俺は紗良が最後に示した鎖帷子を手に取った。まるで爬虫類の様な鱗型の金属を組み合わせた黒色の鎖帷子だ。
普通の鎖帷子とは違い鎖と鎖の目が空いておらず、パーツの一つ一つか隙間無くびっしりと連なっている。まるで、スパンコールで埋め尽くしたドレスの様な。まあ、それとは違ってきらきらはしていないけど、何だか魅かれるものがあった。
「気に入った? 」
「うん!・・・あ、はいっ! 」
俺は上機嫌で紗良に返事した。
「じゃあ、それに合わせて一通り揃えてみるか」
紗良はデザインとカラーリングを合わせながら、肩や肘、膝の防具、ブーツを用意。もボトムスは流石にパンツだろ――と思いきや、何故かスカートをチョイス。
「ハルちゃんは機敏そうだからスカートの方がいいよ。守備力もパンツと変わらないから」
俺の不安げな表情から察したのか、紗良は俺に優しく語り掛けた。
この手のアイテムの専門家がそう言うのだから間違いないのだろう。里依紗を軽んじる訳じゃないが、不思議と言葉の一字一句が、素直に俺の意識に浸透していく。だが結果的には里依紗の見立ては間違っていなかったってことか。
「防具はこれで決まりね。あと武器か・・・この街の法律で、十六歳未満は刃物や飛び道具が持てないから、余り選択肢がないんだよね」
紗良はそういいながら俺達を武器が陳列してあるブースへと案内した。
武器の類は防具みたく普通の衣服の様に陳列する訳にはいかないらしく、頑丈な作りのショーケースの中に保管されていた。全面ガラス張りだが、恐らくは防弾ガラス的な代物だろう。
紗良は俺達を案内しながら、ボウガンや銃、剣、槍といった代表的な武器類の前を通り過ぎると、トンファーやら警棒らしき獲物が陳列されているショーケースの前で止まった。
紗良がショーケースの硝子に手をかざす。
消えた!
え? 何今の?
「防御の呪法よ」
驚いて目が出目金のそれになっている俺に、里依紗がそっと囁いた。
凄い。味気ない位に現実的な世界観に、時折ファンタジックで魅惑たっぷりの要素がぶち込まれている。
何とも中途半端と言うか。ま、俺の個人的なイメージと比較するのが間違ってんのかもしれんけど、とにかく不思議な世界だ。
なんだかんだ言いながらも異世界には間違いない。
「こんなのどうかな」
紗良がチョイスしてくれたのは特殊警棒みたいなやつ。普段は小ぶりな懐中電灯サイズだが、伸ばすと数十センチくらいになる。俺が知ってる元の世界の特殊警棒の倍くらいの長さだ。
「これいいかも。私の持ってるのは長いやつだけど、使いやすいよ」
里依紗がどこからともなく三十センチくらいの黒い棒を取り出した。
これって、ひょっとしてあびぬぎをぶっ倒す時に使ってたやつか。派手に振り回していた獲物が気が付けば消えていたからどこにしまい込んでんだろって思ってたよ。 彼女の武器も特殊警棒みたいに短くなるやつなんだ。
俺は特殊警棒を手に取った。
手首のスナップだけで軽く振ってみる。
警棒は静かなスライド音を奏でながら、一気に伸長した。
しっかりした質感。でも思ったより軽い。長さも長過ぎず短過ぎずで、お子様体型の今の俺にはちょうど良い。
「気に入った? 」
紗良が目を細めた。
「うん、これにします」
俺は素直に頷くと、伸びた特殊警棒の先を床に突き立て、縮めようと試みる。
「待ってハルちゃん、もう一度軽く振ってみて」
