第2章 城塞都市って一見ソレらしいけど農村だったりする

「凄いな」

 おれは眼を見張った。

 あびぬぎ達に襲われた山を一時間ほど下った所に、俺達の目的地、卯月市があった。道中里依紗から聞いたのだが、ここに住んでいる訳じゃなく、あくまで仮の住まいらしい。農耕主体の牧歌的な地方都市だと里依紗は言っていたが、俺の眼にはそのイメージを覆す巨大な城壁が行く手を阻んでいた。

 どれぐらいでかいかと言うと、見上げれば顎先が天を突き、首がこり固まる位のとんでもない高さの城壁だ。

 それだけ俺達の今いる側――塀の外は、危険な輩が徘徊しまくっているって事だろう。

「入り口はすぐそこだから」

 里依紗は静かに車を進めた。

 そう。驚くことに、俺達は車で移動しているのだ。車種はRVのハッチバック。色は基本モスグリーンなのだが、駐車している時には風景に同化して全く存在が分からなかった。妖獣にいたずらされない様に何かしらの術がかけられているらしい。

 乗り心地もすこぶるよく、ここまで来るのに未舗装の凸凹道がほとんどなのだが、天井に頭をぶつけるような揺れは無く、期待を裏切るほど快適な走行で、俺を何回もまどろみの世界に誘ったほどだ。でも助手席に乗っていたので、ハンドルを握る里依紗に気を遣って、必死になって目ん玉ひん剥いていたので寝落ちはしていない。

 車にはナビゲーションシステムまでついていた。里依紗の話では衛星は使っておらず、あちらこちらに立てられた電波塔で位置確認をしているらしい。

 紫音は後ろの席でこっくりこっくりやっている。何気に後ろを見たら、口をおっぴろげて涎を垂らしながら、思いっきり典型的なあほ面で居眠っていた。超美人なだけに、余りにも強烈な絵面はメモリアル級のワンシーンだった。 

 寝顔を撮っておきたかったのだけど、スマホが無いのが残念。

 何故だか分からないのだが、こっちの世界に来た途端、スマホやら財布、それに家の鍵が無くなっていた。そういやあ、免許証もねえわ。

 よくよく考えれば、自分の身を証明するものが一切無くなっているのだ。

 里依紗に聞いたら、同じ事を言ってたな。

 ただ、こっちの世界でもスマホはあった。あびぬぎ軍団をぶっ潰した後、里依紗がどこかに電話していた。聞くと紫音に買って貰ったらしく、紫音も持ってはいるがあまり使わないらしい。それとパソコンやインターネットもあり、○ーチューバーの様な職業も存在する。

 里依紗達の仕事も、どうやらそんなやつらしい。モンスターハンターの様な職業かと思いきや、出くわせば狩るものの、それが目的ではないそうだ。

 彼女達の職業は情報屋。それも、居住区外の人外の出現率や種類等を調べてネットで公開したり、居住区の公的機関からの依頼でマップを作製したりしているらしい。

 異界と聞くと、勇者様がいて魔導士や剣士がパーティーを組んで、辺境やダンジョンに冒険に出る的なイメージだったのだけど、実際には妙に現実味を帯びた所があり、何だか不思議な感じだ。

 みんなだってそうだろ?

 人々は馬車で移動し、ケルト風民族音楽が流れる街中には市場が開かれ、食料品だけじゃなく薬草や魔法の道具とかが並び、ギルドには冒険者が集い、中の酒場でパーティ―を組む仲間を品定めしている――そんなイメージがついて離れないだろうけど、それはあくまでもゲームの世界だ。

 現実は、まあこんなもんなんだろうな。異界が全てファンタジックなワンダーランドとは限らない。所詮、無いものねだりの願望ってとこか。

「街に入るよ」

 聳え立つ壁に向かって里依紗はゆっくりと車を進めた。

 壁に向かって?

