Ep.09 秘密――まもってくれるよね?

 追いつかない……。

 無線接続のヘッドセット越しに聞こえる蜜柑の早口な言葉に適度に頷きながら、ベッドに横になって会話を続ける。

 

 学校でいつも寝ている美少女が、こんなアニメ声で弾丸のように喋る子だとは思わなかった。


(追いつかない! ツッコミと、情報の処理がッ)


『えっとね、それで。あ。どこまで話したっけ? あー。そだそだ。このまえセール中に買った下着がね、一枚5000円で売れたからそれで課金してー。あ。課金っていえば俊也くんもF〇Oのソシャゲやってるよね』


 セールで買った下着を売った?

 そして、そのお金で課金してる??

 なんでずっと寝てるのに俺がやってるアプリゲームを知ってるんだ?


『あ、え。ちょっとまって。ごめん追いつかないんだけど。まず、軽いほうから……なんで蜜柑学校では寝てるのに俺がやってるゲーム知ってんだ?』

『え? 途中で目が覚めたに決まってるじゃん』

『……朝からずっと寝てるだろ』

『ときどき目は開けるし、耳はずっと周りに傾いてますよー。それに、俊也くんのことは、隣でずっと見てたからねっ。えへん!』


 威張った感じも声に出すんだなー、まぁネット越しだし

 映像が見えるわけじゃないからそういうものか。

 慣れてるんだと思う。こういう音声通話。


(そして何より……それなら起きて、授業受けろよ……)


『え? 俺なんか変なこと言ったりしてない?』

『んー……ときどきボソっと、可愛いとか? カレシとかいるんだろか……。とか言ってたよね』

『聞かれてたのかよ!?』

『え? ほんとに言ってたんだ……冗談だったのに。でも、それなら嬉しいよっ! ちょっと無理やりわたしのノリで付き合わせちゃったみたいだしね!』


(……墓穴ほった)


『いや……急なことだったから、蜜柑と付き合うなんて……俺も思ってなかったけど、興味はあったし、その、なんだ、可愛いって……思ってた。だからたぶん口にだしてたかもしれない』

『ふーん……。へー……。ふふっ。うふふっ……あーー。だめ! にやにやが止まんないッ! あのね!! わたしも、ずっと俊也くんの横顔見てていいなーーーって思ってたの!! でも、ほら、わたしいんってるし。だいたい寝てるし。目を開けても体と頭が沈んじゃってるから。どのみち喋れなかったし……。デパスちゃんが偉大すぎるのよ。なんかねー、海の底から水面の明かりを見てる気分? その明かりが。その光が。俊也くんだったんだよ、きっと』


 これは、すごく褒められてるんじゃないか!?

 比喩的な表現とか、彼女のテンションとか。わからないことだらけだけど。


 そもそも下着売りのこととかいろいろ気になることだらけだけど――


 伊吹蜜柑は、柏木俊也のことを本気で好きなんじゃないか。っていうその事実のほうが何倍も、何十倍も大事なことで。

 俺はそれ以外のすべての不条理も不文律も、無視してしまった。


 それは、問題を後回しにするようなもので……。


 わかってなかったんだと思う。

 伊吹蜜柑というパーソナリティと、その境界線の持つ不安定さについて。

 理解が足りなかったとともに、理解することを拒絶していた自分がいたことを。


『よく、わかんねーけど。俺のこと蜜柑が興味もってくれてたっていうなら……素直に嬉しい』


 そう、いまはただ。

 素直に嬉しいって思ってしまったんだ。


『そう? それなら。わたしも嬉しい! あのね、えへへ。イブはねー……俊也くんが大好きだよ! えへへ。言っちゃった、言っちゃった』

『……あ、ありがとう!』


 あまりのことに心臓を射抜かれたかと思った。

 何に? それは蜜柑の声と、言葉に決まってる。決まってるんだけど――


 どうして急に、あの拳銃が……浮かんだんだろう。

 そうだ。聞かなきゃ。あれがなんだったのか。


 さりげなく、できるだけ明るく聞けば……。


『あ、そうそう、聞こうと思ってたんだけど、蜜柑の机のなか見えちゃったんだけど。拳銃みたいなの、あれモデルガンてきなやつか?』



『――知らない』



『……え?』


 唐突な冷たい一言に、俺自身血の気が引いていくのがわかる。

 

『なーんてね。あれはねー、いつかクラスの皆を驚かせてあげよーっておもって買ったおもちゃだよ。ほら、わたしあまり皆と仲良くなる機会ないじゃない? だからどっきりのための小道具! バラしちゃだめだよ? 壮大な計画があるんだからっ!   ね? ふたりだけの。秘密』

『あ……ああ。そっか、そうだよな』

『秘密――まもってくれるよね?』

『も、もちろんだよ!』


 それからはまた、さっきと同じテンションで話しはじめた。

 ネット越しの彼女は明るくて。おしゃべりで。

 そして可愛くて……。


『わたし、明日は起きておくよ。ずっと』

『できるのか?』

『ほら、定期考査のときはずっと起きてたでしょ?』


 そうだった。

 蜜柑は、中間テスト、期末テストのときだけはほかの生徒と変わらずに起きていて。それまで授業をろくに受けてもいないというのに。

 学年一の成績をとる才女だった。


 確かに……起きてはいられるのか?

 しかし、そうなると――


『いつも定期考査のあとって、一週間くらい学校休んでた、よな? やっぱり無理してるんじゃないか』

『よく見てるねー、それに。心配してくれてありがとね! グラッツェ! グラッツェ!』

『いや……マジで大丈夫なのか?』

『うん。大丈夫! 。キミといっしょにいて、キミのことを見ていたいの。……それくらいの幸せがちょうどいいから。だからお願いがあるの、このままつないだままで、おやすみしちゃだめかな?』

『通話つないだままで……か?』

『そ、けっこーネットだとふつーなことだよ? 寝落ち通話って』


 普通、なのか?

 いやだって。寝息とか、寝言とか。

 聞かせれるもんでもないし……蜜柑はいつも静かだから、気にならないのかな。


 まぁ、いいか。

 昼に起きてる蜜柑と一緒に学校生活ができるなら。それで。


『いいけど、いびきとか。恥ずかしいから聞こえたらヘッドセット外せよ』

『いえっさー!』  

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