紗良に言われた通り、俺は特殊警棒を手首にスナップだけで軽く振ってみた。
ロックが解除される軽い金属音がしたかと思うと、するすると収縮する。
俺は眼を見張った。俺の知っている特殊警棒とは取り扱いが違うのか。
「凄い・・・どうなってんだこれ? 」
「いいでしょ。これ、ドラゴンズマスターシって武器なんだけど、使う人を見るのよね」
「人を、見る? 」
紗良の意味深な台詞にちょっとドキドキする。
「そ。人によっては全然伸縮しなかったりするの。この子、ハルちゃんは気に入ったみたいよ」
へええ。不思議な武器だな。紗良のこの子って言い方も愛情がたっぷりこもっている。モノってよりもパートナーって感じなのか。
「ハルちゃん、この子に名前を付けてあげて」
「え、名前? 」
思いっきり当惑。名前を付けろってか。そりゃあ、俺を認めてくれたんだからな、親しみもわくけど。でも急にそう言われても・・・。
「ポチは・・・どう? 」
俺は恐る恐る紗良に尋ねた。
あ、まずったか。ふと浮かんだ名前がこれだった。昔飼ってた愛犬の名前って訳じゃない。俺、どっちかと言うと猫派なので。じゃあ猫の名前をイメージするのが筋だろって思うんだけど、何故か脳裏を過ぎったのはこれだった。
あーあ、やらかしやったかあ。紗良は呆気にとられた表情で俺を見てるし。里依紗と紫音は眼を見開いたまま、魂を抜かれた様な面相で佇んでいる。
と、不意に俺の掌からドラゴンズマスターシが消えた。
げ、怒ったのか? 俺が持つには相応しくないってことかよ?
焦る俺。
紗良も気持ち苦笑を浮かべている。
「この子、その名前が気に入ったみたいね」
「えっ? 」
思いもよらぬ紗良の台詞。ますます訳が分からん。
「ポチは今、ハルちゃんの中にいるから。ドラゴンズマスターシは自分の名が気に入ったら持ち主と一体化するのよ。必要な時に名前を呼べば、また現れるよ」
「ほんと? じゃあ、試してみるね。ポチッ! 」
本当だ。名を呼ぶと同時に、俺の右手に硬い質感が生じ、ドラゴンマスターシが現れた。
「凄いな・・・」
しばらく見つめていると、再びポチは消えた。
「用が無いと判断したら、ポチは消えちゃうのよ」
「へえええ。何だか妖精が宿るアイテムみたいだな」
「ハルちゃん当たってるよ。そんな感じ。まあ妖精と言うより精霊かな」
紗良が感心したように頷いた。
「これで一揃い揃ったかな。あと何かご入用なものはある? 」
「投げて使うものはないかな。使いきりでも良いから、絶体絶命の時に使えそうなやつ」
紫音が紗良の問い掛けに答えた。
「いいのがあるよ。これなんかどう? 」
すかさず紗良が取り出した商品は、大きめの梅の実くらいの大きさでカラフルな色合いの球体だった。パステルカラーのピンクやイエロー、ブルー、グリーンといったカラーバリエーションの球体が、掌に乗る位の袋の中にぎっしり入っている。
「精霊石。使用者の気の覇動とシンクロして威力を発揮するの。常人なら弾けて相手を驚かすくらいだけど、それなりの力がある人が使えば、これ一個で妖獣一師団くらいは殲滅させる力がある。しーちゃんとかやりそうよね」
紗良の言葉に、紫音が口元に得意げな笑みを浮かべた。
「まあ、私が使う事は無いけどな。召喚術があるし」
紫音は紗良から静霊石を受け取ると、しげしげと見つめた。紫音は興味なさそうだけど、俺としてはこいつを使って欲しい。下手な召喚術で、これ以上下手に俺や里依紗みたいな不本意に招かれる異邦人を増やして欲しくないからな。