「おい、このままだとぶつかるぞ! 」

「大丈夫よ! 」

 俺の警告を笑顔で一蹴すると、里依紗は躊躇の素振りを微塵も見せずに壁に突っ込んだ。

「わああああっ!――え? 」

 俺は絶叫後、絶句した。

 車は城壁を通り抜けていた。何の衝撃も無く、だ。

「ほええええっ!!!」

 俺は間の抜けた咆哮を上げ、眼前に広がる光景に眼を見張った。

 城壁だった。

 抜けたはずの城壁が、目の前に聳え立っていた。

 否、違う。ルームミラーには城壁が映し出されている。振り向いて確かめたが間違いない。、城壁は抜けたのだ。

 よって、目の前にあるのは新たな城壁。二重構造になっているのか。つまりは、こうでもしないと防ぎきれない程の妖獣の類がうようよしているって事だ。

 城壁と城壁の間は数拾メートル。ごつごつした拳大の黒い石で敷き詰められており、スピードが出し辛くなっている。

「入り口、ちょっと向こうだし」

 里依紗はハンドルを右に切った。

 どうやら、もう一つの城壁の入口は、少しずれた場所にあるらしい。これなら、敵に最初の城壁を破られても続けて突破されることはないだろう。

 不意に、路面いに敷き詰められていた石群が左右に分かれる。 

 と、その下から、黒い石畳の道が顔を出した。

「どうなってんの、これ? 」

「壁は壁の神、石は道の神がコントロールしているの。この街に敵意を持つ者が立ち入ろうとすると、入り口を開放しなかったり、石がもっとギザギザになって進めなくするのよ」

「へえええ」

「そろそろほんとの入り口」

 里依紗がゆっくりとハンドル切る。

 真っ直ぐ壁に突っ込んで行く。

 俺は拳をぎゅっと握りしめた。

 大丈夫だと思いながらも、やっぱり壁が目の前に迫ると怖い。

 そんな俺の不安を払しょくするかのように、車は霧の中を通り抜けるような感じでするすると壁をすり抜けていく。

「おおお・・・」

 俺は嘆息をついた。

 城壁の向こうには、意外な光景が広がっていた。

 牧場だった。

 とんでもなく広い牧場のあちらこちらで、黒毛の牛が静かに草を食んでいる。その向こうには畑が続き、その更に向こうに集落らしき建造物が見える。

 里依紗の言っていた事は本当だった。ここって、やっぱり農耕都市なんだ。最初は俺を驚かすつもりでそう言っておきながらも、城塞を抜けたら実はガッチガチにベタな城塞都市があって――などと、無機質な街並みを想像していたのだが、見事に裏切られた結果となった。

 車は静かに整備された道を進んでいく。

 静かだ。エンジン音が全くと言っていい程しない。

「この車、どうやって動いてんの? 魔法? 」

 俺は里依紗に尋ねた。

「まさか。ちゃんと科学的な仕組みで動いてるよ」

「?」

「電気で動いてんの。エンジンじゃなくてモーターでね。だからすごく静かでしょ? 」

「うん。向こうの世界じゃ俺、親のハイブリッドカー乗ってたけど、ここまで静かじゃなかったな」

「こっちの世界って不思議なんだよね。スピリチュアルとハイテクのカオスって感じ」

「分かった様な分からん様な・・・」

「因みに化石燃料はゼロ。何でもかんでも電気だけで賄っているの」

「えっ? じゃあ太陽光発電とか原子力? 」

「違うよ。植物」

 ますます、分からなくなってきた。

「あそこ見てみ? 」

 里依紗が指差す先には、こんもりと生い茂っている広葉樹の森がどおおおんと控えていた。何キロか先にもかかわらず、ここからでも圧迫感に近い絶対的な存在感を主張している様子から、相当にでかい木々だと思う。それと不思議な事に、緑葉をたんまりと蓄えた森は、淡い黄色の光にすっぽり包まれていた。

 包まれているって言うか、森自体が光っている?

