Ep.11 いっしょに寝たりする……関係かな?

 授業の間、ノートの切れ端を丸めて投げ込むこと10回以上。

 メモ代わりのそれに書かれている言葉は、『ヒマ』『たいくつ』『抜け出さない?』のような授業をまるっきり受ける気がない蜜柑の姿勢そのものの言葉だった。

 確かに蜜柑の成績を考えれば(普段は寝てるわけだし)抜けだそうが何しようが問題ないのだろうが。

 

 普通の高校生にとっては、この退屈な授業についていくことさえ必死なのだ。


「……もう少しで休み時間だから、な?」

「……しゅん」


(子供か!)


 そんなやりとりの間、もくもくと板書する八重樫先生。

 数式を書くのに必死でまったく蜜柑の非常識な行動には気づいていないようだけど。

 

 こっちは気づいてるんだよなぁ……。


 俺たちとは真逆の位置。東側に位置する、俺から見て右手に座る、柳がじーっとこっちを見ている。

 お前も、お前で、授業に集中しろよ。とか思わないでもないが。

 こっちも、俺より全然頭いいんだよなぁ。


「この問題、そうだなー……、せっかく起きてるからな。伊吹解けるか?」

「――ふぇ?」


 そう言った蜜柑の手元にはノートの切れ端で折られた鶴が二羽。

 もちろん授業前にはなかったもので、いま折られたものだろう。蜜柑の手によって。


「あー、もう。なんで私の授業中に鶴折ってるの!! まー……寝てるよりいいけど。解けるか伊吹」

「わかんないけどやってみます!」

「おいおい……いまから解くんかい」


 蜜柑は席を立ち、ゆっくりと黒板まで歩いて向かう。

 席にじっとしているのがよっぽど嫌だったのか、少しウキウキした感じにも見える。


「ふふふー、蜜柑ちゃんが今からぜんぶ綺麗に解いちゃいますからねー。えっとー、これが、あれだから、ここに代入して……」


 かつ、かつ。と小気味よい音を立てながら、蜜柑は白いチョークでもって、式を追記していく。

 わずかの時間で悩みなく因数定理を解いていく様にまわりの生徒もどよめきだつ。


「ふん、ふん、ふーん」


 ノッてきたのか、鼻歌も交えながら。

 もとより才女なのはわかっていたが、ここまでとは俺も思わなかったし、八重樫先生も隣で唖然としてる。


「どーですか? 先生」

「あ……あぁ伊吹さん、完璧よ」


 どうだと言わんばかりに得意げで席に戻る蜜柑。

 クラスの視線が彼女に集まるなかで、俺の席の前で少し立ち止まり彼女は言った。


「わたし、俊也くんにいいところ見せられたかな?」

「あ……ああ」

「なら良かった! 起きてたかいがあるね!」


 起きてたって……。

 

(やっぱり、蜜柑。徹夜で学校来てるんじゃないか?)


       ***


「ねえねえ、伊吹さん! さっきのなんであんなすぐ解けるの! マジ凄いんだけど」


 クラスの女子の数人が蜜柑の席を囲んで話しかける。

 俺はさすがにその輪に入るわけにもいかず、後ろの席の亮と会話をしていた。


――てかさー、柏木くんとどういう関係?


「なんか、お前のこと話してるぞ?」

「……みたいだな」

「興味なさそうだな。で、どうなんだ?」

「……お前もかよ!」


 そりゃ……わかるだろ、もう。

 一緒に遅刻して、授業中に蜜柑があんな発言してるわけだから。


「キスしたり……あ、あと、いっしょに寝たりする……関係かな?」

「ええ! ちょっ、柏木くん手はやっ。やばいっしょマジで」


(なんでまどろっこしい言い方するんだよ)


 たしかに昨日は寝落ち通話で、いっしょに寝たけど!

 ……実際には、蜜柑は寝てない気がするんだよな。


 だいたい、そういうときの返事は普通に付き合ってるで良くないかそこ……。いや、でも一応まだお試しなのか。


       ***


『なあ、三日後っていうのは、明日のことか。それとも明後日になるのか?』

『んー……わたし昨日のことは覚えてないからー。明後日! あ。でも……イブは、ね? 俊也くんのこと十分いまも大好きなんだよ? えへへ』


       *** 


 そんなやり取りを昨夜のディスコード通話で交わしたのを思いだす。


「なに、にやけてんだよ」

「……にやけてねーし」

「いやスケベな顔してたぞ、すごく」


 どんな顔だよ……。


「ほんと、スケベな顔してるわね! 俊也」


 俺と亮の会話の間に入ってきたのは、やはり柳だった。

 まぁ、あれだけ授業中に見てたからこっちに来るとは思ってはいたけど。

 それにしてもいつにも増して超絶不機嫌な声と態度だな。


「どこがだよ……てか、柳なんだよ」

「ちょっと、来て!」

「うわ……ちょっと、引っ張んなって、なんだよ」


 柳に引っ張られることで、俺は仕方なしに席を立つことになった。

 そのまま蜜柑は隣で女子に囲まれた蜜柑のほうを見る。

 

「蜜柑ちゃんも! ちょっとこっち来て」

「あ……! 柳ちゃん!! おひさー。まだわたしのこと、そう呼んでくれるんだねー。嬉しいよ!!」

「そ、そういうの、いいから! とりあえず二人とも来なさいっ」

「はーい。柳ちゃんのところいくよ~」


 まるで昔からの知り合いのような……まぁ保健室登校とはいえ俺らは二年間同じクラスだったわけだけど。それにしても、二人のやりとりは、なにか特別な関係性だったような印象を受けた。

 

 そんなことを考えながらも、俺は柳に連れられて教室をあとにした。

 仏頂面な柳と、正反対な表情の蜜柑とともに。

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