第二章:魔弾の射手・被虐の弾丸

Ep.15 ゲームとかだと世界線なんて言うんだよね

「……ちょっとは落ち着きました?」

「ごめん……、でもさ。俺、ほんとに!」

「はいはい。わかってるってば――、だってこれのこと。知ってるはずないもん」


 俺の手にあったその銃身にそっと手を伸ばして掴む。

 軽やかな手つきで、持ち直し。トリガーをにぎった。


 一瞬、蜜柑がそれを撃つんじゃないかと焦ったがそんなことはなくて。

 カチャリ、とリボルバーを開けて、その弾数を数える。


「ひー、ふー、みー……んー、ほんと一発なくなってる」


 冷ややかな目つきをしていた。

 それは、俺の知っている蜜柑とは別のなにかのようにも見えた。


――それでも。


 夕ぐれをバックにした蜜柑を。

 ボタンの弾けて前のはだけたシャツを気にもせずに、リボルバーを手にした彼女を。

 ……それでも俺は、好きだと思った。


 たしかに蜜柑は死んだはずだった。

 そして、彼女を追って……俺も。


 だからいまここは現実の世界じゃないのかもしれない。

 なんて、思ってしまう。

 

「ここは、どこなんだ?」

「どこって……俊也くん。ここは教室で、キミが言ってるみたいなことが起きていない世界だよ。あ。こういうのってゲームとかだと世界線なんて言うんだよね。しってる。そういうのネットでよく見るし」

「いや。なんでそんな冷静でいられるんだよ!」

「だって――、わたし。いつも死んでもいいっておもって生きてるから」


 まるで他人事のように告げる。

 

――好きです……。すごく、わたしなんか大事に思ってくれるキミが、大好きです


 つい先日の蜜柑と別れた最後の日の彼女が脳裏に浮かぶ。

 あのときの彼女と、いま目の前にいる蜜柑は同じようで、違う。

 

 いや違う。


 どっちも、蜜柑で……。

 ああ、そうか。


「……俺が、気づかなかっただけなんだ」


 伊吹蜜柑の抱えてる闇に。

 それは俺が……ただ恋して、浮かれて、バカだったからだ。


「え? 俊也くん……どうしたの?」


 彼女からのかわいらしいレターセット。

 そこに描かれた文字は、ちょっと丸文字な綺麗な文字で。

 たくさんのありがとうと、ごめんなさいにあふれていた。


 そこに書かれていたことは――後悔だった。


<キミのやさしさに触れるたびに、一人が怖くなった。こんなことなら、キミのこと知らなければよかった。正直、すごく、すごくこわい。だから、もう。幸せなうちに、ね?>


「はは。そっか、そうだったんだ――」


 そういうことだったんだ。


「ねえ、ちょっと俊也くん……ほんとどうしたの? なんかこわいよ……」


 優しさが人を温めるように。

 そうやって心地よさが伝染するように。

 闇もまた、感染するものだって。


 気づいた。


「なあ、みか……いや、まだ伊吹さんだったか。なぁ、伊吹さん。死んでもいいって言うくらいなら。俺の彼女になってよ」

「……なに、言ってるの?」


――ううん。そんなことないよ! ふたりだったからもっと、もっとロマンチックだった! ドキドキしたし、恋って感じだった


 初めての帰り道のときの嬉しそうな彼女の顔がちらつく。

 でも、それじゃダメだった。


 だから――。


「!?……ん……、あッ……んん!」


 俺は強引に蜜柑の身体を引き寄せて。口づけをする。

 

 彼女がその手に銃を持っていることはわかっていたし、抵抗されて、その銃で撃たれることだって考えなかったわけじゃない。


 それでもいいって思ったから。

 かまわないって思ったから。


「……だめ」


 俺はそのまま蜜柑のはだけたままの胸元へと手を添えた。

 白い肌は弾力性があって、下着のワイヤーは思いのほか堅くて。

 柔らかさよりもさきに、拒絶されている気がした。


――えっちなことしたあとのほうが笑顔になれるのに

(って……言ってたよな)


 だから、外してやろうって思った。


「あの……嫌じゃないの、だめじゃないの! でも……いまはだめ」

「なんでだよ! 俺のこと嫌いじゃないんだろう、そう言ってたよな。手紙でも、今日の日にいっしょに夕日を見るそのずっとずっとまえから俺のこと好きだったって、書いて……書いてたよな!」


 泣き出しそうな顔をする蜜柑のその砕けた表情を見ると、それまでの冷めた目をした彼女を俺が崩したんだっていう。そんな満足感近い想いがこみ上げてくる。

 それはそのまま乱暴な思いに結びついて、言葉を荒くさせた。


「……好き、だよ。俊也くんのこと――。わたし、だから。今日ここでキミといっしょにいるのは嬉しいっておもってる」

「なら……!」

「でも……。恥ずかしいよ。教室ってのもあるし……それに、できれば寝てるときにしてほしい。わたし、明日もここにいるから。キミを待ってるから。いつもより多めにデパスちゃん飲んでおくから。好きに、していいから」


 被虐的な発言の裏にある絶望を俺は知っている。

 知っていてなお、その魅力に息を呑んだ。


「……わかった」


 だから、俺は彼女との新しい契約を結ぶことにした。


「……じゃあ、寝てるときは、俺の好きにするけど。いいんだな」


 こくん、と確かに蜜柑はその細い首を折って、合図を返した。

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