 錯覚だろうか。木々が霧靄を纏い、陽光を受けて輝きを放っているのか・・・いや違う。霧なんでていないし。

「あの森、光ってるよな」

「うん」

 里依紗は即答で頷いた。錯覚じゃない。やっぱ現実なんだ。

「あれ、何だと思う? 」

 里依紗が俺に問い掛けて来る。

「精霊か何か? 」

「違うよ。あれ、木が放電してんの」

「放電? 」

 思わず、里依紗の顔を覗き込む。

「ヒカリバって木なんだけど、なんとかかんとかって現象が起きて、電気が発生するんだって。それを利用しているのよ」

「生体発電現象な」

 寝ていたはずの紫音が不意に答えると大きく伸びをした。

「そうそう、それそれ! 流石しーちゃん、博識あるわ」

 里依紗がここぞとばかりに紫音を持ち上げた。

「褒めても何も出んぞ」

 紫音はそう答えると、再び寝息を立て始めた。何なんだこの人は。ややこしい性格の中二病女だと思えば、優しい面もあったり、知識を持ち合わせていたり。

 人じゃねえわ。夜叉だった。

「凄い世界だな」

 思わず嘆息をつく。

「ほんと。理想的な世界かも」

 里依紗は眼を細めた。不思議だった。異界の迷い子なんだぜ。なんでこんなにも満足した表情が浮かべられるんだろう。

 そういやあ、あびぬぎ退治の時に言ってたよな。こっちでもいいかなって。

 長い間、こちらで生活して馴染んじまったのか。元の世界に戻れないって分かれば、そうなるか。いつまでも嘆き悲しんでひきこもったり、見るからに事の発端となった紫音を恨んでいる感じでもない。

 実に前向きと言うか、切り替えが早いと言うか。

 俺の場合、あっちでの生活が人生詰んだ状態だったから、もう、どうにでもなれって勢いでこっちで生きていく的な事、言っちまったけど。

 でも、あの時の里依紗の表情に、妙に引っ掛かるものがあった。

 何となく感じたんだ。

 彼女の心の闇、みたいなやつを。

 むしろ、こちらに来れたのが救われたかの様な。

「私さあ、あっちの世界でいじめられてたんだよね」

 急に黙りこくった俺の心中を察したかのように、彼女は静かに語り始めた。

「始めはノートを隠されたり、筆箱を隠されたりしただけだったんだけど、そのうち靴を隠されたり、荷物を外に捨てられたり、しまいにはトイレで頭から水を掛けられたりしてどんどんエスカレートしていったの」

「なんだか、えぐいな」

「私、何故虐められるのかが分からなかった。やってる人達に何かしちゃったって訳じゃないのに」

「人達? 何人かいたの? 」

「三人。そのうちの一人が最初絡んできて、それに他の二人が加わったって感じ」

「周りは誰も助けてくれなかったの? 」

「うん。みんな見て見ぬ振りよ。関われば自分が今度虐められるって思ってたみたいで」

 俺は黙って頷いた。

 いじめあるあるってやつだ。まあ、他人の不幸を見て見ぬ振りでやり過ごし、保身にまわる気持ちも分からんでもない。でも、ターゲットの当事者にとっちゃ、これほど辛いものは無いんだぜ。みんなから裏切られた感覚になっちまう。

 そりゃあ、分かるよ。誰だって巻き添えくっち自分もいじめられたくないとは思うのだろうけど。

 でもさ。

 それもいじめに加担している――その自覚がないんだよな。

 俺は深い吐息をついた。

「りぃの気持ち、分かるよ。俺も虐められていた時あったから」

「ほんと? 」

「うん。今思い出しても胸糞わりい」

「だよね・・・解決はしたの? 」

「まあ、ね。親に言って登校拒否して・・・あ、うちの親公認ね。頭にきて全部話したから」

「なんで虐められてたの? 」

「分かんね。りぃと一緒だよ。高校の時だったんだけど、割と進学校だったし、担任も認めたくなかったんだろね。最初は俺が言っても聞く耳もたないって感じでさ。思い過ごしだの、勘違いだの。でも弁当盗まれてトイレの便器に突っ込まれてたり、教科書落書きされたりって、そんなのどう考えてもおかしいだろっての。らちが明かないから教育委員会に相談して弁護士たてて徹底抗戦したよ」

「凄い・・・ハルも凄いけど、ご両親も凄い」

 里依紗は神妙な面持ちで頷いた。

「まあ、正直頭上がらんな。挙句の果てにニートになっちまった俺を養ってくれてたんだから」

 俺はひとしきり自分語りをすると、大きく息を吐いた。

 俺が、こっちの世界に来たのも、家族の為にはよかったのかもな。

 でもやっぱ最初親は探しまくるんだろうな。妹達はほっとしてるんだろうけど。

 普段日記何かつけねえし。遺言なんて残ししてないし。

 無職の二十二歳の男性がコンビニに買い物に行ったまま行方不明ってタイトルでネットニュースに出るんだろな。俺がコンビニに行ったことは家族は気付いてないかも。あ、でも、多分顔馴染みの店員が証言するんだろうな。