「使い方は投げるだけ。でも、これには精霊が宿っているから、犯罪に使おうとすれば、石は怒って消えちゃうから。悪戯とかもダメ。自分や人を守るために使うの。正しい使い方をしていれば、石は知らない間に戻って来るから」
「じゃあ、ハル、これも持っておけ」
紫音が俺にマジカルストーンを手渡してくる。
「いいの? ありがとう」
俺は素直に礼を言いつつそれを受け取った。
俺がどう使いこなせるかは別として、この小さなビー玉みたいな石が、未知の可能性を秘めているのは凄いし驚きだ。。
「ハルちゃん、これに入れるといいよ」
紗良が近くのショーケースから革製のウエストポーチを取り出してきた。
「ホルダーよ。これ、おまけに付けとくから」
「有難うございます! 」
里依紗がすかさず頭を下げた。流石、しおんずの経理担当。
「他に何か必要なものはありますか? 」
「今日の所はこれくらいかな」
紗良の問い掛けに紫音が答えると、里依紗に目配せをする。
「紗良さん、じゃあ会計お願いします」
「はい、毎度有難うございます。りぃちゃん、品物はどうする? 」
「装備していきます」
「の方がいいかもね・・・ハルちゃん、そこに試着室があるから着ておいで」
「はーい」
装備一式を受け取ると、俺はレジ横の試着室に入った。里依紗も付き添ってくれて、俺が着替えるのを手伝ってくれた。着替えると言っても今着ている衣服の上から装着するので裸になることは無かった。期待してた奴、残念だったな。
防具は思ったよりも軽く、装着後も違和感が無かった。これなら飛んだり跳ねたり出来るし自由に動ける。
試着室から出ると、店の片隅のテーブルで紫音がお茶を飲んでいた。見ると他に白いカップが二つ。俺と里依紗の分か。
「りぃちゃんとハルちゃんもお茶飲んでって」
「有難うございます」
紗良に勧められて、俺と里依紗もテーブルに着いた。木目調の素朴なテーブルだが、ワイルドな感じが店の雰囲気に良く似合っている。白いカップから豊潤な香りが立ち上っている。見た感じは紅茶。恐る恐る口に含んでみる。
紅茶だ。間違いない。
「私が焼いたものなんだけど、良かったらどうぞ」
紗良が木製の皿に入ったクッキーをテーブルに置いた。
途端に、甘い香りが鼻孔を激しくくすぐる。
お腹がぐぐうと鳴る。まるで呪縛が解き放たれたかのように、うねる様な食欲の波動が俺の意識を直撃した。
よく考えたら、こっちの世界に来てからろくに食ってねえ。
あ、食べたか。山を下りる途中で、バケットの様な硬いパンに野菜とハムを挟んだサンドイッチ。
里依紗が自分の昼食を分けてくれたのだ。
普段の俺なら、それくらいじゃ満足できないレベルだけど、衝撃的な出来事に翻弄されて精神が高揚していたのか、どうしても胃が受け付けなかった。無理矢理半分は食べたものの、残りは里依紗に返したのだった。
だが、ここまで来て気持ちも落ち着いたのと、紗良がいれた紅茶の香りに触発されたのか、封印されていた食欲が再び覚醒した。
「頂きます! 」
俺は遠慮なんかそっちのけでクッキーを口に放り込む。
んまっ!
口の中で香ばしい香りと触感とコクのある甘味が縦横無尽に暴れまわる。
紗良さん、武器屋じゃなくて手作りクッキーの店をやった方がもうかるんじゃね?
