Ep.14 夕ぐれの教室で待っていて 

「伊吹! ……昨日は起きてたのに、って……ああ、いないのか」


 出欠をとる八重樫先生。

 そして、その順番が蜜柑の出欠をとる番になって、その彼女が学校を休んでいることに気づいたようだ。


 俺はというと、彼女からのDiscordの通知でそのことはすでにわかっていた。


『――ごめんね、ちょっと眠ってからになるけど。約束があるからね。夕ぐれの教室で待っていて』


 そういうメッセージが残されていた。


 蜜柑との約束は3日間のお試しの交際で、その最終日が今日で。

 そんな口約束、どちらかが体調不良なら、明日にでも明後日にでも延ばせばいいってもんなんだけど――。


(律儀なんだろうな。そういうところ……)


       ***


 その日、伊吹蜜柑があらわれることはなかった。

 夕ぐれが紫色に移ろい、そして夜がきても。

 

 翌日、彼女が亡くなったことを知った。

 交通事故だったと聞いている。


 そう、不慮の事故だったと、思っていた。

 後日届いた彼女からの手紙を……遺書を読むまでは。


       ***


 蜜柑のいない放課後の教室、なんか変な感じだ。


 西日の射し込むいつも通りの風景の中で、俺は自席に座り、宿主が不在のままの蜜柑の席を眺めていた。

 

 机のうえに置かれた細い花瓶に生けられた青色の花。

 リンドウの花だと聞いた。

 仏花として一般的な菊ではなく、綺麗な青色の花が添えられたのは八重樫先生が選んだものらしい。


 正直、俺は蜜柑とのこれからを想像していたし、彼女のことをもっと知りたいって思ってた。

 だからもし、こんなIFな話なんの意味もないってわかってるけど。

 3日間の蜜柑との付き合いを継続していきたいと思っていたし、そうなるものだと確信していた。


――未来なんて、こんなあっさりとなくなるんだなって


 その死を悼む場に干渉できるような特別な関係ではないし。

 きっと蜜柑の死を一番に悲しんでいる家族や親族がいるだろう、そんなところに俺が行くわけにも……。そう思うと葬儀に参列する気にはなれなかった。


 蜜柑と他人であることを、その絶対的な距離がつらかった。


 彼女に触れたかった。ただ声が聴きたいと思った。

 いや、それじゃ足りないのはわかってる。


 もう一度会いたいなんて、そんな控えめな願望で解決できるくらいの望みなら、忘れてしまえばいい!


 俺は、蜜柑とずっと、そこがどこであっても、なんであっても。彼女と二人、たったふたりでいい。ずっと、永遠に一緒にいたいって思ってる。

 思ってた……。なんで過去形にする必要があるんだ?


 どこにもいない。なんてことはない。

 輪廻転生を信じてるわけじゃない。無宗教でもないけど天国を信じてるわけでもないけど。

 いま、この世界にいないのなら。

 そしてそれが死という現象によってもたらされる結果だというなら。


 そのトリガーを引けばいい。

 そのための銃は、弾はこの手にある。


――だからといって、蜜柑に会える確証はないのだけど。

 

 俺はただ、彼女のいないこの世界にいたくはないだけだ。

(いや、それも違うな――)


 彼女いないこの世界に、いたくはないだけなんだ。

 

 蜜柑の机の奥、その重たく冷たいリボルバーがあったのだから。

 弾は、入っていた。

 7発の銃弾。


 俺は、その銃口を自らの口にくわえる……。

 冷たく。そして前歯に、奥歯に、触れる硬い金属の感覚。

 がちがち、と音をたてるのは、俺の手が震えているからだ。


(落ち着けよ、俺、どうせすぐ何も感じなくなるんだからさ)


 手紙の最後には、こう書かれてた――


【追伸:わたしの魔弾はあなたが埋めてほしい。わたしひとりならあれを使えた。でも、あなたに迷惑がかかるから。。誰にも気づかれないところに、ひっそりと処分してくれたらいいから】


――うずめてやる。

 俺のこの脳髄の奥底まで。


       ***


 銃声が、鳴り響いた。

 脳の奥底に何度も反芻する高い音だった。


「わ……! え? なに!」


 銃声とともに聞こえたのは、数日ぶりに聞く……それでいて懐かしい彼女の声だった。


「あ……ああ。ごめんなさい。私の、みたいです」


 夕ぐれの教室、俺の手には確かに先ほどトリガーを引いたはずの――蜜柑の実銃。弾の数は、一発減っていた。

 

 そして、いま目のまえにいる蜜柑は確かにあの日と同じ言葉を発していた。

 弾けたボタン、開けたシャツ。ミントグリーンの下着の色。

 ぜんぶが、あの日のまま。


――いや、


 蜜柑が目の前に立っている。息をしている。目を開いている。

 生きてる。


 それだけが、大事だった。


 全部がぜんぶなかったことになればいいって思った。

 そんな都合のいいこと、ないって。心の中ではわかっているけど。


 彼女の闇は、闇のまま。

 まだ彼女の中に、心に、いや脳髄で蠢いているのだとしても。


――


 ただ、蜜柑を抱きしめたかった。

 そう思ったとき、俺は第二ボタンを弾け飛ばして呆けたままの彼女を


 強く、抱きしめていた。


「蜜柑ッ……蜜柑ッ! 俺、おまえが好きだ……もう、離さない……離したくない!」

「……え。えっと、俊也くん……ちょっと痛いよ……」


 これが、俺にとっての長いループの……絶望の、二巡目のはじまりだった。

 

<第一章:魔弾の射手・始まりの弾丸・完>

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