「りぃはどうやってこっちに来たの?」

「車にひかれそうになって」

「まじかっ?」

「歩道で母親が車で迎えに来るのを待ってたの。そうしたら、誰かに背中をおされて・・・車道にふらふらって倒れ込んだら、目の間に母の車が。気が付いたらここに来てた」

「うわっ! 最悪! 犯人の顔見た? 」

「見てないけど、多分予想はつくよ。でも驚いただろね、押した人も、母も。目の前で忽然と姿を消しちゃったわけだし」

「犯人がいじめのメンバーだったら、仕返しできたな。でも、お母さんは可哀そうだな」

俺はしみじみ呟いた。

「うん、それは思う。お母さん、立ち直ってくれてるといいんだけど」

 里依紗の表情が曇る。

 そりゃそうだろうな。いじめからは逃れられたけど、母親に心配かける結果になったのだから。

 でもまだ、母親は里依紗がいなくなった瞬間を目撃出来たのだから、誘拐とか事故とかで行方不明になった訳じゃないとはっきりしているから、まだいい。

 良くも無いか。

 娘が目の前で忽然と消えた――なんて、話したところで誰も信じちゃくれないだろうし、自分でも信じられないだろうし。

 でも俺なんかさ、最後の目撃者はコンビニのにーちゃんだぜ。それも、消えた瞬間を見た訳じゃないから。いくら家族が警察に掛け合ったところで、家出扱いになるんだろうな。普段の俺の自堕落な生活スタイルから勝手にそうレッテルを貼られるのが落ちだ。

「ハルは? 」

「コンビニ行った帰りに、酎ハイ飲みながら家に向かってたら、あびぬぎが目の前にいたって訳」

「ふうん、事故に巻き込まれたんじゃないんだ」

「そ、何の前触れも無く」

 まあ、事故とかのアクシデントがきっかけじゃない事は分かっている。

 紫音の召喚魔法が、何だかよく分からんが時空を超えて俺達を引っ張り込んだわけで、里依紗の場合、それがたまたまアクシデントに遭遇したタイミングと合っちまっただけで、偶然が呼んだ不幸と言えばいいのか、結果オーライなら招福招来でいいのかなんて・・・どうだろ。

 そうこうしているうちに、車は農耕エリアを抜け、住宅街へと進んで行く。最初まばらだった民家も、ある程度進むと急に密集し始め、道を行き交う人々の姿が目に映り始めた。

 鎧をまとった戦士や法衣姿の僧侶、鎖帷子を装着し、更に関節を防具で覆った拳闘士――なんて姿はほとんどない。みんな、ごく普通の市民だし、デニムにカットソー、ワンピース、ミニスカートと、服装もそんなには変わらない。学生服やスーツ姿の人もいるくらいだし。まあ、それでも、中には移動武器屋か移動防具屋かと見紛う格好の輩がいる事にはいるが。

 ファンタジックな格好と普通のいでたちが微妙に絡み合い、混沌としつつも無駄にバランスをとっているって感じ。回転寿司でハンバーグの握り寿司やデザートが回って来るのと同じかもだ。文化のファミレス化現象とでも言うべきか。

 街並みに商店が混じり始めた頃からか、通行人の姿がどっと増えだした。

 青果店、鮮魚店、肉屋、洋品店・・・多種多様の店が並ぶ中、俺はあることに気付いた。

「りぃ、個人商店ばかりなんだね。コンビニやスーパーが無い」

「でしょ! だからこっちの世界でスーパーとかコンビニとか言っても皆首傾げるんよね」

「んへええ。同じ日本でもこうも違うとはな」

「昭和初期って感じでしょ」

「んだね」

 と言ったものの、俺には分からん。まだ生まれてねえし。まだ痕跡すらねかっただろうし。

 ちょっと待て。

 昭和初期の風景が分かるって事は、里依紗は本当は何歳なんだ? 