と、不意に店のドアが開いた。
セーラー服姿の女子が店に入って来る。ショートヘヤーに銀縁眼鏡。色白で目鼻立ちのはっきりした顔だが、派手さは無く、むしろ清楚さを感じる。
客なのか? 紗良はさっき店の奥に行っちゃったし。
どう見てもJKだよな。
それも、ひがな一日を読書で過ごしていそうなインドア派っぽい且つ真面目で大人しそうなJKが、普通にふらりと武器屋に足を運び入れるなんて。
イメージとのギャップが計り知れない。
彼女は何気に俺達の方を見ると、不意打ちを喰らった猫のようにかっと眼を見開いた。体が小刻みに震え、見る見るうちに顔が真っ赤に上気していく。
「しおんずだああっ! 」
熱い眼差しを俺達に注ぎながら、彼女は滑るような足取りで俺達に近付いてきた.「みくるちゃん、お久しぶり! 」
里依紗が手を振って彼女を迎える。知り合いなのか? みくるって名のようだ。
「りぃさん、しーちゃんさん、お久しぶりですう」
みくるはにへらっと破顔すると、深々とお辞儀をした。
「え? 」
不意にみくるの動きが止まった。体をL字に折り曲げたまま、無言で俺をじっとガン見している。
「こんにちはっ! 」
唐突の沈黙に耐えかねた俺は、わざと愛想振りまき放題の挨拶で対峙。
「こ、こんにちは」
彼女は困惑気味の八の字眉毛で笑顔を取り繕った。
「ひょっとしてこの子、りぃさんとしーちゃんさんの子供? 」
みくるは徐に深刻な眼差しで二人に尋ねる。
「んな訳ないでしょ! 」
里依紗が苦笑を浮かべる。紫音は意味を理解していないのか、眉毛をピクリとだけ動かした。
「あら、おかえり」
奥から出て来た里依紗がみくるに声を掛ける。
「あ、お母さんただいまあっ! 」
え、お母さんって?
「りぃ、みくるって・・・」
俺は里依紗にぼそっと疑問符を投げ掛けた。
「うん、紗良さんの娘だよ。確か上にもう一人いるって言ってたな」
にべもなく答える里依紗に、おれは無言の驚愕を投げ掛ける。
JKの娘がいるだけじゃなく、もう一人上の子がいるって・・・紗良さんっていったい何歳なんだ?
ぽかんと口をおっぴろげたまま、困惑の余りに疑似賢者タイムに陥っている俺の前に、紗良がドスンとバスケットを置いた。
「おかわりまだあるから、いっぱい食べてね! 」
にこにこと満面に笑みを浮かべながら、紗良は俺達に勧めた。
俺はバケットに手を伸ばすと、三個まとめて引っ掴み、そのまま口に放り込んだ。
「お母さんさあ、こりだすととことんはまっちゃう人なんだよねえ。今はクッキーを作るのにはまってて、お父さんもよせばいいのに褒めるもんだから調子に乗って」
みくるは眉毛をハの字に寄せると苦笑を浮かべた。
「れも、おいひい」
俺は口いっぱいにクッキーを頬張ったまま、みくるに答える。
「本当? ハルちゃん、後で袋に入れるからお土産に持ってってよ」
みくるがここぞとばかりに俺に勧めて来る。
「ハルちゃん、遠慮しなくていいからね、また焼けばいいんだから」
みくるの後ろで紗良が嬉しそうに笑った。
勿論、みくるの顔は引き攣っていたが、母親には見えていない。
「皆さん、ゆっくりしていった方がいいかもよ。さっき店の前、変な奴がうろついていたから」
みくるが徐に眉を顰めた。
「ああ。薬屋を出てからずっと付き纏っている輩がいるな」
紫音が静かに呟く。その口調に動揺した素振りは無く、至って冷静だ。
「三人はいるよね。買い物してた時もずっと気配を感じてたし」
里依紗は頷くと、紅茶のカップを口に運んだ。
すげえな。俺は全然気付かなかったよ。
てより、こいつら全然動じてないし。
「まあ、しおんずなら、大丈夫かもね」
みくるは笑みを浮かべた。
ちょっと待ってよ。そりゃあ、百戦錬磨の里依紗と紫音なら余裕かもしれんけど。
新入りの俺はどうすればいいの?
口いっぱいに放り込んだクッキーを、俺は一気に呑み込んだ。
「
「
「
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