「あ、ひょっとして、私は実はとんでもないおばあちゃんだったなんて思ってない? 」

 まるで俺の思考を見透かしたかのように、里依紗がピンポイントで指摘する。

「え、あ、そんなこたあねえけど」

 慌てて誤魔化したものの、気付かれている模様。

「ネットで見たのよ。私、ハルが思っているよりかは若いんだからね」

 里依紗は笑ってはいるものの、こめかみのぴくぴくが気になる。

「これから、どこに行くの? 」

「コアってとこ。そこに、この街の行政機関が集まっているの」

「何か届け出でもするのか? 」

「今回のあびぬぎの件とハルの居住手続き」

「そんなのいるのか・・・」

「あびぬぎはさ、今回群れで襲ってきたでしょ? あれって在り得ないんだよね。それもレア獣が指揮してさ。奴ら、大体が単独かつがいで生活しているから。稀にレア獣がハーレム作ってたって聞いたことはあるけど、あれはどう見ても統制された戦闘集団――軍隊の動きだった」

「あびぬぎ達が独立を求めて行動しているとか」

「奴らにそんな思考は無いよ。紫音の話だけど、喰う、寝る・・・やるしか頭にないらしいから」

 最後の一文は言葉にするのに抵抗があったのか、里依紗は口ごもりながら顔を赤らめた。

「本能の赴くままにか。人間でもいるけどな、そんな奴」

 あ、俺のことか。まあ「やる」に関しては満たされていない童だが。

「まあ、今回のケースは特殊だから、街の役人も興味を持ったみたい」

「ふうん。で、俺の居住手続きってのは? 」

 俺は里依紗に問い掛けた。あびぬぎの一件も気になる所だが、個人的にはそちらの方が気になる。

「この街ってより、この世界に住むって手続き。たまにあるみたいよ。私やハルみたいに忽然とこの世界に現れる人が。全部しーちゃんのせいじゃないんだけどね」

「簡単に出来るの? 」

「簡単よ。ちょっとした審査もあるけど」

「審査? 」

「うん。危険人物かないかって審査」

「そんなの分かるのか? 」

「オーラの色で分かるらしいよ。もし引っ掛かたら隔離されて・・・その先は知らん」

「こええ・・・あ、でもあの城壁で守られているから、良からぬ奴らは入ってこれんのだろ? 」

「外からの侵入は壁で審査されるけど、いきなりこの街に迷い込むことを想定しての審査みたいよ。何かしらの術手違いでさ。しーちゃんがやらかしたみたいに」

「成程」

「ついた。しーちゃん、起きて! 」

「ふみゃあ・・・二人で言ってきて――駄目? 」

「だめっ! さあ起きてっ! しーちゃんにはハルがこの世界に来た顛末を説明してもらわなきゃならないから」

「私、知らないし。呼んでなんかいないし。勝手に来て帰んないだけだし・・・」

 里依紗に起こされ、不満気にぶつぶつ呟く紫音。

 余りにも無責任なぼやきに、俺は激きれおこ爆寸前の感情を抑えつつ、缶酎ハイを握りしめて紫音を見据えた。

「これ、口ん中投げ込むよ。多分貫通してケツから出て来るし。宿便掃除にどうかな」

 紫音はぎょっとした表情で俺を見る。

「冗談だ。真に受けるな」

 冷や汗たらたらでへらへら笑いする紫音。きっとレア獣の成れの果てを思い出したのだろう。

 俺自身もあれには驚いた。

 里依紗は俺達のやり取りを微笑ましく見ながら、車を駐車場に入れた。

「さ、降りて。あびぬぎの角を運ばんきゃならないから。ハルも手伝って」

「へーい」

 車を降りると、里依紗は後部のハッチバックを開けた。

「台車借りて来たぞ」

 いつの間にやら紫音がごろごろと台車を押してやって来た。俺と里依紗はそれに獲物を積み上げると、建物の中に運び入れる。

 前面鏡張りで曲線美の美しい超未来的なフォルムもしくはカントリー調の木造の建築物を想像していたと思うが、残念ながらごく普通の鉄筋コンクリート製のビルだ。高さは十階くらいだろうか。まじまじと見上げた訳じゃないのでおおよそだけど。

 広い駐車場と緑地があり、近くに公園も併設している。元の世界の官庁関係の建物とよく似た感じだった。

「公園でお遊びしたいの? 」

 里依紗がにこにこしながら俺に声を掛けた。

「別に。そうじゃない」

 俺は不満気にぶつぶつぶつ。見掛けがお子様だからって、中身は大人だぜ。

 俺達は台車を押しながら長い通路を進んだ。運んでいるものがものだけに、通行人達が奇異の視線を俺達に投げ掛けて来る。

 通路の突き当りまで進むと 保険課エリアと書かれた案内板が目に付く。

「ここ」

 里依紗は看板そばのドアを開け、台車を押して中に入った。

 入室すると、更に届け出別にカウンター並んでおり、俺達は害獣駆除届け出窓口の前に留まった。

「ご連絡いただいた方ですね。どうぞこちらへ」

 カウンターから現れた女性の受付担当者が、俺達を奥の別室へと案内した。ショートヘアーにメタルフレームの眼鏡。グレイのミニスカートに白いブラウスといった清楚ないで立ちをしている。

「これ、みんなあびぬぎの角なんですか・・・凄い」

 受付の女性は興味津々で台車の前にしゃがむと、獲物をまじまじと見つめた。

 角度的にパンチラ見えるかも。

 そう思ってしゃがんだ俺の頭を里依紗がこつんと小突いた。

 バレバレだったらしい。

 ちなみに、地味にグレイでした。

「今、検査官が参りますので、席についてお待ちください。

 受付の女性は立ち上がると、一礼して退出した。

 俺はまじまじと部屋を見渡した。

 白い壁で囲われた八畳程のその部屋は、六人掛けの四角いテーブルと六脚分の折り畳み式の椅子しかない.

 即席で作られたのか、それとも経費節減の為なのか、部屋の一角をパネルで囲っただけの簡易的なスペースだった。

「お待たせしました」

 しばらくすると、男女二人の人物が入室してきた。女性は部門責任者の生田、男性は検査官の栗沢と名乗ると、対面の席に着いた。

 生田はアラフィフくらいだろうか。体系はスリムで、服装は白いブラウスにグレイのスカート。ショートヘヤーに薄化粧の上品で知的なご婦人と言った感じだ。栗沢はアラサーくらい。顔も体も生田の倍サイズの巨漢でスキンヘッド。一見、いかつい系の風貌と思いきや、垂れ眼垂れ眉がいい感じに裏切ってくれている。おまけに黒縁の丸眼鏡が、ガチムチ坊主頭が醸す闘気を見事にカムフラージュしていた。

「映像を拝見しました。驚きましたよ。あびぬぎが集団で襲いかかって来るなんて初めて見ました」

 生田が感慨深げに呟いた。

「私もですよ。学生の頃から人外の研究に取り組んできましたが、奴らが集団で、しかも統制の取れた攻撃を仕掛けて来るなんて、見たことも聞いたこともありませんでした。最初フェイクだと思ったぐらいです」

 栗沢は眉毛を眉間に寄せながら、興奮気味に熱く語った。

 不意にドアをノックする音が響く。

「失礼します」

 ドアが無機質な音を奏で、声の主を室内に誘う。

 先程ここに俺達を案内してくれた受付のお姉さんだ。

「受付票をお持ちしました」

 彼女は一枚の書類を生田に手渡すと、一礼をして部屋を後にした。

「あびぬぎの♂が三十六頭、♀が三十六頭、ハイブリッドのレア獣が一頭・・・凄い。よくこれだけの数を仕留められたわね」

 生田が驚きの声を上げる。

「え、そんなにいたんだ・・・てより、いつの間に数を調べたのです? 」

 俺は生田達に問い掛けた。どう考えったって、途中で確認なんかしていなかったし。ひょっとして、里依紗が送った動画を解析したのか?

「受付の佐内がカウントしたのよ。一瞬のうちにね」

 佐内って、さっきのお姉さん? でも数を数えている素振りは無かったぞ?

 俺が呆けた表情であうあうしているのを見て、生田はにっこり微笑んだ。

「彼女はカメラアイなのよ。一度見たものを百パーセント記憶に再現出来るの」

「凄い・・・」

「彼女だけじゃないわよ。ここの従業員は何かしら特殊なスペックを持っているの」

 生田の眼に、意味深な輝きが宿る。

「人外妖魔を扱う物騒な部署なので、担当者もそれなりの異能力者が集まっているんです。今回みたいに角だけならいいのですが、本体丸ごと持ち込む場合もありましてね。たまにそれが息を吹き返して大暴れするんで。この部屋の壁が安普請なのもそれが理由なんですよ。たびたび壊れるんでね」

 栗沢はそう語るとふふふと楽しそう? に笑った。

 と言う事は、この二人も何かしらの特殊な異能保持者ってことか。人は見掛けによらないものだ。

「とは言うものの、我々ではこれだけのあびぬぎの襲撃に対抗出来るかどうか。流石『しおんず』、噂通りの戦闘能力ですね」

 栗沢が眼を細めて頷いた。

「『しおんず』って? 」

 俺は紫音を見た。

「私達の事だ。生業をするからには組織名も必要だからな。名刺もあるぞ」

 紫音は俺にひょいとカードを示した。社名と紫音の氏名が書かれた簡単なものだったが、驚いた。こっちの世界にも名刺なんてあるのか。

「私は持ってないけどね」

 と、里依紗。

「ところで、狩った本体はどうしました? 」

 生田が紫音に尋ねた。

「この娘を守るために風の精霊と誓約を交わしたからな。差し出したよ」

 紫音はそう言うと俺の頭を手でぐりぐりとこねくり回した。

「そうでしたか・・・角の分析で、ある程度は分かるかと思いますが、サンプルは多い方が良かったので・・・」

 生田は紫音の回答に残念そうに項垂れた。

「リア獣だけは残っている。こうなる展開を予測して確保してある。結界を張って隠してあるから、屍喰鬼に喰われる心配はない」

 静かに答える紫音。

「ありがとう! 早速回収に向かいます。場所を教えてください。因みに結界解除の呪法はどうすれば? 」

 生田は興奮気味に紫音の顔を覗き込む。

「着いたら電話を。スマホ越しに私が開錠の呪法を紡ぐ」

「分かりました。では早速」

 生田が目配せをすると、栗沢は静かに席を離れた。

「場所は分かりますか? 」

 里依紗が生田に問い掛けると、彼女は心配ご無用とばかりに、たっぷりの笑顔で頷いた。

「送っていただいた動画を受信した時、同時に位置情報も確認していますから大丈夫ですよ」

 生田は手元の受付票を里依紗に差し出した。

「角はレア獣の物を少しサンプルとして頂きますが、流通価格で買い取らせて頂きます。栗沢の目利きでは、他はごく普通のあびぬぎの様ですので、戻しますね」

 あの巨漢ニキ、マジ人外鑑定士なのかよ。検査官は名ばかりで、てっきりこのおば様を護衛する拳闘士なのかと思ったわ。

 受付票の捕獲対象欄を確認すると、『阿鼻抜愧』と書かれている。あびぬぎって、漢字で書くとああなるのか・・・。

「これで手続きは終わりました。お疲れさまでした」

 生田は俺達に労をねぎらうと、深々とお辞儀をした。

「あ、あのう、もう一つお願いがありまして。この子なんですけど・・・」

 里依紗は申し訳なさそうに生田に声を掛けた。

 この子って? あ、俺のこと?

「この子が、どうかしましたか? 」

 生田が訝し気な表情を浮かべる。

「この子、迷い子なんです。異世界からの」

「異世界からの迷い子? 」

 生田はきょとんとした顔で俺を見つめた。

「実は紫音が召喚術に失敗して・・・」

 里依紗がちらっと紫音を見ると、何気に目を逸らして口をへの字に結んでいる。

 わざとじゃないと言いたげな素振りだが、あえてスルーしておく。

「召喚術は高度な呪術ですものね。習得するのはかなりの難易度があるもの。失敗して異世界の住民を召喚してしまうなんて、それはそれで凄いかも。でも前にも一度、同じ様な話を小耳にはさんだことがあるわ」

 生田は紫音を責めるのではなく、感慨深げに語った。

「あ、多分、それ、私の事です」

 里依紗が気まずそうに答える。

「えっ? 二人目? 」

 流石にこれには生田も呆れ顔。苦笑を浮かべるのが精一杯だったようだ。

「じゃあ、隠形紫音さん、経緯の説明をお願いできますか? 」










 






 


 











 


  

 


 

 


 




 

 





 

 

 

 

 



 

 


 


 

 

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